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転校初日の初授業

 入学式が終わり次の日の朝、姉の美和は担当するクラスの準備をする為に早く学園に行っており、旭は安心して恵愛達と一緒に学園までの道を楽しく喋りながら向かっていた。今日は旭にとっての本当の初登校になる。


 寮から学園までの距離は近く、旭達は直ぐに学園に着いて入っていった。


「そう言えば僕って転校生やけど、このまま入ってっていいんやろか?」


 旭のその問に皆は首を傾げる。


「先生から何も聞いてないの?」


「ねーちゃんから何も聞いてへんし、今日も朝早うに出ていってるから会ってもないねんな~」


 そっかと恵愛は相槌を打ち、


「じゃあとりあえず職員室に行ってみたらどう? 場所分からないだろうから私達も付いて行くから」


 静華はその恵愛の言葉に頷き、椿も「OKっ!」っと拳を上に上げた。


「うん。じゃあ場所案内よろしく頼んます」


 旭は皆の方を向き頭を軽く下げ両手を合わす。そして職員室に行く為の校舎の入口に向かい歩いていると、入口の前に美和が立っていた。


 条件反射の様に旭は顔を美和から背け別の方角に変えようとしたが、


「あっ! 旭~っ! やっと来たっ! 待ってたんだよ~」


 直ぐに美和に見つかってしまい旭は諦め美和の方に振り向いく。


「あっ……先生おはようございます」


 が、顔は別の方角を見ていた。そんな対応をされた美和は旭に近付き、無理矢理自分の方に顔を向けさせる。


「もうっ! 先生じゃなくてお姉ちゃんでしょっ!」


「いやいや、それおかしいから。先生として間違ってるから」


 今日もおかしな姉にゲンナリとやる気なさげに旭はツッコミをいれる。


「おっはよ~っ! 先生っ!」


「美和先生、おはようございます」


「おっ、おはようございます」


 そんな二人のやり取りが無かった様に椿は元気よく、恵愛は綺麗に、静華はオドオドと挨拶。


「うん、みんなおはよう。そして旭もおはよ~っ!」


 美和はいつもの様に旭に抱きつく。そんな美和の過剰なコミュニケーションに苦笑いする恵愛と静華。椿はその二人に混ざる様に飛び込み抱きついた。


「あたしも、ま~ぜて~!」


「ああっ! 朝からダブルでうざいわっ!」


 抱き付く二人をしゃがんで振り解き横に逃げるが、美和と椿はそのまま追随し旭を囲む。


「いやいや、囲むんおかしいし意味わからへんからっ!」


 旭を囲んでいた二人だったが、それを解き何故か良い笑顔で美和と椿は固く握手を交わす。それを見て旭は疲れた様に肩を落とした。


「いや、本気で何がしたいねん……」


「よしっ! じゃれるのもこれぐらいにして、旭っ――そろそろ職員室に行こか」


「あーはいはい、分かったわ」


 旭は恵愛達の方を向き、


「何や、ねーちゃんが職員室に連れて行ってくれるみたいやから、先に教室に行っといて。それじゃあ、また後でな」


「そだね。それじゃあ教室でね」


「旭~また後でね~」


 恵愛と椿は手を振り教室に向かっていき、静華も小さく手を振り恵愛達を追いかけて行く。


「んじゃ、行こか」


「うん」


 それから美和と旭は職員室に歩いて向かった。






□■□■□






 この学園の教室がある校舎は学年別に三棟と分かれており、真ん中の校舎が一年生、右側の校舎が二年生、左側は三年生の校舎となっている。二年生と三年生は一年生の校舎の入口から入り、自分の学年の校舎に向かう様になっていた。職員室は一年生の校舎の一階に存在する。


 職員室に到着した旭と美和。直ぐに終わらせたいと先に入ろうとする旭はドアを開けようとしたが、びくともしない。それを黙って見ていた美和は笑い声を上げながら、ドアの横に設置されている小さく数字のボタンがある機械にリミッターを近づける。するとドアが自動で開いた。


「先に言って~な。恥ずいやんか」


「ふふふっ……ごめんごめん。こんなの普通の学校じゃないからね~」


 軽く溜め息を吐き職員室に入る旭。その後から美和が入り「それじゃあ、ちょっと待っててね」と言い残し自分の机に向かって行く。


 何もする事の無い旭は職員室の中を見回すと相当に広い事が分かる。前の学校とは比べ物にならないくらいの広さだ。その職員室の中を沢山の教師達が忙しなく動き回っていた。


(うあっ人多いな~生徒も凄く居ったしこれぐらいは必要なんやろか……。ま~教師だけとも限らんけど)


 キョロキョロと職員室を眺めていると後ろから声が掛けられた。


「あれ? 旭君?」


 聞いた事ある声に振り向いてみると、刈り上げで真ん中分け髪色は青黒く目は赤い、そんな大人の男性が爽やかにこちらを見て笑っていた。


「あっ、えっと……確か桐谷(きりたに)さん? でしたよね?」


「正解っ。 久しぶりだね旭君。それにしても昨日は大変だったね~。隊長があんな事するとは」


「あー……ま~いつもおかしな姉なので、ほんといつもうちの姉が迷惑かけます」


「いやいや、いつもはしっかりした隊長なんだよ。だけど旭君が関わると暴走してしまうみたいだね」


 旭は申し訳なさそうに髪を掻きながら頭を軽く下げ、


「いや本当、申し訳ないです」


「でも大切な弟だからどうしても何かをしたいんだろうね、きっと」


「弟としては凄くお節介? いや、ただの迷惑なだけですけどね」


 と、複雑な表情になる旭を見て桐谷は笑った。


「そう言えば片桐さんは? 確か此処の教師なんですよね?」


「ん? 片桐さんなら彼処にいるよ」


 桐谷は職員室左側の少し奥を指さした。そこには黒髪坊主頭の片桐が自分の担当するクラスに向かう為の準備をしていた。


「あの時はサングラスしてたけど、普段はサングラスしてないんですね」


「あのサングラスは治安部隊として出動する時だけ付けてるんだ。片桐さんって優しそうな目をしているから威厳っと言うか、相手に舐められない為にかけてるって言ってたよ」


「なるほど……確かに凄く優しそう、でも怒ったら怖そうだけど直ぐ許してくれそうな感じで。あんな親戚の叔父さん居ったらな~って思いますね」


 軽く笑いながら桐谷は「だねっ」っと小声で言った。それから桐谷は時計を見て、


「おっと、そろそろ行かないと。それじゃあ旭君、またね」


「はいっ」


 桐谷は手を振りながら職員室を出ていった。そのすぐ後に美和が準備を終えた様で手には教科書やらプリントなどを持っていた。


「旭~おっ、また~」


「何か古いしうざい」


「あっ! そんな酷い事言っていいのかな~?」


 ニタ~っと笑う美和を見て凄く面倒臭いと感じるが、何を言うか何をするか分からない美和なので身構えていると、


「そんな酷い事を言う子には教科書を渡しません!」


「おいっ!」


 この後「うそだよ~ん」っと笑う美和に怒りとウザさと、疲れによる脱力感がこみ上げてくるのを旭は感じた。






□■□■□






 そんなこんなで色々と授業前に疲れ果てている旭と楽しそうに鼻歌を歌う美和は教室を目指し歩いていると、授業が始まる前の静かな廊下の窓側に一人の少女が立っていた。金色の長い髪の部分のみ後ろで結び金色の目は鋭く、まるで狐の様な少女。


 その少女はこちらに気付き美和に近付いてきた。


「美和先生、おはようございます」


 美和の前で止まり、頭を下げた少女は旭に視線をちらりと向ける。


「そちらの方が美和先生の妹の旭さんでしょうか?」


「おはよう。そうなの可愛いでしょ?」


 美和はニコニコとしながら答え、旭は直ぐ様否定。


「いやいや、妹やなくて弟やからっ!」


 少女は理解出来ずに次は旭に向け、


「妹ではなく弟さん? では何故スカートなど穿いてますの?」


 ぱっと見た感じではスカートにしか見えないプリーツガウチョパンツ。その少女の問は当然の疑問であった。旭はそれをいつもの様に、


「これスカートやなくて、ほらズボンやねん」


 そう言い広げて見せ、スカートではないのだと否定する。


「まあっ! (はかま)ですのね! 確か美和先生の実家は古武術道場だと聞いていますわ。流石は美和先生の弟君……家の習わしを守っていらっしゃるのねっ!」


 古めかしい喋り方のその少女は少し興奮気味になり、


「あっ、うん……そっ、そうなんよっ!」


 旭はその言葉で自分が穿いているそれが確かに袴に似ている事に今気付き、旭は焦りながらも肯定する。


「それより火乃子(ひのこ)ちゃんはどうしてここで立ってるの? 教室に入っていないでいいの?」


 もう教室に教師が来ている筈なのに何故廊下の外に出ているのかを、美和は火乃子という少女に尋ねた。


「少し美和先生に話がありまして、担任の先生に頼み外に出させてもらってますわ」


 美和は少し困った顔になり「そっ、そうなのね……」っと言葉を返すだけに終わった。


(話あるからって授業始まってるのにそんなんしてええんやろか? (うち)のねーちゃんも困り顔やん。それより火乃子って名前どっかで聞いた様な気が……)


 姉の困り顔から火乃子と呼ばれる少女に顔を向け、何処でその名前を聞いたのか思い出そうとし、


「あっ! そやっ! この学園の理事長の娘さんやんかっ!」


 突然大きな声を出す旭に少しびくっとなる少女。そして近くの教室に居る生徒達も驚いた様でざわざわとしている。


「えっ……ええ。そう言えば自己紹介をしていませんでしたわね。(わたくし)は九陽 火乃子と言います。これからよろしくお願いしますわね」


 落ち着きを取り戻した火乃子は綺麗な姿勢で腰を折り曲げ、旭に向け頭を下げた。旭もとりあえず頭を下げ、


「えっと、こりゃどうもご丁寧に……僕は天乃風 旭って言います。よろしくです」


 綺麗なお辞儀をする火乃子に畏まってしまう旭。それから二人が自己紹介を終わらせてから美和は火乃子に向け、


「それで? 話って何なの?」


「あっ、そうでしたわ。あの美和先生? (わたくし)は旭さんがSBのクラスになると聞いたのですが、それは何故なのですか? 旭さんはSAが相応しいと思うのですが……。それに美和先生も何故SAクラスの担任ではないんでしょう? 前はSAの担任だったのに……」


「ん~それは旭がこの学園に無償で通う事になるからで。そして私は旭のお姉さんだからSBの担任なの」


「おいっアホ姉っ! 色々分からん事あるけど最後の更に意味わからへんやんけっ!」


 美和の最後の部分の言葉に旭は即ツッコミをいれ、前に居る火乃子は美和が言っている事が理解出来ずに少し口を開けポカンとしていた。


「意味わからん過ぎて、火乃子さんフリーズしてるっ!?」


「いっ、いえ大丈夫ですわ……。た、確かに美和先生は旭さんのお姉さんですから心配なのは分かりましたわ。それから旭さんの件も分かります。この学園に無償で通う生徒はSBクラスになる事も勿論知っています。ですが、(わたくし)が学園長である叔母様に言えば旭さんをSAに変えてもらう事が出来ますわっ! これならどうですか先生っ!」


(うおっ! 自分の父親が理事長やからって躊躇無く親の迷惑も考えずに権力として使おうとしてるんやけどっ!?)


 堂々と親の権力を使おうとする火乃子を驚き、ガン見する旭。美和は少し考える様に唸っていたが、


「うーん。旭がSAクラスに行きたいって言ったら私は構わないけど~」


 ぱぁーっと火乃子は顔が明るくなり旭の方に振り向いた。


「でっ、では旭さんっ! (わたくし)のクラスにっ!」


 美和の言葉に、え~っと言いたげに旭は姉の顔を見ていたが、興奮気味にこちらを見る火乃子に視線を向け、


「いやっ、えっ、ちょっと待って……えっと~今のクラスには友達が居るから、だからほんまごめん! ちょっとそれは無理やわ」


 謝る必要はなかったが目を瞑り、旭は火乃子に向け手を合わせる。


「そっ、そうですか。分かりましたわ……」


 そこで少し黙り、


「ですが、まだ諦めた訳ではありませんわ。もしかしたら気が変わる事もあるやもしれませんからっ!」


 そう言い、そのまま自分のクラスに帰って行く火乃子。


 残された二人は目を合わせ、


「そんじゃあ行こか」


「あ、うん。てか、Sクラスって(ふた)クラスやってんな」


「あれ? 言ってへんかった?」


「聞いてへんわ……」


 まだ朝なのに疲れたと思ったのは何度目だろうかと旭は思いながら溜め息を吐き、美和と一緒に二年SBクラスの教室に歩いて行く。

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