第二十話 鬼鴉 その3
「カラスを使役する……か。にわかには信じがたいが、君が言うと何やら信憑性があるな」
「……あのカラスに触れた時、全部分かったんだ」
簡素ながらもしっかりとした墓を作り、そこに骸を納めた明は事の真相を暁莉に話した。
死骸となったはぐれカラスが最期に見た光景。
殺される痛み
恐怖
苦しみ
同じ種に、仲間に食われるあの瞬間
その記憶を読み取る……と言うより、死骸に残された残留思念を読み取ったと言うべきか。
「サイコメトリーに近い能力だが、君のそれはもっと霊的な物だな。魂や心……人の喜怒哀楽に敏感なのは何となく解ってはいたが、まさか動物にも通じるとは驚きだ」
墓の前で手を合わせる明を他所に、暁莉は明の秘められた能力を分析する。
この少年はどうも肉体的な強さよりも精神的な強さに偏重している。
それが間違いとは言わないが、普段の明を見ている暁莉にはギャップが大きく、やや不自然に感じられた。
「嫌われてたからな。そういう目や悪意ってのは何となく解る」
「……それが悲しい事だと理解しているのか?」
「そりゃ、良いもんじゃないけどよ……嘘付きや媚び売ってる奴なんかは一発でわかるぜ」
苦笑いを浮かべながら呟く明を暁莉は複雑な顔で見ていた。
明の顔に浮かぶのは、怒りと悲しみが入り交じった負の感情を表す陰の笑み。
とても小学生が浮かべて良い顔ではない。
(この子は心の内に負の感情を溜めすぎている。周囲に弱味を見せまいと強がり、敢えて茨の道を歩む様な真似を……)
祖母を思いやり、自分に近いものに対する優しさと、相反する他者に対する怒りと憎しみ。
その不安定さが危うくもあり、同時に日暮 明と言う少年の人格を形成しているのだと理解すると、途端に不安な気持ちが暁莉を包んだ。
簡単に言うと放って置けないのだ。
この一見無遠慮に見えて、その実非常に繊細で神経質な少年を。
「……探すのか、犯人……鬼を」
「敵討ちだ。やるさ」
「あのカラスにそこまで入れ込む理由はなんだ?」
カラス一匹の為に何故、そこまで行動するのか?
飼っているならばともかく、野生の、しかもはぐれであるカラスにそこまで拘る理由とは。
「こいつの気持ちがわかっちまった」
墓を見ながらポツリポツリと、自分の心中を語る。
「喰い殺されるこいつの、悲鳴が、叫びが……何より悲しいって気持ちが殴られたみたいにわかっちまった……今まで本当にひとりぼっちだったんだよ、こいつ」
最期の最期まで一人だったこいつに、いつか訪れる自分の未来を重ねた。
自分と違い、誰からも愛されなかったこいつに憐れみを抱いた。
それが例え傲慢であったとしても。
なにより
「あのクズ野郎が気に入らねえ」
男が喧嘩を売る理由なんて、"気に入らない"で十分だ。
「詫び入れさせなきゃ気が済まねえ」
悲しみを振り払い、瞳に炎を宿す。
自分の手を汚さず、命を喰い散らかす外道に対して怒りを燃やす。
「……君らしい答えだ。どのみち鬼は狩る。それに規模は不明だが、もし東京中のカラスを操れるとしたらそれだけで脅威だからな」
「決まりだな」
懐から木彫りのカラスを取りだし、墓前に供える。明の最初の作品は、そのモデルとなった者に渡される形になった。
「オメーの仇は討ってやる。安心して眠ってくれ」
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「……で、またボクが呼び出されたってわけね」
喫茶店に呼び出された快晴はアイスティーを飲みながらげんなりした顔で答えた。
「度々すみません。しかしながら、四六時中暇なのは快晴さん位しか思い浮かばなくて」
「何気にバカにしてない!?」
対峙する暁莉は頭を下げつつ申し訳無さそうに言ったが、見も蓋もない言い方に快晴は思わず声を大きくした。
「いちいちうるせーな。本当の事だろーが」
「このガキ……」
不夜城ネオンを打倒した時は少し感心したが、それは大きな誤りだったらしい。
やはり生意気なクソガキにしか見えない。
「しかしカラスか……言っちゃ悪いけど、都心だけでも相当の数がいるのに悪鬼が操ってるやつと見分けつくもんかな?」
「普通なら雲を掴む話でしょうね。ですが、此方にはこの子がいる」
ポン、と明の頭に手を置く。
明はムッとしながらその手を振り払った。
「キミタチ仲いいね……」
「あ? どこをどう見たらそー見えるんだよおっさん」
「お……!? 失敬な! ボクはまだ26だよ!?」
「そんな事は置いといて」
暁莉は明に目配せすると、明は渋々人差し指を快晴の額に当てた。
その瞬間、快晴の脳裏にある"映像"が送られ、それは鮮明に再生された。
「ちょ、これ……? ぶ!?」
思わずアイスティーを気管に入れてしまいむせ返る。
当然である。
いきなりカラス視点でのスプラッタ映像を見せられたらこうもなろう。
ゲホゲホと口に手をやりながら一通りむせた後、恨めしそうな目で明を睨む。
「やるんなら一言言えっての……」
「悪かった。で、見えたか?」
明の言う通り、快晴の見た物の中には確かに、嫌な薄ら笑いを浮かべた男が立っていた。
十中八九悪鬼と見て間違いないだろう。
「ああ、確かに見えたよ。……それじゃ、早速取りかかるとしますかね」
「まだ何も言ってねーぞ」
「鬼の追跡でしょ? だったらボクに出来ることは限られてくる。心配しなくても、やれる事はきちんとやるよ」
そのまま快晴は喫茶店を後にした。明は唖然としているが、暁莉は何も言わない。どうやら快晴のやり方を信用しているらしい。
「あの人はああ見えて自分の仕事に誇りを持っている。任せて大丈夫だよ」
「でもな」
「私達は私達で始めるぞ。感付かれていない今がチャンスだからな」
伝票を掴んだ暁莉はそのままレジに向かう。
明はその後ろ姿をあわてて追いかけた。
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雑木林に来た暁莉は何やら妙な真言を唱えると、周囲に微弱な焔が巻き上がり、それはやがて鳥の形を成す。
即席の使い魔……金色の鮮やかな色合いが眩しく美しい。
「これを幾つか飛ばして探る。最近流行りのドローンって所かな」
「金ぴかじゃ派手じゃねーか?」
「そこは大丈夫。常人には見えない作りになってる。逆に言えば、これを見れる存在がいるとしたら?」
そこが当たり、と言う事か。
これをカラスの多い地区に放てば監視としては十分な働きが期待出来る。
いよいよ邂逅が近い事を悟り、明の手に力が入る。
「気が高まってるな。あまり気を張ると怪我するぞ?」
「わかってるよ」
理解していても気持ちが高揚してしまうのは元々の気質か、それとも鬼としての本能か。
嫌悪すると同時にこれから始まる戦いを前に、確かに明は昂っていた。
喧嘩の前の黒々として、それでいて血が熱くたぎる様な感覚。
これから行うのは喧嘩ではなく、血生臭い戦闘だと言うのに我ながらどうしようもない。
(バカだよなぁ……もしかしたら死ぬかも知れねーってのによ……)
――――わくわくしてきやがった
一人高揚する明を尻目に、悲しそうな目で暁莉が見ている事を明は最後まで気付かなかった。