5話 常識外れの魔法 (2)
地面から突如現れた魔物は、ミミズのような姿をしている。ただし、大きさは元の世界のミミズとは格が違う。三階建ての鉄筋コンクリートのビルほどの大きさはあるだろう。
さらに、頭の部分には何百本といった数の鋭い歯がついていた。
醜悪な姿の魔物に吐き気を催す。
あの口に飲み込まれたらどうなることだろうか…。
聞き覚えのある警報音がけたたましく鳴り響く。武器を持った兵士達が集まり始める。
そういえば、バルハラとライラ教官がそちらのテントにいることを思い出す。
「バルハラとライラ教官は大丈夫なのか!」
「その心配はいらないと思うよー。ほら、」
あいかわらずフラットな声が聞こえてくる。横目でシーナを見ると、先程からの出来事に驚いた様子はなく平然としている。
シーナの指さす方向には、バルハラが兵士達に
指示を出していた。その横にはライラ教官がいる。こんな状況だというのに落ち着いて対処する姿に感服する。
兵士達が頭を目掛けて一斉射撃を開始。音速を超える速さであらゆるものを貫く銃弾は、易易と魔物の頭を貫きズタズタにした。
しかし、いつまで経っても死ぬ気配が無い。射撃が止むと驚くことにその傷はみるみる塞がっていく。
なんという再生力。
兵士達とバルハラがその再生力に驚いている様子はない。わかっていたかのようなそんな風だった。
なら、なぜ銃を使うのだろうか…。
3人の兵士がロケットランチャーを構える。
バルハラの「発射」の一言で、一斉に引き金を引いた。
同時に放たれた3発は、寸分違わず魔物の頭と胴体の一部を吹き飛ばした。
魔物の動きが止まる。殺したのか?と思ったがよく見るとまた再生している。
魔物の体が元に戻るかと思えたその時、魔物の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
魔物は自分の危機を察し、地面に潜ろうとするが頭と胴体がまだ再生途中だったためか、上手く戻れない。
そうこうしているうちに、魔法陣はどんどん光輝く。
なるほど、さっきの銃弾とロケット弾は魔法を発生させるための時間稼ぎだったのか。
そして、、、
物凄い閃光と音が鳴りイナズマが魔物を貫いた。魔物は全身から煙を出しながらその巨大な体を横たえたのだった。
「ウッ…」
ゴムの焼けるような強烈な臭いで辺りが包まれた。
臭いが幾分かましになってから、バルハラとライラ教官のところに駆けつけた。
「まさか地面の下からの襲撃とはな、盲点だった。」
「あの魔物は地面の何らかの振動を感知して来たと思われます。」
そう言うと、バルハラとライラ教官がこちらを向く。
……
二人の視線がトオルに向けられる。
「ちょっと待ってくれ、あの魔物を呼んだのは俺のせいってことか!!」
「安心してくれ。幸いにも死人は出ていない。」
迷惑をかけたことに申し訳なさで一杯になる。
「なんだ、こいつらもうこっちに来てやがったのか。」
バルハラの後ろにいた灰色の髪の青年が出てきた。
「紹介しよう。彼はヒューマ・トオル18歳ミュー精鋭部隊副隊長だ。さっきの魔法は彼がやったものだよ。」
「俺と同い歳で精鋭だって…。しかもトオルって。こんな偶然あるのか!俺もトオルっていうんだよろしく!!」
握手をしようと手を出すが、握り返されることは無かった。
「新人が馴れ馴れしくしてんじゃねーよ。」
舌打ちをしながらそっぽを向かれた。
「ヒューマ君よろしくね〜」
シーナも握手をしようと手を出す。どうせ握手しないんだろと見ていたら、ヒューマはしっかりと握手を返していた。
しかも、少し顔を赤らめているではないか!!
(腹立つーーー。なんだこいつは…。別に、男子と握手したところで俺には何のメリットもないけど!?)
この腹立つ青年のことはひとまず置いておいて、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「バルハラの地位ってどのくらいなんだ?」
「あぁ。そういえば言っていなかったな。
私はミュー精鋭部隊隊長だ。」
「――――――!!!!」
上の方だなとは大体予想がついていたのだが、まさか精鋭部隊の隊長とは…。
俺はそんな上の人にタメ語で話していたのか。
先程倒した魔物の死骸の掃除をしようと動き始めた時だった。
再び地面が揺れた。間違いない、また魔物が襲ってきたのだ!
「まずいぞ、数が多すぎるっ。」
先程よりは小さな姿の魔物が至るところから地面を突き破って現れた。小さいといっても電柱ほどの大きさはある。
何人かの兵士達が口の中に飲み込まれた。数百本の歯によって切り刻まれる。
「兵士達は魔物を包囲し攻撃せよ。
そこの小隊は、現実世界に行き応援を要請してくれ!
ヒューマ、ライラ魔物共を1匹残らず掃討せよ!!」
バルハラが次々と的確な指示を出していく。
ライラ教官は頷くと土豪の方に走り出した。
「言われなくてもわかってるよっっ」
ヒューマはそう言うと、前方手を突き出し3つの魔法陣を同時に展開させる。魔法陣が周囲のマナを収束し光り輝く。
「バルハラ、俺らは…」
「君達は、ゲートに向かって走りなさい。」
「戦わせてくれ!!俺もシーナももう魔法が使えるんだ。空だって飛べ…」
そこまで言った時だった。
「自惚れるな小僧!!」
突然、今まで穏やかだったバルハラの口調が一転して声を荒らげる。
「すまない。この状況に少々気がたっているようだ。」
「トール君、ここはバルハラさんの言う通りにしよ。」
「あ、あぁ」
ゲートに向かって二人で走り出した。
「紫電」
ヒューマの一言で3つの魔法陣から同時にイナズマが発生する。イナズマが地面と並行に走り、20体を超えるミミズ型の魔物の頭を焼き尽くした。
土豪近くの方ではライラ教官が地面に突き刺ささっていた鉄製の槍を数十本と中に浮かし、それを魔物に突き刺している。周りには数体の死骸が転がっていた。
また地面から10体もの魔物が現れる。
ヒューマは、魔物に手を向け魔方陣を展開させる。しかし、先程のように光り輝くことは無かった。
「ちっ無駄遣いし過ぎたかっ。バルハラ、マナが枯渇した。石の使用の許可を。」
「やむを得ない。許可する。」
ヒューマは腰に着いた真っ黒の石を取り出し手の中で握る。
この石は、マナタイトと呼ばれるゼータ産の鉱石である。周囲にマナがある時マナを取り込み、必要な時に触れることでマナを引き出すことができる。
ゼータ産であることに加えて、滅多に見つからないため希少価値は非常に高い。
魔方陣が光り輝く。
数秒後、再び魔方陣からイナズマが走り、周囲の魔物達を丸焦げにした。
この余りにも人間業とは思えない一連の出来事にトオル達は立ち止まって見入っていた。
その時、トオルの足元の地面が微かに揺れ動く。
(まずいっ)
即座に横に飛び退く。刹那、先程までトオルのいた地面から魔物が現れた。少しでも反応が遅かったら、食われていた…。
兵士達に銃で撃たれた時といい今といい、我ながら自分の反射神経の良さに驚く。思い返せば、小学校の時から反復横飛びが得意だった。
魔物は何百本もの歯を向け、シーナと俺を見比べる。どちらを先に食うか獲物を定めているようだ。
逃げようとするが、余りにもおぞましい魔物の姿に体が膠着して逃げれない。流石のシーナも腰を抜かしていた。
魔物が動き始めた。最初の獲物は……
俺だった。