2話 野薔薇の花開く頃 (2)
ピッピッピッピッピッピッピッ
規則正しい機械音が聞こえる。
「こ、ここは…病院か…。」
次第に意識が覚醒してきた。俺は魔物に遭遇して、それから……そうだ、そいつに頭を叩きつけられたんだった。
記憶が戻ると同時に恐怖が蘇り、自分が生きているのか不安になる。
「とりあえず生き残ったってことでいいんだよな。
まさか死後の世界が病院からスタートなんてあるわけないよな…。」
「気づいたようだね」
振り向くと、黒背びれを着た強面な男が。後ろには医者だろうか白衣を着た男性もいる。
「顔怖っ」
思ったことをそのまま口に出してしまった。
その男の顔には右目がなく、顔の右から左へと斜めに切り傷があったのだ。
「あぁ、驚かせて済まないね。私の名はバルハラ。バルちゃんとでも気軽に呼んでくれ。魔物防衛機関 通称 [ミュー] に所属している者だ。
ちなみにこの傷は魔物との戦いでできた物、名誉の負傷ってやつさ。」
予想に反してテンポが良いのだった。
さきほどの俺の発言に怒っている様子はなかったので、少し安心した。というか、さりげに傷を自慢してくるところが腹立たしい。
「俺はどうなったんですか?」
初対面の相手に気軽に「バルちゃん」と呼べるはずもなく顔の怖さからおのずと敬語になる。
「安心してもらって大丈夫ですよ。」
それは別の声だった。
「致命傷どころかかすり傷一つなく、魔物と遭遇してこの結果は不思議なくらいですよ。」
後ろにいた白衣の男が答えた。
俺の求めていた答えとは違うものだったが、とりあえずこれから不便な身体で生きていか無ければいけないということは無さそうでホットする。
「そういえばっ 頭の傷は…」
両手で頭を触ってみるが、傷がない。それは、治ったというより元からなかったかのように消えていた。
「彼とは、これから大事な話があるから席を外してもらってよろしいかな?」
白衣の男は軽くうなずき退室した。
バルハラという男と俺の2人だけの空間となる。
どうやら白衣の男はこの病院の医者だったようだ。
「昨日君の学校の体育館付近でゲートが発生した。幸いにもゲートから魔物が現れたのは遅く生徒の大半は避難できたようだ。」
話によるとゲートの発生時刻は10時50分だと言う。その時間のことを念入りに記憶を探ると、担任が休んでいて自習時間に睡眠に耽っていたことを思い出した。
おそらく、日頃クラスメイトと積極的に関係を持とうとしなかった自分は、誰にも声をかけられることなく素通りされたのであろう。
自業自得だと感じる他ない。
その後話は続き、まとめると
・ミューの到着時には一匹の魔物が侵入済み
・逃げ遅れた人たちのうちの1人が自分である
ということを伝えられた。
「それで、あなたが来たのは俺の見舞いだけってわけじゃないんでしょう?」
「ほぉ、話が早くて助かるよ。君の言う通り、私がここに来たのは別の理由があってだ。
君は魔法というものをどこまで知っている?」
唐突の質問に困惑する。
「人間の中でも限られた奴だけが使うことができる能力で、魔物を倒すのに必要。あと、魔法を使うにはマナとかいうエネルギーがいるんだったかな。
全部ニュースで得た知識だけどこのくらいです。」
バルハラは大きく頷く。
「ああ、君の話してくれたことで大筋あっている。
付け加えると、私達が魔法を使うのに必要なマナは魔物達の生命の糧でもある。そして、マナはこの世界には存在しない。ゼータはそのマナに満ち溢れている世界だ。」
「ちょっと待ってください。どうして魔物はわざわざマナのないこの世界にやって来て人を襲っているんですか?」
「魔物が人を襲う詳しい理由はまだわかっていない。単なる捕食の為かも知れないし、誰かの陰謀なのかも知れない。
言い忘れていたが、ゼータと私達の世界を繋ぐゲートからはマナが流れ込んでいて、ゲートから一定の範囲内にマナが存在することがわかっている。だから、魔物はその範囲内で行動することが可能なのだ。逆に言えば、その範囲内でしか行動できない。
そして、魔法という物はマナがあれば全ての人間が使えるというほど簡単なものではない。
魔法を使えるのは、、、
1000人に1人しかいない魔法の才能を持った者だけだ。」
「なっ―――1000人に1人だって!!!」
あまりにも少ない数に驚きを隠せなかった。
「そういえば…魔法を使うことができるかできないかはどうやって調べてるのですか?」
「今のところ、希望者を集めゲートの近くに行き確認するしか方法は無い。勿論、魔物から身を守るために、軍隊や魔法の使える者が護衛した状態でね。」
護衛すると言っても100%安全である保証はないだろう。命の危険があるのに加えて、1000人に1人しか才能を持たないと言われて誰が行くのだろうか。よっぽど魔法に憧れる厨二病奴か、人生に絶望している奴くらいだろう。
そう考えると俺にぴったり当てはまってる気がする…。
暫しの沈黙の後、バルハラがこう切り出した。
「そろそろ、本題に入ろう。
君には魔法を使いこなす才能がある。だから、我々ミューに所属しないか?」
バルハラの言葉を理解するのに10秒かかった。
「な、な、なんだとぉぉーー俺に魔法が使えるだと!!!!」
「ちょっと待ってくれ。いきなり過ぎてびっくりしたぜ…ハアハア……
俺が魔法を使うことができる根拠はどこにある?」
あまりにも衝撃的な事を言われて、口調が素に戻っていた。
「さっきの話の続きだ、
我々が校舎内を探し回っていた途中、2階の方からものすごい音がした。急いでそこに駆けつけると、そこで目にしたのは、意識を失った君と体中が木っ端微塵に吹き飛んだ魔物の姿だった。」
俺が魔物を倒しただと!??
俺が魔物から逃げて、頭を殴られたところまでは覚えている。だが、そこから先のことを全く思い出せなかった。何か大事なことを忘れている気がしてたまらなかった。
あの後、何があったんだ……。
「思い出せない…」
「あの場にいたのは確かに君だけだった。軽い記憶喪失が起きているのだろう。初めて魔法を使った時に、よく起きることがあるんだ。」
プロがそう言うのなら、そうなのだろう。
しかし、まさか自分に魔法を使う才能があるなんて…。
「我々は君を欲している。 勿論、無理にとは言わないよ。
君には選ぶ権利がある。このまま今と同じ生活を送り人生を終えるか、それとも、私達と共に世界を救うために1000人に1人の才能を使うのか。君はどちらを選ぶ?」
トオルは、この時初めて気づいた。俺が昔から人より優れた物、才能が欲しかったのは、人から必要とされたかったからだということを。俺は、人から認められたかったのだ。
俺は今、この人達から必要とされている。大袈裟かもしれないが、世界中が俺を必要としている。そう思うと、嬉しくてたまらなくなった。
だから迷わず答えた。
「お願いします。」
「俺に手伝わせてください。俺を使ってください。俺に頼ってください。」
バルハラは顔をほころばせ言った。
「ようこそミューへ。歓迎しよう。君には期待している。」
◆ ◆ ◆
医者と分かれたバルハラは、ロビーで待っていた長身で灰色の髪の少年に声をかけた。
「ヒューマ、待たせたね。
二人ともいい返事を貰ったよ。」
「あぁ、そうかよ。
それであのガキ、どうやって魔物のヤツを殺したって言ってやがった? 」
ヒューマと呼ばれた青年は答えた。
「覚えていないらしい。
それから、あの様子を見る限りやはり傷をおっていたようだった。」
「じゃあ、なんだ。あのガキが自分で直したとでも言うのかよ!!」
乱暴に声を荒らげる。
「いや、あくまで可能性の話だよ。
それから、君がガキと呼んでいる彼は、君と同年代だよ。これから仲良くするんだよ。」
「うっせー年齢で語るんじゃねーよ。経験の差だ。
それから、新人と馴れ合うつもりなんてねーよ。」
「チームワークは大事だよ、ヒューマ。それに、彼が君と共闘するようになるのも、そう遠くない話かも知れないよ。」
「それは、これから地獄を見てそれでも生きていたらの話だろ。どうせ、すぐくたばっちまうだろうよ。」
「あぁ確かにそうだね。君の言う通り、彼はこれからたくさんの地獄を見ることになるだろう。
それを乗り越えることができた者が真の才能の持ち主だろうね。」
夕日を背景に、2人は病院を後にしたのだった。
会話が多くなってしまいました……(反省)