二重契約者
カーテンの隙間から光が差し込み、天乃風・旭の顔に当たる。
その光が眩しく、眉間にしわを寄せる。
手で光をさえぎろうと、右手を布団から出そうとするが出せないでいた。そもそも全身動かない事に気付く。
(……?)
まるで何かに縛られ、上に重りをのせられている様な感じであった。それを不審に思った旭は、うっすらと目を開く。
そこには、薄暗くはっきりとは見えないが人の顔が旭の目の前にあり、こちらを鼻息荒くのぞき込んでいた。
「ふぁあああああああああああああああああああああああ!!!???」
訳が分からずパニックに陥り、そこから抜け出そうともがくが、がっちりと押さえられて身動き一つできないでいた。が、何とか右腕だけを布団から抜き、右手で相手の顔を押しのける。
「うひひっうひっ、うえへへへっ」
正体不明の人物は不気味な声をあげ、自身の顔を押されながらも負けじと旭の顔方に自身の顔を近づけてきた。
えも言われぬ悪寒が、ぞくぞくっと全身に走る。が、その不気味な声はどこかで聴いた様な声だなっと、ふと感じた。
カーテンで光が入らない為に、薄暗く顔がはっきりと見えない。左腕も布団から出してカーテンを思いっ切り開く。
するとそこにはショートヘアーの真っ赤な髪で、灰色の瞳を太陽の眩しさも気にせず見開き、キラキラとした目で旭を両手両足を使って動けなくし、徐々に這い寄る姉の天乃風・美和の姿がそこにはあった。
固まる旭。
そんな動かない旭を姉の美和が何と思ったのか旭の顔に近付き、
「むちゅー」
と、口で言いながら旭の唇にキスをしようと更に近付けていく。
迫ってくる姉の顔を止めるべく、旭は両手ではさむ様に美和の頬を叩いて止めた。
「ちゅー……って、あ痛っ!」
そこで動きを止めたのだが、あきらめずに力ずくで近づこうとする美和。それを止めるために旭の両手は更に力が加わり、挟まれた美和の顔はタコの口の様になっていた。
そんな姉を見て、疲れたようにため息をひとつ。
「いやいや朝から何してんよ、ねーちゃん」
「あはほふひっひっふ」
両頬を挟まれ、タコの様な口になりながらもしゃべろうとした美和だが、旭は理解できずに、
「はぁ?」
と、はてなを浮かべる。
まだ何か言おうとしているが、ろくなことを言わないだろうと無視して、顔を両手で挟みながら横に投げて、ベットから追い出した。
そのまま床に背中から落ちて苦しそうにしている姉の事など気にせず、目覚まし時計をちらりと見ながら、朝ご飯の時間かと、ベッドから起き上がり、今いる二階の自室から一階にある居間に行こうと、今も苦しんでいる姉の横を素通りする旭。しかし、
「久しぶりのお姉ちゃんとの朝のスキンシップしようやー」
などと言いながら旭の腰に両腕をまわし、自身の両手をがっしりと掴んで腕の隙間を無くして外れにくくする。
やはりろくでもない事を言っている姉に苛立ちを感じ、
「ええかげんうざいわっ!」
と、腰にまわされた腕のところに無理矢理に指を入れて、隙間を作り、その隙間に腕を入れて力を込めてなんとか姉の腕を外す旭。
しかし「まだまだー!」っと掴みかかる姉。それを迎え撃つように構えて両者がつかみ合う。
お互い一歩も引かずに見つめあい、隙あらば姉は旭に抱きつこうと、旭は投げ飛ばそうと必死な攻防。
「朝っぱらからほんまめんどいっ! もう朝飯や! 腹減ってるんよマジで!」
「いやいや、まずはお姉ちゃんのために妹エナジー充電!」
その姉の言葉に、
「妹ちゃうわ! もう変態はハウス!」
言葉と共に姉の体を揺さぶり崩し、相手の右腕を引きながら背中を向け、腰に乗せて足を払い投げ様とするが、
「甘いっ!」
と、美和は投げられるその前に体重を前にかけ抱きついてきた。そのまま旭は投げる事ができずに姉に押し倒される。
押し倒され、羽交い締めにされ、動けなくしてから美和は旭の髪に頬ずりをし、幸せそうな表情。
「ああー、相変わらず綺麗な金髪、ええ匂いやわー」
耳元で囁きかける声に旭はゾワッと背筋が凍り、更に暴れる。
「きもいっ! 思春期の弟に何さらしとんねん! きっ、きもいねん! 早う離れいな!」
「いややー、きもい言われてもやめたげへーん。もっと妹のかぐわしい香りと可愛い顔を拝まな動かへんよー」
「やから妹やないって言ってるやろっ! 何べんも言わすな! 僕は男で弟! 妹ちゃうわ!」
「そんな可愛らしい顔で、綺麗に透き通った金髪してて、そしてこんな可愛らしい声してるのに、そやのに男で弟なわけないやんかー」
「事実を見ろっ! 男やから!」
先程から弟だの妹だの、男だの女など言っている二人。
旭の見た目は男とは言い難く、可愛い顔立ちで、髪は金色に輝き美しく、セミショートと男としては長い。切れ長の気が強そうな青い目で、背も低いし声変わりもしていなく、女の子にしか見えない。
しかし旭自身は男だと言っており、性別が本当はどっちなのか、見た目では判断がつかない。
そしてドタバタとじゃれ合(旭は必死)っていると、旭の部屋のドアが勢いよく開けられた。
「じゃあかぁしいっ!! 何時やと思っとんじゃあ!! 近所迷惑も考えんかい!!」
白髪を後ろでまとめた目つきが鋭い老人。旭と美和の祖父である天乃風・英次郎が大きな声で怒鳴り散らす。
その声にピタッと暴れるのを止め、静かになる。
((おじいちゃんの方が近所迷惑の様な))
などと二人は思いながらも言葉には出さない。言うと更にヒートアップする祖父であったからだ。
「そろそろ朝飯や。早う降りてこい」
そう言い残し、祖父は部屋から出ていく。
残される二人。
「ほらー、旭がじっとしてへんから怒られたやん」
「どう考えてもねーちゃんのせいやろ!」
姉の両頬をつまんで、小さく怒鳴った旭であった。
旭と美和は、二階にある旭の部屋から一階の居間に向かい、現在は朝食中。
その間、少しだけこの家、旭や家族の事を紹介しておこう。
この家は天乃風流古武術道場。江戸時代初期から続く武術、剣術の道場であり、槍や薙刀等、あらゆる武器に精通し、いわゆる武器を選ばない流派。
現当主は旭の祖父、天乃風・英次郎十五代目であり、旭は十七代目とされている。
十六代目は旭と美和の父、天乃風・和明であるが、十年前の大阪でのフェアリーの暴走事件にて死亡していた。
今は十六代目の代わりに十五代目が現役を復帰し、現在に至っている。
それから旭の事であり、気付いているとは思うのだが、旭は外国の血が流れている。美和もまた然り。
母親はフランス人の母と日本人の父によるハーフで、父の天乃風・和明との間に生まれたのが美和と旭。いわゆるクオータである。
そこで疑問が一つ、美和の事である。
なぜ美和の髪は赤く、瞳の色は灰色なのか…。それはこの世界にいる寄生生命体、フェアリーが関係している。
寄生生命体と言われている通り、何かに寄生せねば生きられない生物であり、その寄生対象のほとんどが人間であった。
その体内にいるフェアリーが覚醒すると、ほとんどの場合、その人間の外見に変化が起こり、フェアリーホルダーと呼ばれるようになる。
ここで話を戻すが、実はこの家では旭以外全員がフェアリーホルダーであり、美和も覚醒前は金髪であった。だが瞳の色は父親似で茶色。
旭は覚醒しておらず、身体に変化はない。
その為か、旭は自分がフェアリーホルダーで無いことを少し気にしている様で、家族もそれに気付いており、極力は旭の前ではフェアリーの力を使わない様にしている。
あと、関係ない話ではあるが、旭の髪の長さは姉の監視下にあり、それ以上切らせない様に旭の弱みを握り、脅しているとの事。
朝食も食べ終わり、旭は祖父との朝稽古。
現在春休み中の為、祖父は毎朝、昼時になるまで続けていた。
二人は木刀を構え、向かい合う。祖父は木刀を前に構え、旭は右手左手にそれぞれ一本ずつ持った二刀流。
じり……じりっと祖父に近付き、様子を、チャンスを窺う。
そんな旭をじっと見つめ、その場から動かず、向きだけ合して待つ。
そんな硬直状態を我慢できずに、隙も何も見つからない状態で前に踏み出す旭。
「……ふっ、っ! やっ!」
手数で押し、隙を無理矢理作ろうと打ち込むが、全て外側に弾かれ、
「はっ! てぇぇぇ!!」
旭の左手に一発放ち、即座に胴に打ち込む英次郎。
打ち込まれ、尻もちをついた旭。涙目で悶え、赤くなった左手首を痛そうに右手でさする。
「あー、あーー痛い痛いっ……。じーちゃん、もちっと加減してーな。それか防具着てやろうやー」
「あほっ! 加減しとるわ! 泣き言なんて言ってんと早う立て。……昔やったら怪我しようが、骨折れようが関係なくやってはったんや。こんな事で泣き言ゆうてたら、ご先祖様に笑われるわ!」
笑われても良いからと言いかけたが、その言葉を飲み込み立ち上がり、構えなおした。
満足そうに――うむ、と聞こえてきそうな程に頷き、祖父も構えた。
それからも稽古は続き、体術や素振り、仕上げに走り込みをし、今日も昼ご飯前に稽古を切り上げた。
稽古終りにシャワーで汗を洗い流し終え、痛さで顔をしかめながらタオルで拭いて、着替えた旭は急ぎ居前に向かい、こたつに入り込む。
「あぁー……」
こたつの上で突っ伏し、幸せそうに旭は声を上げ、目をつぶる。旭にとっての至福の時間、それは唐突に終わりを迎えた。
「わが妹よ。お姉ちゃんもまぜるがよい」
美和の登場に嫌な顔を隠さずさらし、逃げ様とする旭、だが遅く、捕まってしまう。
「誰やねんそれっ!? あと勝手に妹にすんな!」
などと怒鳴りながら、どうにか移動できないかと考え、完全に後ろから抱きつかれて、更にこたつの中に足を入れたことにより、こたつと姉に挟まれ逃げ道を断たれ観念。
こうなっては中学生、そろそろ二年生の旭より、十歳も年上の姉からは逃げられない。
ここで嫌みの一つも言いたくなった旭はぽつりと。
「ねーちゃんて東京にいつ帰るん?」
「ぐはっ! ひどっ! その言い方って今すぐ帰ってほしいみたいやんかー」
うわーんとウソ泣きをしながら、旭の首に抱きつく美和。
仕事により、実家の大阪ではなく要塞都市東京で暮らしている。今は有給休暇にて実家に帰ってきていた。
ウソ泣きを続けていた美和だが、ぴたっと静かになり、少しだけ強く抱きしめていた。
「……旭って小っちゃいなー」
愛おしそうに呟く。
別に美和は悪気があって言っているわけでは無いのだが、
「うっさいなー。もうちょいしたら、ねーちゃんなんてすぐ抜かすわ」
不機嫌そうに言い返した。
その旭の反応にころころと笑う。
「そかそか、お姉ちゃんなんてすぐ抜かすか……。なあ旭? ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「旭はフェアリーホルダーってどう思てるん?」
そんな質問は初めてだったらしく、少し悩んで、
「どうもこうも僕以外、家族全員がフェアリーホルダーやし、変とも怖いとも思てへん普通な事……。まーなりたいとは思ってへんけど」
「ふーん……そっか。姉としてはなってほしい様な、なってほしくない様な複雑な感じやけど。うん、そっか」
ぽんぽんと旭の頭に手をのせて微笑む姉を不思議そうにちらりと見る旭。
「ねーちゃん何か悪いもんでも食ったん?」
「ん? 食ってへんよー。いつも通りの妹好き好きお姉ちゃんなのです」
「誰が妹やねん!」
旭がそう怒鳴ると、ニシシっと楽しそうに笑う美和。
そこにお昼ご飯を用意していた母親、天乃風・恵実。旭と同じ金髪、青い瞳で、ロングヘアーを後ろで軽くまとめている。
そしてもう一人、祖母の天乃風・喜美江。黒のショートヘアに軽くパーマをしている。
その二人が、旭と美和を見て微笑みながら料理を持ってきていた。
「相変わらず仲がええなー」
そう母が声をかけ、祖母も優しく微笑みながら頷いていた。
仲良くないし! と旭が言う前に、
「やろー、旭と私は超仲良しー」
「きもい、はずい、やかましいわ!」
どさくさ紛れにキスをしようとする美和に、必死に避ける旭。
そして、そうこうしてる間に祖父が居間に入って来ており、それぞれの位置に座って、食事が始まった。