0話 弱肉強食の世界
果てしなく広く、どこまでも続く砂の海。照りつける太陽の陽射しが地面を熱し、陽炎がゆらゆらと立ち上る。
俺はこの灼熱の中を仿徨い歩いていた。両手には鋭い刃のついた鋏、尾には毒針がついている。そう、俺は俗に言う魔物だ。大きさは人間を軽く超えている。
空腹空腹空腹空腹空腹空腹空腹空腹。
…………俺は飢えていた。もう何日も食べていない。
このまま何も食わなければそう遠くないうちに餓死するだろう。
その時、ふと前を向くとたくさんの脚が生えたダンゴムシの姿をした魔物の姿が見えた。
久しぶりの獲物の姿に唾液が滴り落ちる。足音を忍ばせることもせず、残忍な笑みを浮かべながら堂々と近づいていく。
危険を感じた獲物は、体を丸め堅い殻で身を守る。しかし、そんなことをしても無駄だ。俺の毒針が少しでもかすっただけで死からは逃れられないのだから。
どこを刺してやろうか。そう思いながら獲物の周りを歩き回る。
俺は今この獲物の生死を左右している。そう思うとたまらなく快感である。
さんざん焦らした後、もう我慢出来ないとついに猛毒の針を獲物に突き刺そうとしたその時……
地面が音もなくぱっくり割れた。いや割れるというより、いつの間にか地面がなくなったという感じだった。
何が起きたのかわからないまま落ちていく。餓死から逃れられたかと思えば今度は転落死の危機とは…。自分の不幸さとこの世の理不尽さを恨む。
幅、深さ共に先が見えないほど広くて深い。助かる確率は限りなくゼロに近い。それでも、俺は諦めず左右の鋏を懸命に動かし、生きるために必死にもがき続けた。
しかし、そんなことで重力に逆らうことなどできるはずもなく…
――――――グシャッッバリバリバリバリ
底に大口を開けて待ち構えていた魔物に食べられたのだった。
◆ ◆ ◆
地面が再び元通りに戻った少し経ってからのことだった。その上を一人の少年が途方にくれた様子で彷徨い歩いていた。
「おっかしーなー。皆、どこに行ったんだ?」
周りには誰もいない。元々、5人の仲間達と共に来たのだが、砂嵐に見舞われ気づいたらこの有様だった。
「闇雲に歩き回っても見つからないだろうしな…」
辺り一面同じ風景である。
それに、風によって常に巻きおこる砂煙のせいで視界も悪い。砂嵐に巻き込まれた時よりは幾分か良くはなっているのだが、それでも遠くまで見通すのは困難だ。
突然、少年を中心として地面が割れた。
あまりの速さに上にいたものは何が起きたかわからないまま、落ちていくことになるだろう。それは少年にも例外ではなく落下していく。
「――――――。こんなクソでかい奴が地面の下にいたのかよ…」
少年は、軽く驚くが特に焦ることもなく、落ち着いた様子で状況を把握するために辺りを見回す。
下を見ると、底を覆い尽くすほど大きな口を開けた植物型の魔物が見えた。地面の上を通った物を食らうためにずっと待ち構えていたのだろう。
そんなことを考えている内に、魔物の姿がどんどん明確になる。よく見れば、体の大部分が口で出来ていた。周りには蔦のようなものが蠢いているのがわかる。
「ミーシャっ」
少年がそう呟くと、少年の体から黒い影が現れた。黒い影は徐々に集束していき、黒髪にロングヘアーの幼女の姿を形取り実体化する。
可愛らしく伸びをしながら現れた幼女は、落下中であることに気づくと、目をこすりながらキョロキョロと周りを見回した。
そして、下を見て状況を把握すると指を擦ってパチンと乾いた音を鳴らす。
落下中の少年と幼女の真下に魔法陣が現れる。
「重力操作・零」
幼女の一言で魔法陣の上にあるもの全てに重力の作用がなくなり、二人の体は空中に浮遊する。
「全く人使いの荒いもんじゃのう、ご主人様よ。このくらいのことお主でどうにかできたじゃろうが。」
幼女とはとても思えない貫禄のある話し方をする。いや、貫禄というより老人くさいと言ったろうが良いだろうか。
「おまえ、人じゃないだろっ」
「そんな細かいことを一々言ってるから女子に嫌われるのじゃろうが。
四方や、儂と共に無理心中を図ろうと思ったわけじゃあるまいな?」
幼女が眉を潜めながら訝しむ。
「一緒に底に落ちても死ぬのは俺だけじゃねーかよ!」
「もっともじゃ。
だが、ご主人様は儂のことをまるで幼女としてしか見ていないようじゃからのぉ。」
「そ、そんなことないって。あるわけないだろ。お前が見た目と似ても似つかぬほどの長寿の精霊だってことは重々わかってるよ!!」
そんな話をしている内に、口の周りに蠢いていた蔦が近づいてきた。
なかなか落ちて来ない獲物に痺れを切らした魔物が、蔦で捕らえようとして伸ばしていたのだった。
蔦に捕まる直前、少年は足で大気を蹴り飛ばした。そこから衝撃波が生まれ少年と幼女は上昇していく。
落下していた時よりも速く、穴を抜けさらには上空にまであがる。上空では強風が吹き荒れていた。
上昇から落下に代わる速度ゼロの瞬間、強風の中再び指を鳴らす音が聞こえた。
今度は穴全体を覆う程の魔法陣が展開する。
危険を感じた魔物は逃げようとするが、落ちてくる獲物を食べるためだけに特化した体は動くことなどできない。
身を守るため、魔法で地面を戻そうと試みる。しかし、周りのマナは幼女が展開した魔法陣に吸い込まれているようで、魔法が使えない。
絶望…。
植物型の魔物はただ死を待つことしかできなかった。
魔法陣がどんどん光輝いていく。膨大な量のマナの収束により大気が震える。
「重力操作・百」
そして、、、
魔法陣の下向きに重力の何百倍といった力が働き、魔物は呆気なく体を粉砕する。肉体という肉体が押し潰され、最後には緑色の体液の塊が残っただけであった。
弱いモノは死に強いモノが生きる残る。まさに弱肉強食の世界の姿だった。
この世界の名はゼータ。
タイトルの変更をするかもしれません。
また、投稿ペースは週1.2回程度で土曜の昼刻に1話分は出します。