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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
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第六話 鬼誕祭 "後編"

暁莉(あかり)、そろそろまずい。鬼が溢れる』


 「わかってます」


 長い黒髪をたなびかせ、焔の翼を纏った少女が夜の町を駆け抜ける

 端末から聞こえる"暁莉"という単語が少女の名前なのだろう。金色の炎は激しく燃え上がるが、少女の体を焼き尽くすことはない。

 

 常識を越えた、何か


いつしか眼前に人肉を喰らう「鬼」が立ち塞がる


 「グルゥアアア!!」


 牙を光らせ、血走った目がその柔らかい肉を引き裂かんと襲いかかる。

普通の人間が彼らにそうされたように、少女もまた普通ならば物言わぬ肉に成り果てただろう


 しかし


 「邪魔だ」


 


 ――――金色の拳を一閃





 それだけで、鬼はその命を散らす



 ぐしゃり、と、頭部を叩き潰された嫌な音と、噴き出す鮮血

 紛れもなく即死である


 「燃え尽きなさい」


 纏った焔が鬼の体をくるみ、灰すら残さず消滅する


 「大元が近い、か。雑魚でも集まればやっかいだな」

 

 光に集まる蛾のように、ぞろぞろと鬼が集まる。

 しかし、暁莉と呼ばれた少女は表情一つ変えない

 ――瞬間、少女の体が掻き消える


 


 


           「焦熱拳」





 




 

 ――鬼たちが最期に聞いた言葉が、その台詞だった



 --




 「グ、ゥウウウ……!」


 熱い


 熱い


 熱い


 アツイ


 アツイ


 アツイ


 寒気と共に熱気が襲ってくる

 そんな矛盾を孕んだ感覚

 血の匂い、心地よい

 肉の感触、心地よい

 もっと、もっと感じたい。

 この快感を


 「ガ、ァアア」


 この多幸感を


 





 ――――喰わせろ







 「ギアァアアアアア!!」


 

 弾丸のような突進は、目の前に居た鬼の腹に正確にぶちかまされた

 新たに産まれた同胞が、いきなり襲ってくる

 その事実に周囲の鬼は困惑する


 ――――その僅かな逡巡が、命運を分ける


 「ゴ、ア……!」


 気付いたときには、腹に感じる灼熱感

 日暮 明だった少年の額から生える、一本の赤黒い角

 それが鬼の腹部に深く突き刺さっている


 「アァアアアアア!」


 白目の部分は、不自然な闇色に


 「ア、アア! グァアア!」


 縦に裂けた真っ赤な瞳孔


 「――――ガ、ァアアアア!」


 血に染まった爪と牙

 紛れもなく魔道に堕ちた姿


 


 悪鬼

 人を喰らう者




 周囲の鬼は怒りの声を挙げる

 人を喰らう同胞が自分達に牙を剥くその事実が、彼らに強い怒りを抱かせ、明に向かい爆発する。

 しかし、当の明はそんなこと知ったことではなかった


 人間も化け物も関係ない。

 只々血が欲しい

 肉が欲しい

 目の前の物体はその欲望を叶えるエサ

 ただの手段


 「フ、ゥウウッ!」


 小柄な体が爆音と共に消える

 バキリと、嫌な音が聞こえた時には、明の腕が一体の鬼の首を砕き折っていた。

 

 「シャァッ!」


 返す豪腕が物言わぬ骸を突き飛ばし、鬼の集団にぶつかる

 体勢を崩した集団に明が襲いかかる


 ――それからは、ただの無慈悲な殺戮


 大振りな動きの鬼が、なすすべもなく明に挽き肉にされていく

 その獲物を引き裂く爪と牙が、当たらない

 掠りもしない

 逆に明の爪と牙が鬼たちを引き裂く


 「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」


 狂ったような雄叫びを挙げ、血と肉を堪能する

 狂気の叫びを放つ頃には、周りはまさに地獄と化していた

 辺り一面にぶちまけられた深紅の血液

 ばらまかれる肉片

 その地獄を産み出した明は、一人天に向かい叫び続けた


 歓喜の嵐と共に




 --


 


 「なんだ、コイツは……」


 暁莉がそこに辿り着いた時には、既に地獄が完成されていた

 無惨な姿になった鬼たちの亡骸の山に立つ、一匹の鬼

 天に向かい叫びを挙げるその姿は、見ようによっては勝利の雄叫びにも見えなくはない。


 「人間も同胞も関係なく、血肉を求める?」

 「……イヤ、あれは、もう」


 


 ――狂っている




 「……関係ない。狂った鬼だろうと、始末するまで」

 「ガァアアアアアアアアアア!!」


 少女に気付いた明が烈昂の叫びと共に襲いかかる

 暁莉の拳に焔が集中する

 二度使うは鬼の集団を葬った一撃


 「…………」


 見れば、その鬼はまだ幼い

 小学校高学年程度だろうか、そんな者すら葬らなければならない己の業に少なからず濁った想いを抱く


 「……すまない」


 謝罪の言葉は、自身を正当化させる欺瞞の現れに過ぎない。

 しかし、魔道に堕ちた者を見過ごす訳にはいかない 

 暁莉という少女はとっくにその覚悟は済ませている 


 「フッ!!」


 弾丸にも似た剛拳

 金色の焔を纏った一撃が明の頭部を襲う

 幼い悪鬼の命を刈るのに充分なその一撃は――――


 

 「な、に?」



 その身を高速で捻り、紙一重で避ける明

 すれ違いざまに振るわれた爪が暁梨の体を掠り、僅かに血が舞う


 「くっ!」


 身を翻し、着地した明は屈めながら距離をとる。


 「グル……」


 唸りを挙げる明の視線が暁梨を突き刺す。先程の狂乱が嘘のようだ。

 まるで獲物を品定める獣のような鋭さがある。


――子どもにしては動きが出来すぎてる


 「余程相性がいいみたいだな。面倒な」


 油断すれば、喰われる


 「ならば、こちらも容赦する理由は無いな」


 右腕に黄金の焔が二度纏い着く


 先の鬼たちを殲滅せしめた必殺の一撃


 「焦熱拳」


 言葉と共に黄金焔が輝きを増す


 「ウゥグアァアアア!」


 明、触発されたかのようにその輝きを消さんと飛び掛かる。

 狙うは喉元

 首を掻き切り、鮮血を飲み干そうと迫り、その小柄な体が姿を消す。

 牙が暁莉の首筋に触れて――


 「なめるな、小僧」


 ドゴッ!!


 「ごぅあ!? あ」


 黄金焔の右ではない。

 左腕から繰り出された凶悪なボディーブローが明の腹部を抉る


 「がぶ、ご、ほっ」


 鮮血が口から溢れる

 身体中が痙攣し、視界が暗転する


 「死になさい」


 ゴゥウオッ!


 感情が読み取れない絶対零度の視線を浴びせながら、

 灼熱の剛拳が明の左顔面を撃ち抜いた


 「ぶぼっごぁ!!」


 ズガン!


 切りもみ回転しながら壁に叩きつけられる

 壁は大きく陥没し、骨の砕ける音が体内に木霊する

 撃ち抜かれた左顔面が肉の焼ける音と共に、その凄惨な傷を見せた


 「……む」


 だが、完璧なる必殺を放ったはずの暁莉は解せぬと言った表情を見せる。

 完全に、仕留めた

 今まで葬った鬼のように、確かに必殺の一撃は炸裂した

 にも拘らず


 「グ、グ、ググ」

 「バカな、生きているだと」


 左顔面を完全に焼き潰された明が、今にも倒れそうに、その両足で立ち上がっていた。

 見れば、両足が不自然に折れ曲がっている。


 「……なるほど」

 「左拳を喰らった時点で、既に実力の差を理解したか」


 ――咄嗟に後ろへ飛び退き、致命傷を避けた


 「余程喧嘩慣れしていたのだな。その年でそこまでの動き、早々出来るものではない」


 ――だが、次で最後


 「惜しいな、後数年もあれば、どんな士になった事やら」


 身に纏う全ての焔を、右腕に


 「さよならだ、生まれ変わったら善き人間になることだ」


 せめて、苦しまないように

 明は動かない、動けない

 迫る少女の動きが酷くゆっくりと見えるにも関わらず、己の死を確実に予感していた。

 焼き尽くすような破壊衝動の渦中、只一欠片だけ残った理性がささやく



 ――死にたくない


 ――誰か、助けて



 



 ――ばあちゃん










 ――――先生










 バゴンッ!!










 肉と骨を粉砕する、情け容赦ない破砕音


 「ありえない」


 少女が驚愕している。あり得ないモノを見たかのように目を見開いている。

 ――破砕されたのは、明ではなかった

 その小さな体に、覆い被さるようにして守る



 嘗て、井上と呼ばれた悪鬼


 

 「グ、ウァ」


 明が、唸る


 「…………」


 井上は何も語らない


 ただ、血走った赤い瞳を苦痛に歪ませ、それでも明を抱き締めて離さない。

 背中から腹まで貫通した暁莉の拳が、鮮血を帯びて明の頬に触れる。


 鬼の血

 魔物の血

 化け物の血



 



 井上の血、先生の血




 ――ごめんな、日暮

 

 井上の声が、聞こえた気がした




 ――そして、明を守ったモノは、血溜まりに沈んだ




 『バカな生徒ほど、可愛いもんさ』










 ――先生











 「うぉ、おあ」

 「……!」


 突然幼い悪鬼を庇った一匹の鬼

 致命傷を受けた其は力尽き、血の海に沈む

 鬼が鬼を庇う。それだけでも信じがたい出来事だと言うのに


 「鬼が、泣いている」


 そこには、止めどなく溢れる涙を流す、小鬼の姿

 ――否、鬼だったモノ


 「うっ、ううう、うあ、あ」


 立ち尽くした明は、そのまま嗚咽を挙げ、深紅の双眸から涙を流し続ける。

 何故、涙が出るのか

 何故、こんなに悲しいのか

 何故、こんなに苦しいのか

 わからない

 わからない

 わからない

 わからない



 わから、ない


 ――――なんでだよ、先生




 「うううっ、お、あ」

 「ああぁあああああああああ!!」

 「うわぁああああああああああああああ!!!」


 星の無い夜空に、明の慟哭が響く

 生まれて初めて、祖母以外の人間から優しさを貰った

 そして、喪ってしまった

 分かっていたのに

 あいつが、自分の事を叱りながらも決して見捨てず、真正面から見てくれたのに


 勝手に突っぱねて、迷惑かけっぱなしで

 何やってんだ、俺


 「……まだ、間に合う」



 ふわりと、自分を抱く感触がする

 あの焔を操る女が、自分を抱き締めてる

 ――なんだ、それは


 コイツは、

 コイツは!

 井上を殺しやがった!


 それなのに―――!


 「うぅがああああああ!!」


 ガズッ!

 少女の首筋に牙を突き立てる

 涙を流したまま、震える体の全力を振り絞り、その仇の命を噛み殺さんとする

 ぶしゅり、と、血が噴き出す。

 少女はそれでも明を離さない



 ――すまない



 耳に響く声

 憐れみを込めた、柔らかい声



 「ふざけ……!」



 罵倒を最後まで発する事は無かった


 ――今にも泣きそうな、少女の顔を見てしまったから



 「あ……」



 怒りの感情は、包み込む何かによって霧散する

 もう顔も思い出せない、自分を捨てて蒸発した母親

 明は目の前の少女に何故かその姿を……


 ――そして、目が、頭が霞み、


 明の視界は暗転した

 




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