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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
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第二十一話 鬼鴉 その4



 東京都内にある某事務所。

 人の気配は椅子に鎮座する一人の悪鬼、沈見以外には無い。

 その沈見は今顔をしかめながら椅子に背をもたれていた。

 妙である。

 煙草に火を点けながら沈見は思索する。

 大禍の言う通り目立つ行動は控え、下僕のカラス達にもここ最近はゴミ箱漁りや野良猫、同族間での共食い位しか食事させていない。

 だと言うのに、なんだこの不快感は。

 「計画」の実行まで残り僅かの心地よい緊迫感を他所に、沈見は自らを包む嫌な予感に苛立つ。


「まさか、ね」


 明王衆とか言う暇な連中は、言うなれば鬼にとっての殺し屋集団。

 決して侮っていた訳では無いが、完璧にバレてないとは言い切れない。

 僅かな隙間、綻び

 あの鬱陶しい連中はそのありとあらゆる塵の様な情報から獲物を割り出すのだ。

 そして、恐らくこの不快感も……


「……くそ、何処からだ。何処から割れやがった?」


 バレたとあればモタモタしてはいられない。一刻も早く東京から逃げる必要がある。

 カラスの行使は控えなければ。

 力を使えば一気に目を付けられる可能性が上がる。


「逃げるなら早くしねーと……くそ、何でこんな面倒な」

「運が悪かったとしか言いようがないのではないかな?」


 隣から急に声を掛けられ、思わず煙草を落とす。

 全細胞が停止したのではないか?

 聞き覚えのありすぎるその声が全身に浸透した瞬間、その在処が自らの主

 大禍であることを理解した。


「お、大、禍、さん」

「逃げるのは難しいと思うがな?」


 大禍は初めて自分と会った時と同じ

 まるですべてを見下した様な目線で沈見を見ていた。

 その口元は何が可笑しいのか、寒気のするほど綺麗な笑顔により三日月状に歪んでいる。


「何故、わざわざ此処に? 言ってくれればもてなしくらいは」

「ああ、君に忠告をしに来たのだが、少し遅かったかな? まさかあの少年にあんな力があるとはね」


 要領を得ない言葉で的確に神経を磨り減らす大禍に我慢しながら、沈見はやはり自分の所業が明かになっている事を理解する。

 この不快な野郎はそれを伝えに来たのだ。


「なら、私はもう離れてもいいでしょう? もう十分あんたの実験に協力して来たんだ。計画の発動に私ごときがいる必要は」

「止めるつもりは無いが」


 愛想笑いを浮かべ、逃げの口上を宣う沈見の言葉を遮り、大禍は言い放つ。

 その顔に心底嬉しそうな表情を浮かべて。


「君の顔は割れている。そしてそれに反応する結界、使い魔も監視カメラのように東京中にばらまかれている。逃げるのは不可能に近いな?」

「……マジですか」


 いつの間にか包囲網が完成していた事に沈見は顔を青くする。

 大禍からちょくちょく聞かされていた結界術の汎用性と使い魔の厄介さは想像に難く無い。

 恐らく逃走経路、及びそれに用いる交通機関はほぼ封鎖されたと見て間違いないだろう。


「君が選択するのは二つ。一つは潜伏……これはあまりお薦めしないな。明王衆はそこまで甘くない。炙り出されるのがオチさ」


 そして、もう一つは


「居場所を守るため、戦うか」

「待ってくださいよ、戦う? 俺がですか? 冗談じゃない。プロ相手に死にに行くようなもんだ。第一、監視の結界が貼られてるならアンタにもアシが着くんじゃないか?」


 いよいよ焦りを露にする沈見だったが、対する大禍は全く応えた様子がない。

 それどころか、焦る沈見を楽しそうに見ている様にも見える。


「君と私を同列に見ない方がいい。一点集中した結界ならともかく分散した結界など紙を破るほど容易い。隠行の技術も君とは天と地の差だ」

「な、なら、私を助け」

「沈見」


 顔を青くして懇願の言葉を口にしようとした時、無造作に投げられたナイフの様に鋭利で、冷たい大禍の台詞が沈見の心臓に突き刺さった。

 思わず続く言葉を飲み込む。

 ひんやりとした殺意と、絶望が沈見を侵食する。


「私は見苦しい者、無様な者が嫌いだ。他者に助けを懇願するなどと言う醜態を私が認めると思うかな?」

「あ、あ」


 冷たく赤い瞳孔を見ただけで気絶しそうになる。

 気を抜けば魂を持っていかれる様な……おぞましい殺気。

 この男は自分に何をさせたいのか?

 決まっている、戦いだ。しかしこれは余りにも……


「何、勝てば問題は無いさ。そうだな……少なくともあの少年を打倒すれば少しは助けてやってもいい」

「あの少年……とは」

「ネオン君を倒し、君の行動に逸早く気付いた少年……日暮 明。彼を殺す事が出来れば合格、捕獲出来れば尚更良いな」

「待ってください、確かあの日暮とか言うガキの近くには」


 当然、明王衆がいる。

 それも明王衆きっての戦士、未明 暁莉が。

 それを分かっててこいつは日暮 明と戦えと言うのか?


「別に無理にとは言わない。好きにするが良いさ。ただ、私は君に選択肢を増やしたつもりだ。よく考えて動きたまえ」


 それでは、無事を祈ってるよ

 そう言い残すと大禍は闇に溶け込む様に消え去った。


「……」

 

 残された沈見は暫く俯いていたが、やがて肩を震わせ始めた。

 クックッと絞り出す様な笑い声を出し、それはやがて怒りを含んだうめき声に変わった。

 好き勝手に言うだけ言って消えた大禍。

 順風満帆自分の人生の邪魔をする明王衆。

 そして、その切っ掛けとなった日暮 明


「どいつも、こいつも……バカにしてくれちゃってよぉ……?」


 その全てが自分を見下し、見くびっているように思えてならなかった。


「……ふざけやがってええええええええええ!!!」


 咆哮を上げて椅子を蹴り飛ばす。

 常人を遥かに越えた蹴りによって勢いよく壁に激突した椅子は減し曲がる。

 荒く息を吐く沈見の脳裏を占めるのは、自らを下に置くもの全てに対する憎悪だった。


 ――――やってやる。ああやってやろうじゃねえかクソッタレが。


 日暮 明を殺し、何としてでも生き延びる。

 折角生まれ変わり、日の目を見始めた自分の人生を滅茶苦茶にされてたまるか。

 

 明との殺し合いに臨む沈見。

 それが大禍のほんの気紛れによる策略だったとしても、動き出した時計の針は戻らない。



--



「……!!」


 小高い丘に位置する森林公園。

 暁莉と一緒にドローンの設置を行っていた明は、急に心臓を鷲掴みにされたような寒気に襲われた。

 この不快な感覚には覚えがある。

 他人に対する憎悪、悪意……そして、怒り。

 かつて自分が大禍に対して抱いた黒々とした負の感情。


「どうしたんだ明、具合でも悪いか?」

「……動いたかもしれねえ」

「何だと?」

「よく分からないけど、ムカつく感じだ……もしかしたら向こうも気付いたかもな」


 それを聞いた暁莉は直ぐ様目を瞑り、設置した各ドローンの視界とリンクする。

 暁莉の脳内で映像が切り替わり、目当ての男を探す。

 しかし、その映像に飛び込んで来たものは以外にも――――


「……ちっ、やられたか。向こうもバカではないな」

「どうした?」

「町の方をを見てみろ……圧巻だぞ」

「何が……!?」


 あり得ない光景に言葉を失った。

 一瞬、黒い竜巻かと思った。

 周囲を飲み込みながらゆっくりと動く黒い竜巻。

 それも一つではない。視界に映るあちこちに同じ竜巻が。

 やがて引き寄せられる様に竜巻同士が絡み合い、一つの巨大な大竜巻に変化する。


「町を巻き込んでの特攻か、それともどさくさに紛れての逃走か」

「スゲーなあれ、全部カラスかよ」

「ああ、それも人間を殺す死のカラスの竜巻だ」


 明が黒い竜巻に圧倒されていると、暁莉の持つスマートフォンから着信音が鳴った。

 このタイミングで掛けてくる相手など一人しかいない。


「もしもし、暁莉です」

『ああ、暁莉ちゃん。どうやら相手も動いたみたいだね』


 電話の相手は快晴だった。あの結界僧もまたカラスの竜巻を見たのだろう。

 しかし、その声に狼狽は無い。

 むしろ待ってましたと言わんばかりである。


「快晴さん、首尾はどうですか」

『監視の結界を封印の結界にシフトしたよ。そこら一帯は完全に隔絶されたから』

「……感謝します。後は任せて下さい」

『気を付けてね。あ、それともうひとつ。もしもの時は"アレ"使っても良いってさ……ぶっ潰しちまいな』

「――――了解、その時が来れば」


 通話を切り、黒い竜巻に対して睨み付ける暁莉。

 その顔に浮かぶのは何時もの不敵な笑みではなく――――

 明王衆の戦士、迦楼羅姫の凄惨な顔。


「明、着いてきなさい」

「……ああ」


 本能的な恐怖を感じ取り、明は若干引きながら答える。

 黒い竜巻、人を飲み込み食らう化生の集まりと言えど

 龍をも食いつくす神の鳥

 未明 暁莉……金翅鳥の前には全てがひれ伏す。



--



 大広間に辿り着いた二人はその異様な光景に圧倒されていた。

 上下左右、何処を向いてもカラス

 カラス

 カラス

 黒い悪魔の群れにも見えるそれらは今か今かとこちらを見ている。

 新たな獲物の到来にけたたましく鳴き叫ぶ。


「近くで見るとこりゃあ……!?」

「まるで映画のワンシーンだな」


 その映画は間違いなくモンスターパニックモノだろうなと明は思った。

 やがて周囲を飛び回るカラスは次々と此方を視認し、その嘴を、爪を、殺気立つ目を、餌と認識した二人に向ける。


「来るぞ。明、君は近くにいなさい。決して動くなよ」

「何をするんだ?」

「君に間合い……制空圏と言うものを伝授する」


 血に餓えたカラスが一気に襲いかかる。

 数十羽のカラスが暁莉の肉を抉らんとその嘴を振りかぶり

 暁莉が動いたのはその直後だった。いや、正確には動いたのだろう。その動きを明が視認することは出来なかった。

 風船の割れる様な音が聞こえ、速力を失ったカラス達が地に落ちた。


「み、見えねー……見えなかった」


 攻撃が見えないだけではない。

 後ろをちらと見ると、信じられない事に明に迫っていたカラスまで地面に這いつくばっているではないか。

 未明 暁莉は先程から一歩も動いていない。明らかに人間の間合いを逸脱している。


「私の間合いは自分を中心とした手足の長さ……そこに侵入する者は誰であろうと叩き伏せる」


 恐るべき事に暁莉は迦楼羅焔を使っていない。

 純粋に自分の身体能力のみで行っている事に明は驚愕する。

 動体視力、瞬発力。どれもが人間どころか鬼すら上回る。


「無用の殺生は好まん。しかし、操られているとは言えお前らは人を襲う存在」


 再びカラスが襲いかかる。

 先程よりも数が多い。前後左右、死角抜きの一斉突撃。

 だが、暁莉は眉一つ動かさない。


「せめて楽に眠りなさい」


 破裂音が連続して聞こえ、次々とカラスが叩き落とされる。

 一瞬で意識を刈り取られ、ピクピクと痙攣しつつ絶命する。


「制空圏……間合い……これが」


 自然と"集中"を使い、その動きを"観る"

 体感時間の加速により全ての動きがスローモーションになる。

 暁莉の間合いに入ったカラスが、その振るわれた腕の先端に触れ、地面に叩き落とされる瞬間を観た。


(い、一匹を潰した後もう既に次を捉えて……目で見てるんじゃねえ。音で、空気で、全身の感覚を使って場を制圧してやがるんだ)


 いつかは俺も……

 あの領域に


 そう感動しているのも束の間、一羽一羽では不利と悟ったか、今度は前方に集合し始める。

 その暴流を持ってして明達を葬る算段である。


「おい、力押しで来るみてーだぞ。チマチマやってる暇なんて」

「心配は無用だ」


 胸の前で印を結び、目を瞑る。

 その時明は暁莉を中心に何か空気の渦の様なものが練り上げられ、集中するのを観た。



 ――――オン ガルダヤ ソワカ



 新たな真言(マントラ)

 その言葉が終わると同時に、暁莉の全身……

 いや、背中を起点に眩い金色の―――

 焔の翼が、太陽の紅焔の様に燃え上がった。

 明は言葉を失った。

 余りにも大きく、雄々しく

 美しいその金色の焔に、目を奪われた。


「力には、より大きな力を用いて」


 

 ――――捩じ伏せる



 ――――(こん) () (れつ) (ざん)




 焔の翼を羽ばたかせる。

 ただそれだけで、前方の黒い竜巻は塵一つ残らず消滅した。


「……すげぇ……」


 明は瞬き一つせずにその光景を目に焼き付ける。

 迦楼羅の翼の羽ばたきの美しさに感動すら覚えた。

 まるで太陽の様な輝き

 黄金の輝き


 ――――だから、その光景に水を差す者の存在に敏感だったのは、明の勘の鋭さがもたらした不幸である。


 背後から、殺気――――


「……!!!」


 背中に向けて投げられたナイフを展開した爪で弾く。

 瞬間、縦に裂けた瞳孔を向け、投擲してきた方向に対して全神経を集中する。

 ビルの隙間、その向こうに――――


 はぐれの視界に存在した、不愉快な男の姿が



「――――!!」



 全速力でその方向に対して走った。

 その男……沈見は幽霊の様にビルの影に消える。

 しかし、明の目はその存在を完全に捉えている。

 後ろから暁莉の声が聞こえる。

 しかし、敵に集中"し過ぎた"明にその声に従う冷静さは残っていなかった。



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