九陽学園4
司会進行役をしている人物は、次に進める為に進行の手順が書かれたメモを持ち、読み上げる。
『続いてはっ……え~っと、すいません皆様、少しだけお待ち願いますでしょうか』
何故か途中で読み上げるのを止め、壇上に居る教師らしき人物達と何か話し合っていた。そこには美和の姿もあり、美和が何かを説明してる様に旭には見えた。
「あのアホ姉、また何かやらかしおったんちゃうやろな~」
そう心配そうに見ていると、美和はキョロキョロと誰かを探している様な素振りを見せた。二階席でこの距離なら見えるはずがないと思う旭だが、何故か嫌な予感を感じ、顔を隠そうとした瞬間、武装した状態の美和が旭の前で浮いていた。笑顔で旭を見下ろしていた。
「旭、ほら一緒にお姉ちゃんと舞台の上に行くで」
「は……はあ!?」
意味が分からず呆け固まる旭を前から両手で抱きしめ、一瞬にして舞台の演説台近くに移動する。会場全体が静まり返る中、姉の美和だけが満面の笑顔であった。
「…………」
いきなりの展開で思考が追いつかない。
(え……えっ!? おいおい、いやいやいやいや何やねんこの状況……。そして何やねん、このアホで強引な姉は!)
そのまま旭の手を握りながら、演説台に置いてあるマイクを取って、演説台の前に移動した。
「ちょ、ねーちゃん何考えてるんよ。全然意味わからへんねんけど」
出来るだけ小声で姉の美和に抗議するが、返事は返ってこなかった。
マイクを握る美和は観客席に向けて挨拶をする。
『みんな~! おっは~! 在校生のみんなは私の事を知ってるよね? 新入生のみんなは初めましてだっ! 私はこの九陽学園中等部の教師で、天乃風 美和先生です! 気軽に美和ちゃんって呼んでね。みんなよろしく~!』
一時期流行った朝の挨拶をかまし、駆け出しアイドルみたいな事を言う美和を見て、旭は軽く引く。早くこの場所から離れたいと、掴まれた手を外そうとする。しかし、外れない。
「ねーちゃん離して~な。僕は関係ないやろ?」
もう一度、小声で抗議するが、全然手を離そうとしない。
『実はね~今日は私の妹が来てるから紹介しま~す! 天乃風 旭ちゃんで~す!』
そう言うと旭の肩を持ち、前の方に移動させた。
「んなっ! なにしてっ!」
会場がざわざわとざわつく。突然現れ、突然自己紹介し、自分の身内を紹介する美和に戸惑う新入生達。恵愛や静華、いつもなら笑っていそうな椿さえも美和の奇行に唖然としていた。
『新入生の皆と同じく、私の妹も今日初めてこの学園に転校生として来たんだけど、言わば君達と同じで右も左も分からない状態だから、新入生も在校生の皆も、旭の事をよろしくね~!』
演説台の前に立たされたまま、旭は固まっていた。新入生、在校生、教師や保護者、その人々からの視線によって、震え、動けなくなっていた。美和は旭の様子に気づいていない。
何も考えられなくなり頭の中が真っ白になる。少しぐらいの人数なら大丈夫だったようだが、会場には1000人以上の人々が居る。舞台の真ん中に立つ旭に視線が集中していく。旭はその人々の目に恐怖した。どの様に自分が見られているのかを想像するだけで足が震え、座り込みそうになる。
あの襲われた日の同級生達の目を、あの時感じた恐怖を、旭は思い出す。実際にはその様な目で見ていない事は分かる。分かるのだが、体と心が言う事をきかず、震えが止まらない。
「? ほら、旭。皆に挨拶せな」
もう限界だった……。美和の発した言葉も何も聞こえていない。旭はその場から姉の手を振り切り、舞台の袖に向かって走り出していた。
「あっ!? 旭っ!?」
手を取り直し、止めようとしたが、届かず舞台袖に消えていった。やはりやり過ぎであっただろうかと、人差し指で頭をかく美和。
『ごめんなさいね。旭、ちょっと恥ずかしかったみたい』
美和のその言葉により、軽く笑う人々の声が会場に響いた。
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旭は出口を探して駆けて行く。そこで一人の黒いセミロングの女性とすれ違う。年は三十代前後位だろうか。
その女性は旭を見やり、呼び止めた。
「君っ……。君、もしかして美和先生の?」
声をかけられ、旭は仕方なく足を止める。
「あ、はい。そうですけど」
そのまま旭は失礼しますと言い、歩き出そうと思ったが、
「そう、やはり君があの二重契約者の子ね? 話は聞いているわよ。二体のフェアリーに寄生されているのに身体に異常が全く無いなんてね。本当に驚きだわ」
知らない女性に声をかけられ戸惑う旭。その女性は自分が名乗っていない事に気づき、あら、ごめんなさいねっとニッコリ微笑んだ。
「私はこの学園の幼、小、中等部の学園長を任されている、九陽 美穂って言うの。旭君、よろしくね」
学園長と聞き、頭を直ぐに下げる旭だったが、
「あ、初めまして……。あの、では失礼します」
そう言い、この場所から離れようとする旭。しかし、この女性は学園長であるのに旭を止めず、ではまたねっと、手を振り見送った。
会場から抜け出した旭は、あてもなく学園内を彷徨う。ただ、今は一人になれる場所を探し歩く。
何故、姉があの様な事をしたのかはだいたい分かっていた。
でも、今の旭には耐えられなかった。それが自分の為だと分かっていても、人の目が恐ろしくて怖い。何よりも気持ち悪いと感じてしまった。そんな事を思ってしまう自分に対しても凄く気持ちが悪く、大嫌いだと心の中で呟く。
ごちゃごちゃとする頭の中、フラフラと歩く。そして気づくとそこは校舎の一番上の階、屋上に出るドアの前だった。旭は壁がある所まで進み、座り込んだ。
「はぁ~ほんまアホやな。本当、嫌になるわ……」
ただ座り込み、自分の両脚を抱きしめ顔を伏せる旭。嫌でもあの時の裏切られたと言う気持ちと、気持ちの悪いあの目をどうしても思い出してしまう。友達だと言っていた、その男の顔を……。
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一方会場では、旭が走って舞台から出ていった後、学園長が現れ、新入生に祝いの言葉を述べていた。
「旭君、やっぱり帰ってこないね……」
ポツリと静華は心配そうな顔をしながら、恵愛と椿に話を向けた。二人も困った様に下を向いたり、頭を掻いたりしながら頷く。
「でも、どうして旭は急に逃げ出したんだろね? 確かに美和先生の行動には驚かされたけど、あんな必死っと言うかなんと言うかは分からないけど、突然逃げ出すとか旭っぽくないよね……」
椿は少し不思議そうに話し、恵愛を見るが、恵愛は下を向いたまま動かず、何も言葉を発しない。その姿に、椿は何か旭の事で知っている事でもあるのではないかと感じた。
「恵愛……なんか知ってたりする?」
ビクッとなる恵愛の反応に、何か知っているのでは? という気持ちから確信えと変わった。
「ん~……その反応って、やっぱり何か知ってるよね? ねぇ、恵愛。それって言えない様な事なの?」
何か考え、迷っている様に黙る恵愛だったが、ゆっくりと縦に首を振る。
「私は、少しだけなら知ってる。でも、この事は流石に私の口からは言えない事だから、ごめん……」
そっかっと椿は息を吐き、分かったと言葉を返した。
「なら今からあたしは旭を探しに行く。そして話を聞いてみる。本当はこんな事しない方がいいのかもしれないけど、あたしはその話を聞いて一緒に悩みたいと思うから……。だって旭は友達だもん」
優しいく笑みを浮かべ、立ち上がる椿を、恵愛、そして静華も腕を掴み止める。椿は、何故腕を掴み止めるのかと二人を交互に見た。
「私も行くから……」
「うん、私も行く。私達は旭君の友達だもんね」
まだどうしようかと悩む様な顔をしてはいるものの、立ち上がる恵愛と、笑顔で二人を見ながら立ち上がる静華。そして満面の笑みで、うんうんっと何度も頷く椿。それから三人は旭を探しに行こうと、頷きあった……。




