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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
7/23

第七話 未明 暁莉(ミメイ アカリ)

 ――京都市で連続殺人事件

 ――犯人は複数、いずれも消息は不明

 ――修学旅行の生徒を襲った悲劇。生存者は僅か

 ――行方不明者多数。桐山市立千台小学校教諭を容疑者として――――


 「っっっっざけんなっ!!」


 体を無理矢理起こしながら叫ぶ。寝てる間に耳に入る情報。その全てが気に入らない。

 特に、最後のはなんだ。何であいつが疑われてる。ふざけるのもいい加減に――


 「なんだ、起き抜けに騒々しいな。もっと普通に起きれないのか?」


 ――目の前に、自分を殺しかけた女


 

 「お、お前……!」

 「お前とは失礼な小僧だ。礼儀がなってない」

 「お前、さっきの」

 「さっきとは何時のことだ? もう一週間は寝ていたんだぞ君は」

 「一週間……」


 周りを見渡す

 白い壁、白い天井

 鼻につく薬の臭い


 「病院、か」

 「私が担ぎ込んだんだ、有り難く思え」


 ……さっきから何なんだこの女は。いちいち偉そうに、上から目線で見下して

 ――それに

 


 「てめぇ……よくも、井上を殺しやがったな……!」


 

 コイツは、先生を殺した



 「ああ、私が彼を殺した」


 何の感情もなく言い放つ

 まるで、それが当たり前かのように


 「ぶっ殺すぞババァ!!!」


 元々短気な頭に熱湯のような血が一気に登った。病室であるにも関わらず目前の女を、それこそ本当に殺す勢いで飛び掛かる。


 「まぁそうカッカするな小僧」


 突き出された拳が、容易く絡め取られる


 「ぐ……! 放せよ! テメェ!」

 「人に戻ってもその気性か。やはり鬼になるのに相応しい小僧だったらしい」

 「さっきから何意味わかんねえ事を!」

 「あの時死ぬのは本当なら君だった。そんな君を彼は守ったんだ、身を挺してな」


 その台詞に思わず押し黙る

 その通りだった

 あの瞬間、死ぬはずだったのは自分だ

 それを井上が、あの化け物になった筈の井上が、自分を庇って


 ――死んだ

 ――死んでしまった


 「う……ぐぐ……!」


 拳を握りしめ、歯を食い縛る 

 目尻に涙が滲む

 信じたくは無いが、はっきりと見てしまった。拳に貫かれる井上の姿が。


 「完全に鬼となったモノが尚理性を残すとはな、良い先生を持ったな、君は」

 「うるせぇ……! テメェがアイツを語るな……!」


 この女にだけは、井上を語られたくない

 先生を殺したこの女にだけは


 「ま、暫くはここで頭を冷やすんだな。情報を改竄したとは言え、世間は大騒ぎだ」


 改竄

 聞き慣れない言葉

 たしか、誤魔化すとか、そんな意味だったろうか


 「おい、まてよ、改竄ってなんだ。それに」


 そうだ、一番肝心な事を聞き忘れていた


 「――おまえ、誰だ」

 「私は暁莉(アカリ)

 「未明(ミメイ) 暁莉(アカリ)、明王の使いだ」


 「あかり」


 ばあちゃんと同じ名前

 そして

 

 「みょう、おう」


 みょうおう

 明王

 ――不動明王


 「ああ、それと一つ言っておく」

 「あ?」

 「私はまだ、ババァなんて歳じゃないよ。――――糞餓鬼」


 ゴスッ


 「おごっ!?」


 拳骨一発

 骨身に沁みる


 ――このクソババァ、いつかコロス

 頭から火花を出しながら、明は誓った

 

 --


 数百年の周期で、人が鬼に変わるのに絶好の時期がある。

 それが今現在の社会。そして、血の歴史を持つ京都。


 そして最後のキーワード、時間帯

 逢魔ヶ時、黄昏時、丑三つ時等の魔の時間帯

 明が出くわしたのは、丑三つ時。

 人が鬼に喰われ、そして人を喰らう鬼になる忌むべき時間帯


 「待てよ」


 そこまで説明されて、明が手を挙げる


 如何にも胡散臭いと言ったしかめっ面である。


 「そんなに簡単に化け物になるんじゃ、今頃人間全員ぽんぽん化けてるだろ」

 「勿論、全てが全て鬼になるわけじゃない」

 「切っ掛けはたった一人でいいのさ、一人の鬼が、人を喰らい、喰われた者も鬼になる」

 「ゾンビかよ」

 「あれより厄介なのは、少なからず知性を持つこと」


 そして


 「絶えず成長すること」

 「成長……?」

 「君や、君を襲った鬼はまだ化けたての小物だ」


 化けたてってなんだ

 焼きたてじゃあるまいし

 パンか


 「一本角と呼ばれる雑兵、それが君だ」

 「そして君はまだまだ強くなる。より一層、鬼としてな」

 「は……?」


 強くなる? 鬼として?

 これ以上一体何になると言うのか


 「君は一本角だが、ギリギリの所で人間の意識を勝ち取った、所謂超越者だ」

 「いや、正確には化け損なった半人前の鬼」



 ――半鬼――



 「半鬼……?」

 「残酷な事を言うが」

 「君はもう人間じゃない。……半分鬼で、半分人間」

 「恐らく、もう一生、元には戻れない」

 「そして、何時かは完全な鬼になる」


 

 戻れない

 一生

 半鬼

 鬼



 酷く現実感の無い言葉が、頭の中を駆け巡る。

 だが、不思議と受け入れられる部分もあった。恐らく、自分の人間でない所が朧気ながら理解出来ているからだろう。


 そうか

 もう、戻れないのか

 あの夜に狂乱の叫びを挙げた自分

 今でも覚えてる。血と肉を浴びて恍惚の表情をしていた。


 ――人を襲う化け物


  「は、はは……マジかよ」

  「マジだ」

  「……」


 言い返す気力も起きない

 つい最近まで、所謂日常を送っていた筈の自分が、何故、こんな目に。


 天を仰ぐ

 真っ白な天井

  今は無性に腹が立つ


 「さて、ここからが本題だが、鬼になる君は、本来であればすぐさま処分するのが筋なのだが――――」


 物騒な単語が聞こえる

 処分するとは、一体


 「おい、俺を殺すのかよ」

 「それなら一週間も待たない。あの時あの場所で君の首を叩き折っていたさ」

 「じゃあ、なんだよ」

 「話は最後まで聞きなさい。まぁ、私個人としては、君にはできるだけ長生きして欲しいんだ」

 「はぁ?」


 思わず間抜けな声がでる

 当然だ、散々殺そうとして、挙げ句には長生きしてほしいなんて、バカにするにも程がある


 「私が、明王の使いが殺すのは鬼だけだ」

 「半分人間の君は対象外だ」

 「俺は、何時かは鬼になるんじゃないのか」

 「そうならないようにするのさ。……なりたくないだろ? 化け物には」


 「……」


 なりたくないだと? 当然だ!

 あんな、血に飢えた怪物に、誰が好き好んでなりたいと思うものか

 半分鬼で、半分人間

 だったら、俺は半分でもいいから、人間でいたい

 井上。アイツも、最後の最後は人間だった、気がする。

 最後に自分を見た瞳

 優しい目だった

 あんな目が、鬼に出来るわけがない

 そんなアイツに救われたんだ、ここで俺が簡単に諦めちゃ、死んだアイツも報われない。


 

 「ああ、俺は人間でいたい」

 「……そうか」

  「教えろ、どうすりゃ俺は、人間でいられる」

 「ま、嫌だと言っても、どうせ力づくでも連れてくつもりだったけど」

 「おい」

 「取り敢えず今は、ご家族に会ったほうが良いと思うよ?」


 家族

 家族って


 

 「まさか」





 ――明さん!






 バタン!

 勢いよく扉が開かれ、女性が入ってくる

 ああ、よく聞き慣れた声と姿だ。少し泣きそうなのが胸に響くが

 そんなに心配しなくても、俺は平気だから。

 だから、泣かないでくれよ


 「ばあちゃん」

 「明さん! 目を覚ましたのね!?」


 俺が人間でいたい理由

 ばあちゃんを残して、化け物なんかになれない

 もう、二度と大切な何かを手放さない

 忘れない


 「大丈夫、大丈夫だから」


 胸に飛び込み、涙を流す祖母の頭を撫でる。

 できるだけ優しく、壊れ物を扱うかのように


 


 ――もう、泣かせる真似はできないな

 頭を撫でながら、そんなことを思った。



 --



 その少年が、何時かは鬼になるのを承知で引き取ったのか?


 「はい、その通りです」


 我々に与えられた時間は少ない。何時までも夢を追いかけるのはどうかと思うが


 「彼は、そうならないと、思います」


 何故、そう思う?


 「彼は優しい。そしてそれだけじゃない」

 「人の持つ濁った部分も承知で飲み干せる」

 「清濁併せ持つから、平衡を保てる」


 お前の知る人間は、そうでは無かったと?


 「優しさだけでは、人はすぐ闇に囚われる」

 「必要なのは、相反する厳しさ、明王の心だ」

 「あの人は、それが足りなかった」


 彼にあると言うのか、明王の心が


 「……少なくとも、私の目に、狂いは無いと」

 「何せ初めて見ましたから」






 ――――涙を流した鬼は

 





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