4話 常識外れの魔法 (1)
木々が立ち並ぶ陣地の端、そのうちの一本の木陰から厨二ワードが聞こえてくる。
「いでよ魔法陣。いでよ魔法陣。いでよ魔法陣…」
目をつむったトオルが唱えていた。
別に魔方陣を出すために言わなければならないということではないが、言っていれば出やすい気がするのである。
しばらくして恐る恐る目を開いて足元を見るが、雑草の生えた地面以外なにもなかった。
「はぁ~~~」
大きなため息と共に、地面に大の字になって倒れ込む。
一体いつになったら、俺の魔法陣は出てくれるのだろうか。もうバルハラと別れてから1時間ほどがたっていた。
ちらりと隣を見ると、足元に魔方陣を浮かべるシーナの姿があった。
(まじかよ…先こされちゃったよ…)
トオルは、あまりの不甲斐なさに項垂れる。
このまま、魔方陣を出せなかったら…ミューからの追放もあり得るかもしれない。そんな不安が襲いかかってくる。
そもそも俺は本当に魔法が使えるのだろうか。
バルハラはああ言っていたけれど、よく考えたら俺が本当に魔物を倒したかどうかすら怪しい。
トオルの心には焦り、焦燥、苛立ち、じれったさといったどれも似たような感情が吹き荒れていた。
◆ ◆ ◆
1時間前。
「これから君達には、魔法適性訓練を受けてもらう。才能の見つかった者達全員が通る道だ。」
「おーーいきなり魔法を教えてくれるのか!!早く魔法が使いたくてウズウズしてたんだ。」
「いや、魔法は基本的に教わるものではない。感覚で使うものだ。
まぁそうは言っても魔法の原理は知っておくべきだから、そのことはライラから教えてもらうといい。」
バルハラが後ろにいる女性を指差す。
後ろにいた女性が前に出てきて自己紹介を始めた。
「バルハラ氏の秘書 兼 教育係ライラだ。私のことはライラ教官と呼んでくれ。短い間だがよろしく頼む。」
よく見ると、なかなかの美人だ。それに巨乳。
眼鏡の奥から目つきの鋭さが垣間見える。
「よろしくお願いします!!」
「よろしくお願いしまーす。」
シーナは相変わらず緩い挨拶を返す。
「それじゃあ、私はベースキャンプにいるから。後は、君に任せたよライラ。」
「了解しました。」
ライラ教官はビシッと敬礼を決めた。
バルハラと別れた俺達3人が歩いている途中、俺はシーナとの不自然な間隔があったのは否めなかった。しばらくして木々生い茂る陣地の端に到着する。
「それでは、簡単にだが説明しておく。
魔法を使うにはまず魔法陣を出せることが絶対条件だ。その魔法陣の出し方だが、特に呪文や術式などといった類の物は必要なく、ただ頭の中で思い描くことで出せるだろう。
魔法の発動は、魔法陣に使いたいイメージを送りこむことで魔法陣から発動する。
だが、魔法と言っても皆が同じ魔法を使うことが出来るわけではない。人それぞれ使える魔法が限られている。
魔法適性訓練はその自分の使用できる魔法を知るための訓練だ。」
◆ ◆ ◆
いつの間にかシーナは次のステップへと移っていた。魔法の使用だ。
しばらく眺めていると、シーナの足元にある魔法陣が光り輝いた。そして、半透明な円がシーナの全身を覆う。
ライラ教官は満足そうに頷くと、
「よくやった静奈。
君の使える魔法は、防御系のバリアと呼ばれる物だろう。戦場の盾と成りうる。一般人や仲間を守るのに大いに役立つことだろう。」
「知ってるかのように言ってるけど、使える奴が他にいるのか?」
横から口を挟んだ。
「神谷 徹、上官には敬語を使うように。
さっきの質問だが、答えはYesだ。少し、休憩をとる。各自、自由に時間を過ごすといい。」
そう言ってライラ教官はベースキャンプに戻った。
俺が地面に座り込むと、すぐ側にシーナが腰を下ろした。
「こうやって2人きりになるのも久しぶりだねー。魔法、上手くいってる?」
「見たらわかるだろーさっきから点で駄目だよ。本当に魔法の才能があるのか疑っちゃうレベル。
それに比べてシーナは凄いよな。もう魔法まで使えてよ。」
少し皮肉っぽく言ってしまった。俺は、俺より先に魔法の発動に成功したシーナに嫉妬していたのだった。
「トール君もきっと使えるようになるよ。だって、昔っから私なんかよりずーっと凄かったんだから。」
「どこが凄かったんだよ…
才能の一つもなく何もかもが普通だった俺の。」
「才能はなかったかもしれない。それでも、私より優れているところはいーぱいあったよ?
ねぇ、どうしてそこまで才能を求めるの?」
「そりゃ凡人でいるのが嫌だから…」
「才能が欲しかったのは皆の役に立ちたかった、皆に頼って欲しかったから。そうでしょ?」
「俺を知ったように言いやがって、おまえに俺の何がわかるんだ!!」
トオルは、ふつふつと湧いてきた怒りを抑えることができず怒鳴ってしまった。
「わかるよ?だって昔っからずーっとトオル君と一緒にいたんだもん。」
言葉が詰まる。確かに、この18年の人生で一番長く接してきたのは家族を除くとシーナだろう。
「それにほら、ここにトール君のおかげで命を救われた女の子がいるじゃない~。」
「どういう意味だ?」
「魔物が私達の学校を襲った時、私達のクラスは化学室にいたの。化学室には避難の呼びかけは来ず、代わりに来たのは魔物だった。私以外の全員が殺された。私も死ぬんだなーって思ったその時、誰かが扉を開けたの。そして、魔物をおびき寄せてくれた。
この世界でトール君を見てやっとわかったよ。あの時、魔物を倒して私を助けてくれたのはトール君だって。」
「違うあの魔物は俺が倒したんじゃない!!」
「そうだとしても、あの時トール君が化学室に来て魔物をおびき寄せてくれなかったら、私は死んでたよ?
だからあなたは私の命の恩人。
トール君はもう人の役にたっているんだよ。
だからもっと自信をもって。」
「休憩はお終いだ。各自、自分の訓練を再開させるよう。」
ライラ教官が戻ってきた。
「やっぱ凄いなシーナは。俺なんかより何倍も凄いよ。」
トオルは目を拭いシーナから背を向けると、
「さぁー!!気合い入れてやり直すぞ!」
そう言って両手を空に突き出した。
さて気持ちを新規一転させ、魔法陣を出すことに集中する。
その時、ふと気づいた。
今まで魔方陣を出そうとしてきて、魔法を使おうと思っていなかったことに。確か魔法を使うには、使いたい魔法のイメージが大事だったはずだ。
ひとまず、魔法陣を出すのを諦め、今一番使いたい魔法を思い浮かべてみる。
俺は、あのシーナのバリアを突き破るくらいの、まるで巨人が殴ったかのような、そんな力が欲しい。
そうイメージして拳を前に突き出す。
空気がビリビリと震える。そして、拳の先にあった木が根元から吹き飛んだ。まるで、巨人に殴られたかのように。
あまりの出来事に呆気にとられる。
「で、出来たぁーーー!!!
こ、これが魔法なのか!」
喜びや嬉しさより安堵の方が先にやってくる。
横でライラ教官とシーナが驚いている。ライラ教官は開いた口が塞がらないといった感じだ。
今度は足で地面を思いっきり蹴ってみる。地面が陥没する。そして、、、
俺は、空高くに飛びあがっていた。
途中、ラウラ教官の驚く声が聴こえたような気がした。
「すっげぇーーー!!」
見下ろすとミューの陣地が全て見渡せた。こうやって見ると、なかなかの広さだ。ゲートがちょうど陣地の真ん中にあるのがわかる。
加速を止めた俺の体は自由落下に移り変わる。
軽く大気を蹴ってみる。すると落下が止まった。今度はそれを繰り返すことで、ホバリングすることが出来た。
トオルはこの短時間の間に、力の加減を覚えたのだった。
5分くらいホバリングしていると、陣地から甲高い警報音が聞こえてきた。その瞬間、曳光弾が体をかすった。下を見ると、地上では20人ほどの兵士がこちらに銃を向けていた。
「なっっ俺は魔物じゃない!!!」
と叫ぶが声が届くはずもない。
兵士達は、その曳光弾を目印として一斉に銃を撃ち始める。毎秒15発の速さで銃弾が発射される。
咄嗟に、トオルは素早く大気を足で蹴り衝撃波をおこす。
再びの上昇。もし、1秒でも遅かったらトオルの体は、ズタズタに切り裂かれていただろう。
気圧の差で耳が痛くなり、空気の薄さに気を失いかける。異世界といっても重力や大気圧などは現実世界と変わりないようだ。
流石にここまでは銃弾は届かない、そう安心した時だった。
地上で一人の兵士が持つ、ロケットランチャーから大量の煙と共に自動追尾ミサイルが飛び出した。0コンマ1秒、遥か上空にいる標的をロックオンしたミサイルのブースターが点火。音速を超える速さで垂直に推進する。
逃げようと再び衝撃波を出すが、空気が薄いためか上昇するほどの推進力は得られない。
目の前に死が迫る。
もうダメだ、そう思ったトオルは目をつむった。
着弾。
物凄い爆発音と同時にトオルの体が木っ端微塵に吹き飛ぶ……。
そんな想像をするが、それが現実となることはなかった。
目を開けると、
半透明な壁の様なものが全身を包み込んでいる。さっきシーナの魔法陣から発生していた物と全く同じものだ。
「こ、これはバリアなのか」
トオルの全身を包み込んだバリアは、爆発の衝撃や爆風だけでなく音までをも完全に遮断していた。バリアに包まれたトオルは傷一つおうことはなかった。
自由落下によって、地面が近づいてきた。再び兵士が撃ってきた時のために身構える。
しかし、兵士がこちらに向けて銃を撃ってくることはなかった。
俺の右手からでた衝撃波が地面に衝突する時の衝撃を相殺する。あまりの衝撃にクレーターが出来る。
ベースキャンプからバルハラが、その反対側からはライラ教官とシーナが走ってくるのが見えた。
「大丈夫か!!」
バルハラが焦った様子で声をかけてきた。
「あ、あぁ。どうにか…」
着地した直後でまだ頭がぼんやりする。
「ひとまず、怪我はないようで安心したよ…。
本当に申し訳ない。君には怖い思いをさせてしまった。
君を狙った兵士には厳しく言っておく。」
バルハラが深く頭を下げる。
「そんなことどうでもいいよ。
死ぬかと思ったけど、結果的にはこうやってピンピンしてるんだからさ。」
「いや、それは所詮結果論に過ぎない。
危険な目に合わせたのは事実だ。」
「いや、本当にいいって。
ほら、終わり良ければ全て良しって言うだろ。」
「……そうか、そう言って貰えると助かるよ。
とりあえず、今日はゆっくりと休むといい。君達のテントは用意してある。」
そう言うと、バルハラとライラ教官が背を向けた。
「あっ ちょっと待ってくれ。
あの兵士達に言って欲しいことがある。
今度空を飛んでるやつを見かけても、俺じゃないこと確認してから撃ってくれって。」
振り返ったバルハラは頬を緩め
「あぁ、ちゃんと伝えておくよ。」
そう言うと、右手を軽くあげベースキャンプへと戻っていったのだった。
◆ ◆ ◆
「とりあえず無事で良かったよ。ほんと、心配したんだよー」
トオルのすぐ後ろにいたシーナが声をかけてきた。
俺は、振り向きざまシーナの手を両手で握る。
「ありがとうシーナ。俺を助けてくれて…
本当に感謝してもしきれないよ。お前は命の恩人だ。」
「……。えーとごめん。それ、どういう意味?」
「え?だって、俺がミサイルに木っ端微塵にされそうになった時、バリア張ってくれただろ?」
「うんん。そんなことしてないよ?
そもそもまだそんな遠くにバリアを張る方法なんて知らないもん。」
顔を見るかぎり嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をつく理由が見当たらない。
(それじゃあ、あのバリアはいったい誰が…)
「そうか…。とりあえず心配かけてすまなかった。それから、心配してくれてありがとう。」
「どーいたしまして。
あーそれとおめでとう。魔法使えたね」
シーナはウインクして微笑んだのだった。
二人でテントに向かう。もちろん、手を繋いではいない。二人の間にはまだ不自然な間隔があるが、それでも来た時よりはほんの少しだけ縮まっているように見えた。
突如地面が大きく揺れる。地震だろうか、そう思った矢先遠方のテントが一つ消え失せる。地面の中から出てきた魔物の口に飲み込まれたのであった。