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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
3/23

第三話 悪鬼の饗宴

 

 「夜の京都も大して暗くねーな」


 結局旅館から抜け出して迦楼羅堂を目指す事にした。

 自分でもここまで執着するとは思わなかったが、どうしてももう一度だけ拝みたいと思う気持ちが強かった。

 どうも自分は昔から、絵だとか彫り物とかに興味があるらしい。これでも図画工作の時間は真面目に受けてる。


 ――――のだが、自分で好き勝手にやるため教師の受けは非常に悪い。最も言いなりになってやるなど死んでもごめんだが。


--


 迦楼羅堂に着く頃にはすっかり真っ暗になっていた。

 出来れば写真の一枚でも撮りたかったがさすがにやめた。

 不法浸入上等の精神を駆使してバチでも当たるのではないかと少しだけ臆したのは内緒である。

 そうこう考えてるうちに目当ての本尊に辿り着いた。


 「やっぱりボロいだけあってザルか」


 後から井上から聞いたのだが、この迦楼羅堂は知る人ぞ知る隠れ名所であり、井上自身も知ったのはつい最近らしい。

 以前から不動明王像は設置されていたが、当時はそれほど有名というわけではなく、数多くある観光地の一つとして埋もれていたそうだ。

 その不動明王像が最近素人目にも解るほどの異彩を放つようになった

 それまでも充分な神聖さを備えていたが、より鮮やかに、まるで動き出さんばかりの生命力の力強さを感じさせる輝きを放ち、来る者の感動を集めた。


 「俺が感じたのもそれか?」


 改めて明王像を見上げる。

 今度はしっかりと、目をそらさずに。


 「やっぱりスゲーや、生きてるみたいだ」


 一体どんな人間がこの像を彫ったのだろうか。

 残念ながら製作者は不明らしい。

 どんな思いを抱いてこの像を彫り、何を願ったのか。

 井上が言った言葉、不動明王は道を過った者を力ずくで救い上げるという言葉が本当ならば、きっと多くの人間が正しい道を歩けることを願ったのだろう。

 

 そんなことが出来る人間が凄く眩しく、憧憬を感じざるを得ない。

 そして、生意気かも知れないが、もし自分でもこんな像が彫れるなら――――



 『滅せよ』



 「……へ?」


 気のせいだろうか、鎮座する不動明王が何か、こう

 喋ったような気がしたのだが


 

 『滅せよ。全ての悪、全ての迷いを断ち切り滅せよ』

 『全ての衆生を救済せよ』


 どうやら自分がイカれた訳でも夢を見ている訳でもなさそうだった。

 頭のなかに、いや、もっと深い所

 魂に直接語りかけるような、鮮明な声。


 「あ、ああ……?」


 体が動かない

 目を背けられない

 なのに、何故、恐怖を感じないのだろうか?

 むしろ全てを包み込むような暖かさを感じる


 『もはや時が足りぬ、鬼誕の日は近い』

 『魔の萌芽に備え、自身の輪身を衆生に見せるも間に合わぬ』

 『人心に鬼が宿りしとき、己が煩悩に呼応して人は悪鬼羅刹と化す』

 『悪鬼に人の情はなく、ただ人を襲い喰らうのみ』

 『子よ、子よ、人の子よ、我が祈りと叫びを、我が怒りを受け取り悪鬼を降伏せよ』


 『降伏せよ』


 『降伏せよ』


 『降伏』


 「うぁ、あああああぁああああああ!」


 それは逃げるというより、ただ前に向かってがむしゃらに転がり走ると言ったほうが正しかった。

 おかしい、何かがおかしい。

 不動明王が喋ったとか動いた事など、そんなこと実際はどうでも良かった。

 何か悪い事が、いや、もっと恐ろしくとてつもない事が迫りつつある


 理屈ではない、心が、魂が理解した。


 ただ今は、今だけは、狂ったように走り抜けたかった。

 そうしなければ心が壊れそうになってしまいそうだったから。


--


 夜の京都を走り抜けた末に、明は旅館の異様な光景を見た。

 部分的にやけに暗く、光を呑み込むような闇が周囲を蝕んでいる。

 ゾッとするほどの静寂



――――なぜだか、イヤな予感がする

 如何に深夜とはいえここまで静かになるものだろうか

 腕時計に目をやると時刻は既に二時を回っていた


 「ヤベェ、何だかよくわかんねーけど、絶対にヤベェよこれ……」



 先程から震えが止まらない。

 尻の奥から内臓を掴まれたような不快感

 気を抜けば失禁しかねない程の緊張

 自分は狂ってしまったのだろうか、自身の正気が信じられない


 「……? なんだこりゃ」


 ふと、旅館全体を黒々とした何かが覆っているように見えた。


 煙? 火事か? いや

 もっと、こう、おぞましい何かが

 普通ならそんなことあり得る筈がない。

 できの悪い空想と切って捨てられたらどれだけ楽な事か

 しかし、残念ながら本人が一番自分の正気を根底では信じていた。

 意を決して明は旅館内に浸入した。


--

 

「……黒いもやもやが広がってる」


 食堂に通じる通路は異様な程に真っ暗だった。

 夜の闇だけではない、黒い霧のようなむせかえるほど濃密な闇が通路を覆いつくしていた。

 しかも、よく見ると侵食が広がっている。

 先程からの不自然な静寂と何か関係があるのだろうか?


 「誰もいねぇ……どこ行きやがっ……!?」


 食堂の扉から吐き気がするほどの血生臭い臭いが漂っていた。


 「う……ぐっう」


 気を抜けば一気に胃のなかを吐き戻してしまいそうだった。

 何かが、この扉の奥で起こっている

 この血生臭さの正体

 録でもない何かが


 「何が……一体なんだってんだ! 井上! 誰か! 返事しろコラァ!」


 この奥に何があろうと関係無かった。

 昼に井上と交わした会話

 堅物の担任が見せた優しい表情

 出来ることなら、もっと話がしたいと思った。ただそれだけだから、扉を開ける事に躊躇は無かった。




 地獄が、そこにあった



 

 まず、目に飛び込んで来たのは鮮烈なまでの照明の光、そして

 

 辺り一面にぶちまけられた、鮮血の赤


 「な、あ」


 言葉にならなかった。

 目の前の光景がひどく現実的でなくて、それでもこれが現実なのだと叫ぶ本能が恨めしかった。

 食卓の上に寝かされた、数十人の生徒たち、それらに覆い被さり、一心不乱に何かをする目の前のナニか。

 それらは複数で、しかもどこかで見覚えがある顔ばかりであった。

 信じられない事に、そのナニかは、横になった生徒たちを、その腹の臓物を、食い破っていた。


 「ぐ……げぇっ」


 我慢していた吐き気を、ここで決壊させるのも致し方無いだろう

 うずくまりえずく明だったが、そんなことをしている暇などないことを理解していた。

 目の前の異常な光景に全神経が警鐘を鳴らす

 速く逃げろ ここから逃げろと

 しかし涙目になった瞳に偶然、そう、偶然にも写ってしまった

 生徒に覆い被さり貪り喰う一人に、あの口うるさい担任の姿がいたのを


 「井上……」


 名前を呼ばれた井上らしきナニかがピクリと反応し、ゆっくりとこちらに振り返った

 血走った目に理性など欠片もなく

 血塗れの口から覗く犬のように鋭い牙

 何より異質だったのが、額から不自然に見える、一本の角

 まるでおとぎ話に出てくる「鬼」の容貌そのままだった。


 「ぐ……グギ……」

 「井上……なにやってんだよ」

 「グ……ガガ」

 「何やってんだよっ! テメェは!」 

 「ガァアアアアア!」


 咆哮一つと共に井上が明に襲いかかる。


 「――――ックソッタレが!」


 間一髪の所で横っ飛びに回避する

 もう少し避けるのが遅ければ喉元を食い破られていたかも知れない

 それと同時に周りにいた「鬼」モドキたちもゆっくりとこちらに向かってきた。

 どうやら活きのいい「肉」と認識したようだ

 どれも井上と同様の風貌をしていた


 「俺が餌ってか? ふざけやがって! 喰えるもんなら喰ってみろやコラァ!」


 最初は確かに混乱したのは事実であるが、元々の気性の荒さに加えて、喋る不動明王、井上の変貌とあまりに多くの事が起こり過ぎた。

 そう賢くない頭の中はぐちゃぐちゃで沸騰寸前であり、ある種の興奮状態、もっと悪く言えばやけくそになっていたのだ。


 「よく見ると見たことある面がちらほら……って!」


 適当にあしらった後警察なり何なりに通報するつもりだったが、目の端にあるものを捉えてしまった。

 全員化け物になったか、その餌食になったかと思ったが、確かにいたのだ、隅っこの方で震えて縮こまっている「生存者」達が。


 「マジかよクソッタレ!」

 「グルァアアアア!」

 「うるせぇ! テメェは引っ込んでろ!」

 「グゲェ!」


 先程見せた哀愁はどこへやら、思い出を彼方に吹っ飛ばす勢いで化け物に成り下がった担任の顔面に飛び蹴り一発。

 この切り替えの早さと物事をいちいち深く考えない単細胞さが明の数少ない長所である。


 「ひ、日暮、くん」

 「日暮……」


 傍目からみても解るほど怯えきってしまっているが、なんとか立てるだけの気力は持ち合わせていそうだった。

 いくら普段ボッチを通してハブられ気味の学校生活を送っているとはいえ、自分のクラスメートを見捨てるほど薄情では無かったし、目の前で食い殺されても目覚めが悪すぎる。

 

 「おい! オメーらこれはどうなってんだ!? 一体何があった!?」

 「わ、わからないんだ! 急に、悲鳴が聞こえて、それで」

 「ちっ!」


 どうやら誰も彼も状況を把握してないらしい。バケモノになった生徒のことも、担任のこともまるでわからない。

 ただ一つ、このままだとバケモノの餌になることはわかった。


 「無事なのはこれで全員か?」

 「あ、ああ」

 「ならとっとと逃げろボケ!時間は稼いでやっから、よぉ!」


 

 叫びながら食堂の椅子を"元"クラスメートの頭部にぶちかます。

 ぐしゃりと嫌な音が鳴り響くが、人食いの化け物に成り下がった者にかけるような情など一切無用

 この男、喧嘩の時は実に生き生きとしている。


 「ワリーが手加減抜きだバケモンども! 一匹残らずぶっ殺したるぁああああああああ!」




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