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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
8/23

第八話 明王衆

「・・・傷、残っちまったか」


 鏡に映る自分の頬を撫でながら呟く。一文字に残った傷痕。

 未明 暁莉に殴られた左顔面は癒えはしたが、その傷の全てが癒える事は無かった。

 そもそも一週間という短い期間で治る怪我では無い。常人ならば数ヶ月を要する大怪我。それが治ってしまうという事実が、自分がもう普通の人間ではないと思い知らされる。

 京都で起こった凄惨な事件、その全ては改竄されていた。

 凶悪犯による無差別殺人。それが表向きの真相。生き残ったクラスメートの全てはそれが全てと刷り込まれた。どうやったかは知らないが、今までも同じように改竄してきたらしい。

 そして真実を知る者は日暮 明ただ一人。

 

 いや


「ほう、なかなか男前になったじゃないか」

「お前」


 鴉の濡れ羽とも言うべき美しい長髪を揺らす、これまた漆黒のセーラー服に身を包む美少女。


 未明 暁莉


「半鬼といえどその回復力は侮れんな。もし始末することになったら念入りに磨り潰さなければな」

「冗談に聞こえねぇぞ」


 この妙に古臭い言葉を使う女に一週間前、殺されかけた。そればかりかせっかく心を開きかけた先生までその手に――――

 いや、その事に関しては自分なりに納得した。

 いずれ井上は始末されただろう。より多くの人間の血肉を啜りながら、あの醜い姿で夜の京都を徘徊する。

 そんなことになる位なら、あの場でこの女の手にかかった事は、ある意味救いだったのかもしれない、と、表向きは無理やり結論付けた。

 無論、本音はそれどころではない。

 本当なら今すぐにでも目の前の女に飛び掛り、その澄ましたツラを張り倒したくて仕様がなかったが、あの悪夢の全てを知る証人。あの時、あの場所で何が起きたのか、その全てを知るこの女から全部聞きだす必要がある。

 だから、不本意ながら我慢する。短気な自分にしては上出来だと思う。

 なにより――

 この女に飛び掛ったとして、勝てるイメージが全く浮かばない。

 恐らくだが、何もできずに瞬殺。もしくはボコボコにのされて終了。自分とこの女との間にある明確な"差"

 それが理解できてしまうから、明は戦いを挑まない。挑めない。

 

「そう睨むなよ。私は少なくとも君の味方のつもりなんだがな?」

「そんなことどうだっていい」


 鬱陶しいとばかりに吐き捨てる。元々仲良くするつもりは最初から無い。知りたいことをさっさと教えてくれればそれだけで良かった。


「俺が聞きてぇのは二つ。一つは化け物にならない方法」


 そして


「このクソッタレな騒ぎを起こしやがったバカの居場所だ」


 自分ばかりか井上までも化け物に変え、その人生の全てを狂わせた犯人。

 腸が煮えくり返る

 頭に昇る血が今にも噴き出しそうな感覚

 なにがなんでも探し出し、ぶっ殺してやらなければ気が済まない。


「ふむ、復讐・・・、いや、仕返しのほうが正しいか。やめとけ、今の君じゃ八つ裂きにされるのがオチさ」

「・・・知ってるんだな、犯人」

「ああ、そもそも、私はずっとそいつを追いかけていた。だが、今は君をどうするかで精一杯さ、君も自分の事を第一に考えた方がいい」

「放っとくのかよ、そいつ」

「少なくとも、しばらくは行動は起こさない。人を鬼に変えるにはそれなりに準備が必要だからね」

 

 その言葉を聞き、顔を俯かせ、両の拳を握り締める。

 ただ、悔しかった。

 目の前に真相の鍵が転がってるのに、それに手を伸ばす力すらない、無力な己。

 仇をとりたい、なんとしてでも、己の命に代えても果たしたい。


「あまり怖い顔をするな。鬼に近くなるぞ」

「うるせぇよ」


 鬼に近くなる

 暁莉の話によれば、半鬼の状態で尚怒りや憎悪に囚われ過ぎると、人としての理性が薄れ、段々鬼として覚醒してしまうらしい。

 そうなってしまってはもう手遅れ、二度と元には戻れず、人肉を喰らう悪鬼に成り果てる。そして、始末される。未明 暁莉によって


「それに、戦いに身を置けば必然的に憎しみに触れる機会も多くなる。私としてはこのまま静かに――」

「忘れろ、ってのかよ」

「・・・ああ」

「できる訳ねぇだろ・・・!」


 このまま何事も無く、全てを忘れ、平穏な生活に――――


 戻れるわけが無い


 もう、無関係ではいられない。この体の奥から湧き上がる怒りが、平穏を許さない。


「俺は、やる・・・! 何としてでも犯人をぶっ潰す!」

「駄目だ」


 あっさりと拒否される。それどころか、先ほどの飄々とした顔は鳴りを潜め、逆に冷たい眼差しが明に突き刺さる。

 ――背筋が、凍りついた

 圧倒的な死の予感

 無表情に隠された怒りの形相

 言葉をださずとも理解した。「これ以上余計な口を開くな」そう目が語っている。


「それは、君のやるべき事じゃない。我々明王衆の役目だ」

「明王衆・・・?」


 先程聞いた「明王の使い」といい、よくわからない言葉が次々と出てくる。


「なんだよ、その明王衆ってのは」

「ほんとはあまりおおっぴらに話せないのだがな」

「ま、どうせ長い付き合いになるんだ、知ってて損はないだろう」


 そう言いつつ暁莉は説明し始める。


 

 ――明王衆

 

 古くから朝廷に仕え、都を跋扈する悪鬼羅刹を滅してきた法力僧の集団。

 現代の世に置いても鬼の発生を食い止め、日本の平穏を影から支え続けた。

 その者たちが信仰するのは降魔の象徴、仏法の守護神


 ――明王――


 即ち


 降三世


 軍荼利


 大威徳


 金剛夜叉


 

 そして――――



 「不動」



 正しき怒り

 不動明王



 「不動、明王」


 

 オウムのように繰り返し、噛み締めるように答える


 ありとあらゆる災厄を撥ね退け、悪鬼羅刹を打ち倒し、迷える衆生を救済する神

 あの日、迦楼羅堂で出会った衝撃が、再び明の体を包む。これは単なる偶然だろうか。いや、偶然にしてはあまりに――――


「私は、災厄を撒き散らす鬼を滅するために明王衆に所属している」

「そして、君のような被害者を守る為に戦う」

「戦うのは私たちだけでいい。君が戦う必要は無いんだ。君は、既に救われた命だ。態々命を粗末にする真似をするなど、亡くなった彼に申し訳が立たないだろう?」

「それは」

「安易に薄暗い道を歩むんじゃない。陽の光の当たる真っ直ぐな道を歩く事が、君に出来る最大の恩返しなんじゃないかな」


 「・・・」


 陽の光の当たる、真っ直ぐな道

 そんなもの、どこにあるって言うんだ。

 不完全とは言え、化け物の領域にに片足を突っ込んでる自分が、一体、どんな道を歩けと。


 「勝手なこと・・・」


 抜かしてんじゃ、ねぇよ

 そう言う筈だった言葉が、出ない。

 ただ、虚しかった。


 行き場の無い怒りが、急速に冷え、濁った気持ち悪いモノになり臓腑に溜まる。


 

 ――俺に出来ることなんて、無い


 

 その事実が、ただ辛かった







 --








 

「それにしても、未明さんにはなんてお礼を言ったらいいか・・・!」


 柔らかい笑顔を浮かべながら感謝の言葉を発するのは、明の祖母、日暮 あかり

 大怪我を負った明を保護し、病院へ搬送した。それが未明 暁莉の描いたシナリオ。

 すっかり信じた祖母の顔を見ているとげんなりした気分になる。真相を知る自分としては祖母を欺いている事に罪悪感を抱く。


「いえ、礼を言われる程でもありませんよ。人として当然の事をしたまでですから」


 そして、同じく完璧な笑顔を張り付かせた女がいけしゃあしゃあとほざく。

 古風な喋り方は何処へやら、如何にも「私、普通の女子高生です」アピールが明の癇に障る。


 ――――なに猫被ってんだ。ブス


 ガツン!


「ごっ!?」


 目にも止まらぬ神速の拳骨が明の頭上に炸裂する。


「まぁ、一体なんの音かしら?」

「何処かで交通事故でもあったのではないですか?」


 ニコニコと笑顔を崩さずにさらりと言ってのける

 この女、心が読めるのか!?

 頭をさすりながら、目前の暴力女を睨みつける


 ――何すんだコラ

 ――邪な考えはお見通しだよ


 明の最大級のガンくれは、暁莉の柔らかいスマイルによって受け流される。何処までも底知れない女だった。

 

「まぁ明さん。駄目ですよ? 命の恩人さんにそんな顔をしては」

「ぐっ・・・!」


 その上祖母までも味方に着けている。非常に卑劣かつ的確な人心掌握。ふざけるなと叫びたい。


「それで、退院はもう・・・?」

「ええ、そうなんです! お医者様も大変驚いてましたよ。こんなに治りの早い子は初めてだって。明後日には帰れるみたいで、もうほっとしましたよ」

「それは良かったですね。明くんも早く退院できて良かったね」


 なーにが「良かったね」だブs


 「明くん?」


 うつくしいおねーさま

 

 とっさに心の中で訂正する。

 「笑っていない笑顔」がこれ程恐ろしいモノとは思わなかった。


「本当に心配したけど、無事で良かったわ・・・」


 あかりのポツリと呟いた一言が耳に入る。本当に安堵しきった、どこか疲れたような声。

 

 「……」


 違う


 本当は無事なんかじゃない。自分はもう化け物になりかかっている。血と殺戮に酔った悪鬼。それが自分。もう二度と戻らない体。

 もし、それが祖母の知るところになったら、自分は耐えられるだろうか?

 いや

 

 ――拒絶されないだろうか?


 それだけが怖い。どうしようもなく怖い。


 一抹の不安を抱きながら、それでも自分は生き残ってしまった。だったら、精一杯生きるしかない。たとえ嘘にまみれた生活を送るのだとしても、真実を隠して生き続けるのだ。

 

 生きることが、井上に対する恩返しなら、自分はそれで納得できる。


 



 



 ――――そして、俺は一時的に平穏に戻った







 それがすぐに崩れ去るモノとも知らずに


 

 

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