3話 野薔薇の花開く頃 (3)
翌日、
「ふわぁ~あ」
豪快に欠伸をしながら伸びをする。
もう昼前になっていた。
元々、俺はよく寝る人間だ。学校がなかったらいつもこの時間まで寝ているだろう。
それに加えて、昨日の夜はなかなか興奮が冷めず眠りにつくことができなかった。
そりゃあそうだろう。ずっと才能が欲しいと思い続け、もうすっかり諦めていたところに魔法を使うことが出来ると言われたのだから。
病院を出て、いくつもの電車を乗り換えて目的地へと向かった。バルハラには昨日の帰り際にミューの本部がある場所は聞いている。
1時間ほど電車を乗り継ぎ、少し歩くと目的地にたどり着いた。
左右に青々とした木々が並び綺麗に手入れされた生垣が並ぶ。生垣には白や薄紅色の野薔薇の花が生き生きと咲いている。
野薔薇の花言葉が才能だというのをどこかで聞いたことがある。
正面にある建物は、古代の神殿のように神々しい存在感を醸し出している。
まるで国会議事堂のような建物だった。
「思ったより人通り激しいんだな。」
予想外の人の多さに驚きながら受付に向かった。
「すいませーん。バルハラって人に来るよう言われたんですけど、どこに行けばいいですか?」
こういう風に知らない人に話しかけるのが苦手な人もいるが、トオルはそんなことはない。
むしろガッツリ行けるタイプだ。
「少々お待ちください。
……
申し訳ありません。そのようなことは承っておりません。
失礼ですが、見学の方でしょうか?」
「見学なんてやってるのか、、
いや、違いますよ。世界の人々を救うために来ました!!!」
「あ、もしかして魔法防衛機関 ミューにご用でしょうか?」
ちょっと厨二病っぽいセリフを言ってしまったと思ったが、受付の人は、先程からのにこやかな表情を変えず応答してくれた。
「そうです!ここじゃないんですか?」
「ミューなら、道路を挟んでこの建物の向かい側にありますよ。ここは、国会議事堂になります。」
国会議事堂みたいな建物だと思ったらまさかそのまんまだったとは…。
受付の人に礼をいい、道路を跨ぎ前に見えた建物を見ると、、
さっきの国会議事堂そっくりの建物だった。ただ、一目見て気づく違いがある。人通りは圧倒的にこっちの方が少ない。その代わりに軍人が多いように見行けられる。
受付で要件を言った後ロビーで暫く待つと、
「やあやあ!よく来てくれた。」
奥の方から印象的な顔の男性がやってきた。
「こんにちは、バルハラさん。これから宜しくお願いします。」
相変わらず顔怖いなーと思いながら、きちんとした挨拶をする。
「こちらこそよろしく頼むよ。
君は、もうミューの一員だ。だから私と話す時は、敬語なんて必要ないよ。
正式にはこれにサインしてもらってからだけどね。」
元々、俺は敬語を使うのが苦手だ。遠慮なくタメ語で行かせてもらおう。
バルハラが一枚の紙を差し出した。
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誓約書
一.ミューで得た知識の一切を他言無用とする。
二.上下関係を大切にするべし。
三.お年寄りを敬うべし。
四.欲張りをするべからず。
以上のことに従うことをここに誓います。
氏名:
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一条以外、これは誓約書と呼べるのかと思うような内容ばかりじゃないかと呆気にとられる。
サインをする前に疑問に思ったことを聞いてみる。
「上下関係を大切にってなんか緩くないか?」
「上官の命令は絶対厳守とかにしたら、軍隊みたいだろう?ミューは戦うための組織だが、軍隊ではないからだ。」
「んーまぁそうかー
あと、欲張りって何のことだ?」
「助ける命の選択をしろという意味だよ。」
飯とか軽い答えが声ってくると思っていたのに予想以上に重い答えが帰ってきた。
「例えば、老人と若者が魔物に襲われているとする。しかし、二人ともを助けることはできない。そういう時、君はどちらを選ぶかね?」
俺が答えるより先に口を開く。
「君はもちろん若者を選ぶだろう。私も迷わず老人ではなく若者を救う。若者の方がこれからの将来があるからだ。
このように戦場では、命の重みを秤にかけることが大切になってくる。」
「っておい。それ、三条に違反してるじゃねーかよ!!」
「……。」
無言になるバルハラ。
実際の戦場で、二人の人が私を助けてくれと泣き叫んでいる時、どちらを救い、どちらを切り捨てるのかという選択ができるかはわからない。しかし、同意しない以上、ミューに所属することは叶わないだろう。
そういう思いから契約書にサインしたのだった。
俺がサインをするのを見て満足げに頷いたバルハラは、こう切り出した。
「さて、早速だが、君には訓練を受けてもらおう。」
「スポーツが苦手ってわけでもないが、体力には自信がないから易しめに頼むぜ。」
「いや、いまから受けてもらうのは体力トレーニングではない。
もちろん、基礎体力をつけることは大事になってくるが、その前に君にはゼータに行ってもらう。」
驚きと高陽が沸き起こる。
まさかいきなり異世界へと行くことになるとは思ってもいなかった。
バルハラに連れて行かれるまま、建物の奥にある格納庫に行くと、そこにあったのは淡い光を放つゲートだった。周りには数人の兵士がいる。
「こんなところにゲートが…」
「普通のゲートは不定期でどこに発生するかもわからない。だが、こいつのようにごく稀に同じ場所に開き続けるゲートが現れることがあるんだ。
このゲートのことを我々はエターナルゲートと呼んでいる。」
プルルルルプルルルル
ノーマルな携帯の着信音が聞こえてきた。
「おっとすまないね。少し待っていてくれ。」
バルハラが電話に出ている間、ゲートを観察してみる。
周りをキラキラと輝くガラス片のような物が漂っている。それが実態しない物だと触るまでもなく感じられる。発光しているためか、向こう側はどんなに目を凝らしても見えない。
その時、「うっっっ」
突然の頭痛が襲いかかってきた。頭の中で、目の前の光景と同じように光を放つ壁が浮かぶ。
(俺は、これまでにゲートを見たことがある。いったいどこで…)
「待たせたね。」
いつの間にか電話を終えていたようだ。
「すまないが、先に行ってもらえないか?少し、急用が出来てしまった。
私も終わったらすぐそっちに行く。
それまで別の世界を堪能するとよいだろう。」
「あぁ、わかったよ。
初めての別世界にワクワクしちゃうぜ」
いつの間にか頭痛は治まっていた。
エターナルゲートは依然としてあり続ける。
トオルはゼータへの一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
2秒ほどのラグ
光が眩しい。
恐る恐る目を開くと、そこに広がっていたのは壮大な草原だった。
前に教科書で見かけた、モンゴルの遊牧民が使っていそうなテントがずらりと並んでいる。
その先には、
物凄い数の鉄製の槍が外側を向いて突き刺してあり、その少し手前には土豪が掘られていた。100人ほどだろうか、アサルトライフルを両手に持ち真っ黒なパワードスーツを身に付けた兵士達が巡回している。
パワードスーツとは人間の動作の補助をする役割を担う、最先端技術を集合させた装置のことである。
なるほど、都合がいいのは俺達だけじゃなく、この世界の住民である魔物たちにとっても同じということか。
「あっれーなんか見たことある顔だなーって思ったらトール君?」
おっとりとした女性の声が聞こえてきた。
驚き振り返ると見知っている顔があった。
彼女の名は、佐々木静奈。
「ってえぇぇぇ?なんでシーナがここにいるんだよ!!!!」
セミロングに栗色の髪が特徴的な静奈(呼称 シーナ)とは、小学校の時からの唯一の女友達だった。いわゆる幼馴染みってやつだ。
そのまま一緒の中学・高校と進んだ俺達だったが、高校2年の時にクラスが別れてから話す機会がなくなり疎遠になっていた。
「ん~たぶんトール君と同じだと思うよー。」
「ってことは、お前も魔法使えんのか!?」
「うん。そー見たい。私、昔っから弱っちいし怖いの苦手なのにびっくりだよねー。」
魔法の才能に怖いの苦手とかが関係あるとは思わないけど、ゆるキャラのシーナに才能があるとは驚きだ。
その時、ゲートが淡く光った。
そこから、バルハラが現れた。その横には秘書だろうか、眼鏡をかけた青髪の女性の姿もある。
「早速仲良くしてるようで何よりだ。君達は友達だったのかな?それとも恋人かな?」
「ってなに言ってんだよ!!どっちでもない。俺たちは…元幼馴染だ。」
バルハラは、ははっと軽く笑いこう言った。
「これから君達には、魔法適正訓練を受けてもらう。才能が見つかった者達全員が通る道だ。」