動く死人3
旭は椿に運ばれ、現在上空から地上に目を向けていた。
それから直ぐに、治安部隊とグールが戦っている場所の上空に到着する。
「椿、ありがとう。ここで下りるから手を離して」
「えっ? でも、この高さから離したらやばくない?」
「普通やったら死ぬやろうけど、今はフェアリーホルダーで、体も凄く丈夫になったし、多分大丈夫やろ。落下中にでも武装して、剣を地面に思いっきり刺したら衝撃も和らぐんとちゃうかな?」
「いや、それは無理だと思うけど……」
苦笑いになる椿に、大丈夫大丈夫っと言い、手を離す様に促した。
それじゃあと椿は旭を持つ手を離し、旭はそのまま落ちていく。
それから直ぐにジャンヌを呼び出し、両手はガントレットが装着され、一本の剣を握りしめる。
「とりあえず近くで待機しとこうかな」
そう言い、ビルの屋上に着地し、様子を伺う事にしたようだ。
戦闘をしている場所のど真ん中に落ちていく旭は、剣を地面に向けて全力で突き刺し、衝撃を和らげ着地する。そして直ぐにグール浄化の準備にはいるが、そこで聞いた事のある女性の声が聞こえた。
「そこの君っ! こんな所で何してるの!? ここは危険だから今すぐ離れなさいっ!! って、えっ? 旭!? 何でこんな所に……」
そこには姉の美和が驚いた顔で、旭を見ていた。先程の隊員も着ていた特殊なスーツ、黒くて体のラインが出るスーツを美和は着用していた。そのスーツはどうやら、治安部隊の戦闘用の物である様だった。
「ねーちゃん!? って事は、あそこで戦ってる人達って、ねーちゃんの部隊の隊員やったん!? いや、それより、こんな悠長に喋ってる暇ないんよ。ごめんやけど、そのグールってフェアリーホルダーをどうにか止めとかれへん? そしたら、ジャンヌの力でフェアリーだけを消滅させる事ができるから、だからねーちゃんお願いやっ! あの人達の遺体を少しでも守りたいから、その場で食い止めてほしいんよ! そう命令出してくれへん?」
旭の言葉に対し、難しい顔をする美和だったが、
「分かった。そんなに言うんやったらやってみ。私かて、死んでる人の体をこれ以上、傷つけずに済むんやったらそっちの方がええと思うし。せやけど、部下には結構な負担かける事になるなー」
「ねーちゃん、ごめん。ほんまありがとう!」
しょうがないなっと言うふうに溜め息を吐き、部下達にその場に食い止める様に命令を下した。部下である隊員達は疑問の言葉もあげず、了解! っと声を張り上げる。
「お姉ちゃんが、旭の背中守ったるから、頑張りや」
姉に対し頷き、刺さった剣を地面から抜く。そのまま剣先を下に向けたまま、剣先を地面に軽くさし、膝をついた。そして祈る様に剣の柄を握り、旭は頭に思い浮かぶ、長い金色の髪を持つ女性剣士の膝をつく姿。周りには体を腐らせ動くグールが、その女性目掛けて走って向かって行くのが見える。女性剣士は逃げる事なく、祈りの言葉を呟いていた。その言葉を真似て、イメージしながら旭は目を閉じる。
「死してなお動く者、邪悪に操られし死人よ……」
グールになってしまった人達の事を思う。
その人達の中にいる寄生するフェアリーを消し去るイメージをする。
「その邪悪を浄化し、死者に安らぎと癒しを」
この人達の傷ついた遺体が遺族の人達に与える悲しみを和らげる事が出来たらと旭は願いながら、体を癒すイメージをした。
「願わくば、神の導きと御加護があらんことを!」
旭から光が溢れ出し、グールや治安部隊が居る場所一帯が光に包まれた。
その光は徐々に消えていき、光の中にいた隊員達や姉の美和は驚きの表情で固まっていた。隊員が見ていたのはグールであったはずの死体。焼け爛れ、元の顔さえ分からなくなっていた体が、傷一つ無い綺麗な状態になっていた。念のため隊員達は脈を確認する。だが、グールであった四人の脈は無かった。それでも諦めずに隊員達は心肺蘇生を開始する。
そんな中、美和は旭がいた場所を見ていた。そこに居たのは金色の長い髪に鉄の鎧を身に着けた女性だった。顔は髪が邪魔をしていて見えない。その女性に向け、美和は近ずいて行く。
するとその女性は美和に気づき、顔を向け、ニッコリと微笑んだ。
その顔を美和に向けていたが、ふと周りを見渡し、戦闘が行われていた場所を軽く眺め、美和の方に振り返る。
「ねーちゃん、ありがとう……お陰で何とかあの人等の体から、グールのフェアリー消滅させる事が出来たみたいやわ」
その顔と声、そして言葉遣いが旭に似てはいたが、顔と声が大人びた雰囲気になっていた。しかし、そこに居るのが旭なのだと美和は理解した。
今の姿はジャンヌとの同調率が高い状態なのだろうと理解する。
(でも、こんなに早く、ここまでの力を使える様になるとは思わなかった。フェアリーの覚醒前から少しずつ旭の体が壊れん様に、フェアリー自身が馴染ませてたんやろか……。それより早く旭にリミッターやて、身に着けさせた計測器を回収せな。学園に行くまでには、旭用のリミッター完成すればええけど。これは結構時間かかりそうやな)
「ん? どうしたん? 難しい顔して」
「いや、何もあらへんよ。旭、お疲れ様」
笑顔で応える美和に、うんっと頷き、座り込んだ。
「それにしても異様に眠い……。これって力を使い過ぎたからかな?」
言い終わる瞬間に、体が一瞬光り、その光が消えると、元の旭に戻っていた。そのまま地面に倒れ、寝息を立てはじめる。
眠りについた旭の腕から、リミッターを回収し、旭を抱きかかえた。
するとその時、部下からの通信が入る。
「た、隊長! 少し言いでしょうか」
何か興奮気味の隊員に美和は訝しむが、
「ええ、構わないわよ。それで、どうかした?」
そう美和は返し、部下はやはり興奮気味に報告しだす。
「先程までグールだった対象が、光が消えた後、四体全員が停止しました。しかも原型をとどめていなかった筈の体が、傷一つ無い状態になり、念のためにと心肺蘇生を行った所、心拍再開しました!」
部下からの、その報告に驚愕した。一瞬旭を見て固まっていたが、部下の声が聞こえ我に返る。
「了解。直ちにその人達を研究所の施設に送り、その人達を検査をする様、あちらの研究者に言ってもらえる?」
後の事はよろしくと伝え、部下は了解! と、通信を切った。
それから美和はその場から離れようと思った時、ビルの上から見ていた椿が美和の前に下り立つ。
「先生! 旭は!? って、寝てる……? はぁ~良かった~……。旭、大丈夫みたいですね。突然倒れるからビックリしましたよ」
「椿ちゃんも来てたんだ。そうね、力を使い過ぎて、それで疲れて眠っちゃたみたい……。そだ、椿ちゃん。寮の部屋まで旭を送ってもらえる?」
「あ、はい。分かりました」
美和は旭を椿に託し、そのまま飛んで行く。
少しの間、美和が飛んで行った場所を眺めていたが、抱きかかえている旭を見て、
「ご苦労様……旭、かっこ良かったよ」
その言葉とともに微笑み、恵愛達の居る場所まで飛んで向かった。
□■□■□
気がつくと旭は寮の部屋のベッドで、布団を被り寝ていた。
何で今、ここで寝ているのか少し考える。そして恵愛達と出かけた先でグールに出会い、無効化に成功した事を思い出した。その後、眠気に負けて眠ってしまったのだろうと旭は思い出す。
布団から出て、窓の外を見た。外は暗く、時間を見ると、十九時を少し過ぎた所、晩飯の時間帯。
自分のお腹をさすり、空腹だと感じ、とりあえず晩飯を食いに行こうと思ったが、まずはシャワーだけでも浴びようと風呂場に向かう。
それからシャワーを浴び終わり、風呂場から出て、体を拭き、替えの下着とパジャマを出し、直ぐに着替え終わった。
パジャマを選んだのは、また着替えるのが面倒だと旭は考えたからであった。
(そう言えばこの寮に来てから、何もしてへん様な……。こんなんじーちゃんに知られたら怒られるやろなー)
明日はちゃんと修練をしようと心に決め、食堂に向かう旭。
階段を使い、ゆっくりと一階まで下りていき、そのまま食堂に入った。
食事をする女の子達の中には旭と同じく、パジャマを着て食事をする人も結構居たので、旭はホッと安堵する。
(あれ? そう言えば食堂使うの今日が初めてやん! どうすればええんやろ……何か証明書とか必要なんやろか? それともお金だけでええんやろか? それとも無料で注文するだけとか? 迷っててもしゃ~ないし、とりあえずあそこに居るおばちゃんに聞いた方が早そうやな)
食堂のカウンターに居る、五十代くらいの女性に、注文するにはどうすればいいかを聞きに向かった。
「あ、あの~すいません……。今日初めて食堂利用するんですけど、どうすればいいか分からなくて」
その女性は旭の方に顔を向ける。
「うん? 初めて見る顔だねー……あ、そう言えば妹ちゃんが来るって美和ちゃんが言ってたけど、もしかして、その妹さんかい? ほー流石に美人さんだねー」
(あのアホ姉は誰にでも言いよる)
笑顔で旭の顔をまじまじと見る中年女性に、顔を引き攣らせる。
「いや、妹ってのは姉の妄言ですから。僕は男ですし、姉のその発言を信じんといてください」
「そうなのかい? でもそれじゃあ何で女子寮に居るんだい?」
その言葉に旭は困る。
「いえ、ちと事情がありまして。ここの女生徒の皆さんには了解はもらってます」
「ふーん、なるほど……。まーその事情は何かとかは聞かないよ。そりゃあ、こんだけ可愛い顔してんだもの、色々とあるさね」
うんうんと首を何度も縦に振る中年女性。
「おっと、話しがちょっとずれちゃったね」
それから咳払いをひとつし、カウンターに両手をついた。
「それで食堂を利用するのは今日が初めてで、どうすればいいか分からないと。でも大丈夫。腕に着いてるリミッターさえあれば注文出来るから」
そう言えばっと姉に貰った旧式リミッターの事を思い出し、右手を見るが、そこにはリミッターは無かった。しかし、外した記憶が旭にはまったく無かった。
あのグールが出た時にでも落としたのかっと旭が考えていると、姉の美和が食堂に入って来るのが見えた。
「おー、おったおった。旭のピンチにお姉ちゃん登場!」
その美和の登場に中年女性は手を上げた。
「美和ちゃん、お疲れ様っ」
「あっ、お疲れ様です。紗英子さん」
紗英子と呼ばれた女性は、美和と何故かハイタッチ。それから美和は旭に顔を向けた。
「それで旭はリミッターが無くて困ってたんやろ?」
その姉の言葉に頷いたが、何故リミッターが無い事を知っているのだろうと思う旭だったが、直ぐに理由が分かる。
「あのリミッター、お姉ちゃんが回収したんよ。だから無くしたとかではないから安心して」
「あ、そうやったんや。でも何で回収したん? 今すごく必要やねんけど」
「そうやろうね~。でも大丈夫! お姉ちゃんが旭専用のリミッターが出来るまで、一緒に食堂に行けば全部解決おっけーやから!」
「納得したくないけど飯の事はそれでええわ。でも、なんで回収したんよ? フェアリーホルダーにとって必要なもんなんやろ?」
「今は必要無いみたいやから回収したんよ。旭はまだ成り立てやからな。それと飯は、お姉ちゃんと一緒に食えばいいし」
それなら気絶してる時に回収せず、起きてから回収してもいいのでは? っと思う旭だったが、この姉にそんな事言っても意味が無い事だと思い直し、言うのを止めた。
「あー、うん。分かったわ……。っで、えっと、紗英子さん? あの、姉のリミッターでも注文できますか?」
問題ないと頷く紗英子に、旭は礼を言い、注文をする。旭は日替わり定食Aを、美和はBを注文し、カウンターで受け取り、空いてるテーブルに向かい座った。
「ねーちゃん。僕専用のリミッターって、いつもらえるん?」
「リミッターは始業式の前に届くから安心してええよ。それと学園の制服もね」
そこで何故か美和はニヤリと笑っているので、旭は少し気になったが、そのまま話を続ける。
「そう言えば始業式は何日なん? 後、時間も知らへんねんけど」
「えっ? 言ってなかったけ?」
「聞いてへんし! で、いつなんよ?」
「始業式は四月九日。時間はお姉ちゃんが起こしに行くからええやろ?」
いやいやよくないから。と、嫌な顔をする旭。
「ええやんか~お姉ちゃんの生きがいやねんで」
「そんなん知らんわ」
と旭は呆れ顔になる。
「旭の寝顔を写真に収めたかったのにー」
「させるかっ!」
不貞腐れた様に頬を膨らませていたが、美和は九時に学園集合だと言った。
「もう、そんなんで不貞腐れなやー」
内心凄く面倒臭いと思いながらも、姉の機嫌を直そうと、姉に話しかけ、そして聞く旭。そして徐々に機嫌を直す姉にため息をつき、苦笑した。徐々に近づく学園、最初の始業式を楽しみに、姉と何気無い会話を続け、時間は過ぎていった……。




