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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
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第二十三話 金烏(ハチ)

 もくもくと口腔から煙が出ている事を認識する。沈見の顔面を吹き飛ばした目に見えない何か……「力の塊」らしき物を口から発射したのだと理解した時、明はややひきつった顔で息を呑んだ。


「マジかよ……。もうなんでもありだなぁ……っ痛……!!」


 しこたま殴られ、痣と血によって悲惨になった顔が痛みだした。戦いの最中は極度の興奮によって痛みを忘れていられたが、鬼の全力を余すところなくその身で味わったのだ。普通の人間ならばとうの昔に挽き肉にされていただろう。


 戦う度にこれでは正直かなり辛い。


(つーか俺、いつもボコボコにやられてんな……。カッコわり……。自分で突っ走ってこれかよ)


 軋む体にむち打ち、壁を背にして何とか立ち上がった。とにかく一旦ここから離れ、暁莉と合流しなければ……。

 

 ぼんやりと考える明の思考を遮ったのは、足を掴む感触――――


「なに……ガッデニおわらぜでんだぁあ……!?」

「な……!?」


 下顎を抉られ、無惨にも血と骨と肉を露出した悪鬼、沈見が明の片足を掴んでいた。鋭い爪がジャージごしの足に食い込み、血が滲み始めていた。

 慌てて振りほどこうとするが、離れない。沈見は憤怒の相を保ったまま、明の足を万力のような手で「握り砕いた」


――――グシャ


「ーーーーーッ!!? アッアアアガァアアアアアア!?」

「ビヒ……っぶほっ……た、ただじゃ死なねぇ……! 地獄に道連れだぁあ……!」


 痛みに耐えかね、片足を押さえて転げ回る明に向かい、沈見は這いずりながら凄惨な表情を浮かべ迫った。爪を展開し、明の喉を引き裂こうと、その残された最後の力を振り絞り振り上げた。


「内臓ぶちまげろやぁあああああああ!!!」

「イヤ、ぶちまけるのはお前だ」

「!?」


 瞬間、沈見と明の背後を黄金の奔流が駆け巡った。後ろで待機していたカラスたちは何の抵抗もできずに焼き付くされ、灰も残さず消え去った。


「焦ったな? 操作をしていない鳥の駆除など容易いものだ。明に気をとられ過ぎた……。それがお前の敗因だよ」

「――――! お、俺のカラス達が……!?」

「ここで終わりだ。……死になさい」

「あ――――」


 耳に入った清廉な声を聴きながら、沈見は眼前に飛び込んだ黄金の輝きに飲み込まれた。一瞬の灼熱感の後、視界が黄金に染まる。

 それが沈見の見た最後の光景だった。


「ぶちまけるどころか塵一つ残さず焼却してしまったか。やり過ぎたかな」

「あ、暁莉……」

「少しは痛い目に遭わないと反省しないのか? 君」


 明の視界に映った未明暁莉の顔は正しく「怒っていた」

 それも普段から見せる薄い笑みが消え失せた、完全な無表情。据わった目が少女の凛とした美しさを恐ろしく引き立てている。それがまた非常に怖い。

 片足を潰された痛みすら彼方に吹き飛んでしまった。


「なんで……」

「カラスまで殺したかって? 決まってるだろ。あの状況で放っておけば君に害が及ぶかも知れない。だから殺した……。もし私も一緒だったらまた違う結果になったかも知れないけど」

「……」

「勝手に行動した挙げ句、勝手に殺されかけて」

「……」

「ずいぶんとまあ、カッコ悪いな?」

「……!」


 ぐうの音もでないとはこの事だ。

 頭に血が登ったとは言え、明の行動は余りにも迂闊すぎた。敵が明が得意とする捨て身の戦い方に怯んだからこそ勝利の糸口を掴めたから良いものを、一歩間違えれば八つ裂きにされていたのは明の方だった。

 今更ながら己の浅慮を恥じ、悔しさと羞恥で顔を紅潮させる明の顔をまじまじと見ながら、暁莉は諭すようにゆっくりと語りかけた。


「……もう治り始めている。それまで頭を冷やしなさい」

「……ああ」


 俯いたまま明はぼそりと答えた。



--



「で、結局主犯は跡形もなく消し飛ばしちゃったワケ? 暁莉ちゃんらしくもなくちょっと性急だったんじゃないの?」

「緊急だった。……と言っても、明から目を離した私の責任だな……。面目ない」

「ほんとならそいつから大禍の情報を聴きたかったんだけどね……。ま、しょーがないか、無事なだけ儲けものってことにしよう」


 快晴のどこか気の抜けた声を聴きながら明たちは今後の処理について検討していた。

 結界が張られていたとは言え、都心を巻き込む大惨事になりかねない事象が起きたのだ。結果的に見れば人的被害はゼロ……。しかし、代償として東京に住むカラスの殆どが沈見によって利用され、命を散らす事になった。


「カラス達が本格的に人を襲う前に止められて良かったと考えるべきかな……。どっちにしても、前のネオンといい今回といい、特殊な力を持った上級の鬼が集まり始めているのかねぇ?」

「大禍が絡んでいると見て間違いは無さそうだ。ヤツは人間社会の転覆を企んでいる。優秀な駒を東京に集めようとしていると見てもいい」

「でもね、なんか事の起こしかたが雑じゃないの? 散発的に事象を起こしてもあまり意味ないように思えるんだけどさ」

「……その通りです。最近の件はどれも目的が見えない……。本気で東京を潰す気ならもっと戦力を集めてもいいハズだ。慎重なヤツらしくもない」


 思索にふける暁莉と快晴。上級の鬼を束ねる存在、大禍。ヤツが何を企んでいるかが読めない。

 

「……何を企んでいようが関係ねーよ」


 今まで沈黙を保っていた明がここで口を開いた。脚の再生は完了し、既に自由に歩くことも出来る。しかし、その表情は暗かった。自らの落ち度で救えるかもしれない命を潰してしまった。ただ利用されるだけだった、哀れな命を。

 

「その企みごとぶっ潰すだけだ」

「……私を恨むかい?」

「暁莉、お前は間違っちゃいねぇ。悪いのは操ってたバカと」



 この、俺だ



 

 明の前には簡素な墓が。仲間に食い殺されたカラスの……。明の初めてのモデルがそこに眠っている。

 カラスの羽が、木彫りの像の隣に供えられていた。この戦いで死んだ全てのカラスの霊を悼む。明なりの想いだった。

 明は手を合わせ、少しの間目を瞑った。

 

――――ギャアギャアと聞き覚えのある鳴き声が聞こえたのは偶然だろうか?


「……聞こえる」

「何?」


 幻聴等ではない。明にはハッキリと聞こえた。弱々しく、しかし確かに命ある声を。


「……カラスがないている」

「カラスの声……まだ生き残りが?」

「……っ!」

「あっ、明くん!? 何処行くのさ!」


 思わず駆け出した。鳴き声を聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなった。また勝手な行動をして、暁莉にどやされるだろうなと、心の何処かで思いながら駆けた。

 明の鋭敏な聴覚はその声がただのカラスではないと理解した。成体は殆どが沈見に操られ、暁莉によって駆除された。ならば残っているのは……



「ちいせぇなあ」


 産まれたばかりの雛だった。小さく、弱々しく、怯えるように震えていた。開かない瞳が何かを求めてさ迷う。このまま放っておけばいずれ――――

 知らず知らずに手が伸び、そっと雛を包み込んだ。

 温かい……命の温もりが確かに感じられた。


「っ……!」


 視界が滲む。なぜ、こんなにも温かいのだろう


「それをどうするつもりだ?」


 いつの間にか暁莉が側に立っていた。振り向き顔を合わせると、視線が重なった。その瞳は明の答えを待っているかのように感じられた。

 明は再び雛に目を向ける。手の中の温もり、未だに鼓動を続けている。


「死なせねーよ」


 優しくさすり、安心させるかのように、そっと雛を暁莉に見せた。明の瞳は、普段の荒々しい彼のそれを知る者が驚愕するほど優しさを秘めた瞳をしていた。

 

「わかっているのか、君の行いはただの自己満足だ」

「元々イイコってワケじゃないんだ。自己満足だろうと構わねぇ。……こいつの命は、消させねぇ」

「カラスは条令で飼ってはいけないんだぞ」

「知るかボケ、もう決めたんだ。誰が何を言おうが知ったこっちゃねぇよ」

「……ほんと、君は私の言うことを聴いてくれないなぁ」

「……」


 暁莉は困ったように明後日の方向を向き、雑木林から見える陽光を眩しげに見た。目を細め、何かを考えている……。そんな風に見えた。

 やがて明に向き直り、その手に持つ雛をじっと見つめた。


「……金烏、か、若しくは害鳥か……全ては君次第、か」

「何? 金……なんだって?」

「カラスは今でこそ害鳥扱いされてるけど、昔は神様の……太陽の使者として敬われていた……れっきとした聖鳥なんだよ」


 古代から人は太陽の黒点をカラスに喩え、月の兎、玉兎と対を為す金烏として扱った。日本神話に於いては神武天皇を導いたとされる八咫烏(ヤタガラス)がそれに当たる。

 それが時を経て、人の生活を脅かす害鳥扱いされるとは、カラス自身も迷惑だろう。


「ヤタガラス……変な名前だな」

「八咫とは長さを表し、その大きさは実に144センチ……三本の足を持つ聖なる鳥。もしそれを育てるなら、人を害するモノではなく、人を幸せにする幸福の鳥に育てなさい」


 そう言いながら暁莉は地面に「八咫烏」の字を書く。難しい漢字だ、「八」の字以外読めない。だが、明はこの時珍しくその字を覚えたいと思っていた。


「……いいのか?」

「ダメだと言って聞くような子じゃないでしょ? 君は」

「わかった、コイツは俺が責任もって育てるよ……おいチビ、お前の名前は決まったぞ」


 正直、ダメだと思っていた。しかし、暁莉は雛を育ててもいいと言ってくれた。人を幸せにする、幸福の鳥にするようにと。

 ならば、こいつにはその名前こそが相応しい。人を幸せに導く意味と、人を照らす太陽のようにあれという願いを込めて。


「お前は今日から"ハチ"。ヤタガラスのハチだ」

「ハチって……」

「八の字がついてんだろ? だったらハチだ」

「犬じゃないんだから……もっと捻りとかさ」


 飽きれ気味の暁莉の声を聴きながら、明はハチを空に掲げる。黄金の陽光がその黒い体を照らしていた。





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