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公爵令嬢と短気な王子様

「サンドラ。貴様がジュリアを迫害していたという事実は動かしようがない。申し開きなどできると思うな」


 ある日、私は王宮の一室に呼び出されていた。そこにいたのは我が婚約者テオドール王子と一人の女性。

 冷たい目で私を睨むテオドール王子の後ろにはふわふわのピンクヘアー、いかにも「私、ヒロイン!」と言わんばかりのちまっとした可愛らしい女の子。この子がジュリアだろう。初対面だけど。


 婚約者であるテオドール王子の糾弾に、私は広げた扇に隠れてため息を漏らした。


「ではテオドール様、申し開きはいたしませんので、私が彼女ーーーージュリア様、でしたかしら。ジュリア様にした迫害とやらをお聞かせ願えますか」

「何を今更! いいか、まずはジュリアが挨拶したのに無視したこと。貴様は私の婚約者にして宰相の娘で公爵令嬢。そんな貴様が無視をしたとあれば周りの人間は右へ倣うしかない。

 次にマンセル侯爵家主催のパーティーでジュリアのドレスをわざと汚したこと。ワインをかけたらしいな。

 挙句の果てにパーティーの最中、階段から突き落とそうとしたそうじゃないか! 立派な犯罪だぞ!」


 怒りに燃える瞳が私を睨めつける。ぞくっとした。


「それで、いまおっしゃったことの証拠はおありなんでしょうね、テオドール様?」


 その感覚を必死に宥めすかしつつ言葉を返した。だめだ、まだ崩れ落ちるわけに行かない。


「証拠? そんなもの必要ない。王子たる私が黒と言っているのだ」


 ああ、馬鹿だボンクラだと思っていたけど、本当にこの王子はひどすぎる。王位継承権を持っているのが不思議なくらいだ。まあ、国王陛下にお子様がこのテオドール様しかいらっしゃらないので仕方ないのだが。


 あまりものを考えない、気に入らなければすぐに癇癪を起こす。はっきり言ってガキだ。お子ちゃまだ。けれど彼は私の婚約者。陛下も王妃様も「こんな奴の婚約者になってもらってすまない」と内々に頭を下げられたほどだ。なので私は今、結婚してからテオドール様の裏側で実権を握るべく陛下の肝いりで帝王学や政治学を学んでいる。そういう有能な(自分で言うのもなんだけど)人物に王子を支えてもらいたいという陛下のお心なのだ。


「ーーーー話になりませんわ。そもそも私がそのジュリア様を迫害する動機がございません」

「隠しても無駄だ! ジュリアの愛らしさや、私に近づいて仲良くしていることに嫉妬したのだろう。醜い! 実に醜いぞ、サンドラ! 貴様は確かに美しいが、心の中は醜悪な化け物のようだ!」


 テオドール様の怒りが私を刺し貫く。私は思わず息を呑んだ。その怒りの激しさに膝がガクガクする。

 ダメよサンドラ。きちんとこの事態に収拾をつけるまでは頑張らなければ! そう自分を叱咤激励するけれど、そろそろ限界かもしれない。私は姿勢を正してテオドール様とジュリア様に向き直った。


「では申し上げます。まず第一に、そのような事実はございません」

「申し開きなど!」

「いいえ、申し開きではありません。これは質問です。

 そもそも、私はジュリア様とは初対面なのですが。大体、テオドール様は浮気なさっていたのですか」

「え」

「そしてマンセル侯爵のパーティーですが、私は出席しておりません」

「は、えっ?」

「ですからジュリア様はどなたかと間違えておられるか、あるいはそんな目にあったと勘違いなさっているのでは、と愚考いたします」


 しいん、と少しの間静寂が訪れる。

 口元を扇で隠したままちらりと彼女に視線をやると、ジュリア様はみるみるうろたえて口をぱくぱくさせはじめた。その上「信じてくださいテオドール様!」ととりすがる始末。一方のテオドール様はぎりりと奥歯を噛み締めているご様子。が、これはおそらく「嘘をついた」ジュリア様への怒りではなく、恥をかかせた私への八つ当たり。


「ーーーー今回のことはジュリアの勘違いだったかもしれない。だが! 貴様がそうやって俺に楯突いたのは事実だ。その上か弱いジュリアをこんなに怖がらせるなどと、鬼畜の所業だ!

 今回は引き下がってやるが、いつまでもそんな余裕でいられると思うな! わかったな!」


 そんなイタチの最後っ屁……あらいやだ失礼しました、負け犬の遠吠え……いえ、捨て台詞を残してテオドール様とジュリア様はその場を去って行かれました。


 それより、私はもう限界です。


「はぁ……ああ」


 私はその場にへたりこんでしまいました。体は小刻みに震え、息も荒くなってしまいます。


「ああ……ステキ」


 ハァハァと浅く息をつきながら顔を赤らめる私に侍女のマーサが近寄ってきました。


「またでございますかお嬢様」

「しょうがないじゃない、あんなふうに私を罵ってくださるのはテオドール様だけなんだから」


 国内でも王妃様に次いで地位の高い女性である私には、たしなめてくれる人はいても罵ってくれる人はいない。

 でも! 私は罵ってほしい!

 自分がおかしいことは自覚している。罵られることで気持ちよくなっちゃうなんてHENTAIさんの証拠だ。

 テオドール様はちょっと子供ですぐに癇癪を起こす。そして私を口汚く罵ってくださる。そう、罵ってくださるのだ!

 ボンクラだけど、そんな彼は私には必要な人なのだ。愛していると言っても過言ではないだろう。


 だからこそジュリア様いじめを影武者にやらせた。さっきテオドール様があげつらったことはすべて影武者のやったこと、彼女は嘘をついていない。ただ私がやったと勘違いしているだけで。ジュリア様がテオドール様に泣きつけば彼が怒鳴り込んでくるだろうと見越してのことだ。


「ああ、次はどうやって罵っていただこうかしら」

「いい加減その本性を殿下に話して罵っていただいたらどうですか」

「いやよ、私は本心から罵っていたたぎたいんだから。ああ、考えただけでゾクゾクしちゃう」

「やめてくださいド変態」

「いやん、マーサ素敵よ」

「まさかの宗旨替え?!」

「でもやっぱりテオドール様の罵倒には敵わないわね」

「敵いたくありません」

「テオドール様、どうやったら私のことをメス豚と罵ってくださるかしら」


 その日を夢見て、私はうっとりとため息をついた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 斬新なご令嬢でした [気になる点] もうちょっと読みたかったです [一言] こんな展開で悪役令嬢のお話が広がると思っていなかったのでとても面白かったです。できれば続きが読んでみたいなー!と…
[一言] 面白かったけれど最後のオチにガクッてなった。 そんなご令嬢嫌だわ~~。本性ドSの人が現れたら王子との婚約あっさり破棄しそうで彼女怖いな。
[一言] こんばんは 悪役令嬢もので、こんなに面白い作品に出会えるとは! 性癖が素敵過ぎます!
2016/10/15 23:35 退会済み
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