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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
19/23

第十九話 鬼鴉 その2

半分だけどちょっとだけ

 木彫り全集を買った日から5日が経過した。

 明は日中は暁莉との鍛練に勤しむ傍ら、暇さえあれば全集を眺めながら木片を弄っていた。

 今もまた目の前にいるカラスをじっと見ながら木を削っていた。

 その手には彫刻刀がある。学校の版画工作の際に購入した物だが、当時は既にサボりが板に着いていたため机の奥で埃を被っていた品である。

 

「……」

「明、そろそろお昼ご飯だぞ」

「……」


 暁莉の呼び掛けにも無言である。

 その視線は木片とカラスを凝視し、何やら近寄りがたい鬼気迫る物を暁莉は感じた。


(物凄い集中力だ。声が全く聞こえてない)


 完全に自分の世界に入り込んでいるのか、今の明には周りが見えていない。まだまだ覚束ない手つきだが確かに木片は鳥の形を成していった。

 カラスはカラスでまるで変な物でも見るかのように不思議そうに首を傾げて明を見ている。

 その足下には米粒が散乱している。明がこっそり昼飯のおにぎりを分け与えたのだ。


「カラスに餌をやってはいけないんだがな」

「……できた」

「おっ、できたのか? ちょっと見せてくれないかな?」


 手を差し出す暁莉にポイっと投げ渡す。所々荒いが、カラスの特徴は抑えられている。

 初めてにしては上々……いや、むしろ良く出来てるのではないか?


「これは……」

「あんまジロジロ見んなよ。恥ずかしいじゃねーか」


 少しだけ照れ臭そうにボソッと言う明はかなり珍しい表情をしていた。

 いつもは狂犬もかくやと言わんばかりの鋭く大きい目付きにへの字に曲げた口。典型的な悪人顔である。

 それが今は年相応の幼さと、もうすぐ中学に上がる成長を感じさせる少年らしい顔をしていた。

 左頬の傷が威圧感を放っているが、それは暁莉自らが付けた物なのでなんとも言えない。

 そんな事を思いながら木彫りのカラスを再び見る。

 美術には疎い自分だが、何となく惹き付ける何かを感じる。


「君、戦闘よりも芸術の才能の方があるんじゃないの?」

「俺が? ジョーダンだろ。ほんと適当に作っただけだぜコレ」

「適当でコレなら大したもんだよ。もっと彫ってみなさい。次は猫でもどうかな?」


 そう言って指差す方向には植え込みで昼寝してる猫の姿が。

 カラスは相変わらずうろうろしながら米粒を啄んでる。


「ほら、もうエサ無いからあっち行きな」


 しっしっとカラスを手で追い払う。

 カラスの方はカァと一声放った後、緩やかに空に飛んでいった。


「変なカラスだったな。一羽でこんなとこうろうろしてさ」

「……あれは、恐らくはぐれだろうな」

「はぐれ?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。

 はぐれと言う言葉の響きに何だか嫌な物を感じる。


「カラスってのは元々群れを作って行動する鳥なんだけどな、時々群れから仲間外れにされてしまう者も現れてしまうんだ。それをはぐれカラスと言う」


 群れに入りたくても入れない。孤独なカラス。

 自分の意志が弱く、協調性の足りない者は野生では容赦なく切り捨てられる。

 何故なら、その異端と呼ばれる者が自分達の群れに災いをもたらすかもしれないからだ。

 コレは嫌がらせでもなんでもない。生きるための手段。

 醜く見えてしまう自然の掟。


「……カラスも人間も大して変わらねーな」


 一瞬、自分の姿とはぐれカラスがダブったが、すぐにそれが勘違いだと分かった。

 自分は確かに周囲が生き残る為に切り捨てられたが、別に自分は周囲に入りたいと思ってる訳ではないし、今更入った所で爪弾きにされるのは目に見えている。

 そもそもそうなるべくして成った結果だ。今更自分の境遇をどうこう言うつもりは無い。

 

 それに、自分は一人ではない。

 少なくともあの人が、祖母であるあかりの存在がいる。

 もし明に祖母の存在がいなかったら、それこそはぐれカラスと化していただろう。

 薄暗い夕方の空を一人寂しく飛び、惨めに鳴き声をあげるはぐれ。

 

 だが、何様かとは思うが、そんな孤独なはぐれに対して明はほんの少しだけ、可哀想だなと思った。

 まるでそうなるかもしれなかった自分を憐れむかのように。


「辛気臭くなっちまったな。んじゃ、ま、リクエスト通りネコでも彫ってみるかな」


 既に大体のコツを掴んだ明は再び木柱に手を伸ばし、削り始めた。


 


 全身を何かに抉られ、啄まれ、無惨な死骸に成り果てたはぐれカラスを明が発見したのはこれより二時間後の事である。



--


「おーよしよし、しっかり食えよ? どんどん働いてもらわにゃならんからな」


 肉を切り裂き抉る音が薄暗い雑木林に鳴り響く。

 音を発するのは黒い塊

 いや、塊ではない。カラスと呼ばれる鳥――――それもかなりの数が何かに群がっていた。


「にしてもネコやイヌならまだしも、共食いなんてな。えげつねーぜカラスってのはよ」


 物言わぬ骸の正体は群がる者と同じカラスである。

 元々雑食性が強く、肉であればなんでも食べるのがカラスであるが、同じ種を殺し食べるその姿はおぞましく思える。


「目立たねえ方法なら幾つかあるがな、当分はコレで我慢してもらうか。どうせはぐれだし」


 除け者の一匹や二匹、死んだところで誰も悲しまないし、むしろ感謝される位だ。

 所詮カラスなんて人間の生活の邪魔をする害鳥でしかない。そんな役立たずを自分の為に役立たせてやっているのだ。むしろ感謝してほしい。


「畜生の使い道にしちゃ上等だろ」


 カラスを操る男……沈見(シズミ)水平(スイヘイ)は煙草に火を付けながらほくそ笑む。

 鬼に転じてからの自分は正に順風満帆だ。

 人間を遥かに越えた体力、膂力、瞬発力。

 そして、地味だが中々に使えるこの力


 カラスを洗脳し、操る能力


 どうせなら人間を操る能力の方が欲しかったが、それは今は亡き不夜城ネオンや、大禍に引っ付いているあの赤髪の小娘の領分であり、その大禍が言うには操作の能力の一つとして見れば、自分の能力は重要なサンプルらしい。

 

「ま、どーでもいいんだけど」


 自分はこの力でもっと楽に、楽しく生きていければそれでいい。

 邪魔な奴、気に入らない奴は今まで全て"エサ"にしてきた。

 それでも自分にアシが着くことは無い。

 何故なら、自分から手を出す訳ではないからだ。

 人を襲うのも、殺すのも全て鳥の仕業。

 それも、この東京に二万羽以上も生息する害鳥、カラス。

 流石にうっかりバラバラの死体を食べ残した時はサツが動いて冷や汗をかいたが、同じ轍は二度と踏まない。今ではきっちりと、跡形もなく処理している。


 ――――正に完全犯罪だ


「それに、俺たちみたいなチンピラやゴロツキがいくら消えても、誰も気にも留めねーよ」


 紫煙を吐きながら肩に停まった一羽のカラスに対して呟く。

 自分もまたカラス。人に嫌われるはぐれ者。

 しかし、時に人を食い殺す黒い悪魔


 ――――人喰いの鬼鴉



--



 ネコの彫り物を完成させた頃にはもう日も傾き始めていた。

 その完成品を握る手は震え、固く握りしめられている。

 

「……」

「酷いな……共食いか」


 全身をズタズタに引き裂かれ、抉られ、内蔵を引きずり出されたカラスの死骸が目の前にある。

 明にはその死骸に見覚えがあった。抉られた嘴、少々禿げた頭。

 自らおにぎりを分け与えたはぐれカラスだと理解した瞬間、思考が停止した。

 短い間だったが、はぐれが彫り物のモデルになっていた事は事実だ。そんな、自分の作品に関わりのある者が無惨に果てている姿を見るのは、明の精神を傷付けるには十分過ぎた。


「なんで……」

「明……」


 絞り出すような声である。

 まるでこの世の全ての理不尽を直に見せつけられた、言い様のない何かが、やるせない気持ちが明を抉る。

 下に屈み、震える指が死骸の頭に触れる。

 常人ならば忌避する行為も関係無い。今の明に正常な思考などできる筈もなかった。


「とにかく、お墓を作ってあげようか。野晒しじゃ可哀想だ」

「……」


 返事をせずに頷いた。

 悲しさは勿論あるが、それ以上に沸き上がる感情を明は理解していた。

 それは、怒りである。

 このような理不尽に対する怒り。

 何故、どうしてと疑問を孕んだ悔しさ。


 悲しみを凌駕する憤怒が、明の肩を震わせる。

 何故、こんなにも怒る?

 何故、こんなにも悔しい?


 その理由は自らでも気づかぬ内に、

 無惨な死骸を、切り捨てられた自らの末路であると重ねた事に、明は気づいていただろうか。


 ――――触れた死骸の嘴から、冷たい何か……

 慟哭と悲鳴、そして、痛みに怯える声を、感情を、断末魔を感じ取ったのは、半鬼としての力の一端か?


「……!」


 光の無い瞳が最後に写した光景は、黒い嵐

 自らを啄み、咀嚼する嵐の向こうにそいつは居た。

 紫煙を吐き、不愉快な薄ら笑いを浮かべた軽薄そうな男。

 その薄暗い赤い瞳は、自分と同じ――――


「明?」

「……」


 立ち上がる明に対し怪訝な表情で呼び掛けるが、尚も無言である。

 しかし、先程とは違い、その背中からは……


 押さえきれない怒りが溢れ出ていた。



「許さねえ……」



 沈見水平にとっての誤算とは、明の怒りに触れた事である。

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