第十五話 偶像(アイドル) その4
暗い一室に佇むネオンは突如、自分が誰かに見られたかのような感覚に襲われた。
「……!!」
何故だろうか、とても嫌な感じだ。まるで、至近距離から焼きごてを胸に当てられたかのような不快感。
確かに感じる灼熱感。
――――もしかして、感づかれた?
「……明王衆には気を付けろ、か。あーあ、もっと遊んでいたかったんだけどな」
まあいい、彼の言う"実験"は粗方終わっている。鬼の本性を見破られない限りは自分はアイドル、不夜城ネオンとして逃げられる。
例えばれても自分は二本角、その強力な力を使えばいくらでも――――
ドゴォオオオオオ!!!
その時、一階から激しい爆発音が鳴り響いた。
「……いくらなんでも早すぎない?」
人生、思った通りにはいかないものだと一人不満を溢した。
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明の感知によって判明した悪鬼の本拠地であるスタジオ、そこもまた操られた人間たちで溢れ返っていた。ただし、街にいた悪鬼とは違い、どれも凶暴性や戦闘力が比較にならないほど強い。
「くそっ! こいつら外の奴等とは全然動きが違う!」
飛び蹴りで数人を吹き飛ばしながら明は毒づく。悪鬼でもない雑兵にてこずるのが気に入らないのか、何時もよりイライラしている。
「やはり当たりだな! 余程上には行かせたくないと見た!」
「最初から飛んでけば良かったんじゃねーか!?」
「そしたら君が一人になるだろう? 心配でしょうがないよ」
まるでこども扱いである。
いや、実際明はまだ小学生だから充分こどもだが、それでも面と向かって言われると腹が立つ。
「ガキ扱いすんじゃねーババァ!」
「誰がババァだクソガキ!」
「グルアアアアアアア!」
とうとう口喧嘩を始めた二人を隙と見たのか、一人が飛びかかる。その強化された腕をもって二人を殴り殺そうとする。
が、
「「うるさい(せえ)!!! 邪魔すんな(じゃねえ)!!!」」
息もピッタリな二人の鉄拳が顔面に炸裂する。顔の原型を歪めながら男は床にぶっ倒れた。
仲が良いのか悪いのかはともかく、お互い戦闘では何をすべきか解っている辺りは冷静である。
その時
「ギィイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアア!!!」
耳をつんざく咆哮が部屋に木霊する。余りの音量に思わず耳を塞ぐ。
その咆哮の主は……
「ちっ、厄介な……」
「な、何だよ、あれ」
体長は三メートル程はあるだろうか。浅黒い鋼のような肌を露出し、怒り狂った目で明たちを食い殺さんばかりに睨み付ける、一匹の巨大な一本角。
それが眼前にそびえ立っていた。
「どうやらこいつが最終防衛ラインってとこかな?」
「今まで一匹も鬼が出てこなかったのは……」
「力をほとんどこいつに注いだんだろうな。どうにも作りが粗い、急造品か」
ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!
咆哮を上げながら悪鬼が襲いかかる。明は横っ飛びに、暁莉は真上に上昇してそれを避ける。壁に勢いよく激突した悪鬼は盛大に破砕音を上げた。
壊された壁の破片と煙が充満する。
「パワー偏重の脳筋か……捕まればバラバラだな」
「どーするよ、あれ、もう完全にイッちまってるぜ」
「決まってる、悪鬼を目の前にしてやることはただ一つ」
――――滅する
ゴォオオオッ!
迦楼羅焔を展開し、右の掌を前に突き出す構えをとる暁莉。
言うまでもない、本気を出したのだ。
「明、先に行ってろ」
「ああ?」
眼前の悪鬼を睨みながら明に言う。まさか、こいつ一人で……
「バカ言ってんじゃねー! 俺もやるぜ!」
「君がいると本気を出せない……邪魔だ」
「な……!?」
ここで急に邪魔者扱いされるとは思っても見なかった。食い下がろうと暁莉に詰め寄ろうとするが、後ろをちらりと見た暁莉と目が合った。
その瞬間
――――二度も言わせるな、殺すぞ
「……!!」
目がそう語っていた。
殺されるかと思った。京都での嫌な思い出が甦る。
「て、め……!」
「今の君の力なら、不夜城とほぼ互角の筈だ。行け」
「!!!」
そう言われて明は思い出す。何故自分がここまで来たのかを。
それは、許せない悪鬼をぶっ飛ばすため
それは、この下らない騒動を終わらせるため
――――そして、大切な家族を救うため
目の前の悪鬼一人に構っている時間も猶予も、最早ない。ならばここで自分がとれる最良の選択は……!!
「……分かった、ここは任せるぜ、暁莉……!」
「死ぬなよ? これでも君には期待してるんだから」
「此方のセリフだクソババァ!」
捨て台詞を吐きながら最上階へ駆け上がる。それを見ながら暁莉は小さく笑う。
「……誰がババァだ、全く、帰ったら仕置きだな」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
「慌てるなよ、すぐに終わらせてやるさ」
――――本当に、今時熱い少年だ。
(死ぬんじゃないぞ、明)
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最上階の入り口は固く閉じられていた。凡百の人間では力で開けることは不可能だろう。
ただし、ここまでたどり着いたのはただの人間では無い。
「ぶっ殺しの時間だコラァ!」
蹴り一つで扉をぶち抜き、部屋に侵入する。
中は薄暗く、人のいる気配は感じられない
――――だが、濃密なまでの死臭と、血の臭い。
(いる……! 大禍程じゃねーがとんでもねー化け物が……!)
あれ、ここまで来たのがこどもってどう言うこと?
「!!!」
声の出所に向けガンを飛ばす。そこにいたのは成る程、写真やテレビでよく見た人気アイドル、不夜城ネオンの姿が。
だが、画面越しからでは伝わらない、異常なまでの邪悪な感覚。
「出やがったなクソ女!」
「いきなりなんなのかなキミ? 会うなり汚い言葉使っちゃって」
どこまでも間延びした声で呆れながら呟くネオン。その軽薄な態度と声を聞いて、明の顔に更に青筋が浮かぶ。
……いきなりなんだ、だぁ?
どの口がほざきやがる、お前が何をやったか……!!
「自分の胸に聞きやがれテメェエエエエエエエ!」
激情に駆られ、ネオンに突進する。既に瞳孔は赤くなり、牙が生え始めている。俊敏な猛禽類のごときスピードでネオンの首元にその鋭い爪を振ろうとして……
「動くな」
無感動に言われたその一言で、明の体は全く動けなくなった。
「……!?」
動かない。体どころか指一本に至るまで、まるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。
「言霊って知ってる? 昔から日本に伝わる超能力なんだけどね、言った事が本当になるんだって、ま、ざっくり言えばそうなんだけどね」
詳しくは知らないけど、それが私の力
「明王衆って言うからもっとごついのが来るかと思ってたけど、まさかこんな可愛い子が来るなんて思わなかった……」
そこまで言うと、ネオンの瞳はトロリと熱を持ち、頬は上気し僅かにピンク色になり
――――薄く笑う口の隙間から、牙が生えた
「ほんとはね、実験だけ終わったらさっさと逃げるつもりだったんだけど、……私、おなかすいちゃったのよねぇ」
「……!」
ねえ、キミ、私に食べられてくれないかな?
緩やかに伸ばされた指が、明の右腕に触れ……
ブチリ
まるで果実をもぐかのように、その肉片をちぎり取った。
「!!!!???」
余りの痛さに絶叫を上げようとするが、声すらでない。見開かれた瞳孔から涙が滲み出る。
痛い、痛いのに、何もできない
何も……!
「あむ、ん……うん、美味しい! やっぱり肉はこどもが一番よね」
上品に咀嚼し、明の肉を飲み干す。
その花のような笑顔を満開にするが、行ったことは吐き気を催す異常な行為。
それよりも気になる言葉が聞こえた
(こどもが一番って……まさか)
もし本当なら、こいつは……!
「うん? そんなに怖い顔してどうしたのかな? 美味しいものを食べてゆっくりするのは当然だと思うけど? これが大人だと一気に不味くなるのよねー。筋張ってるし、臭みがあるし。ラムとマトン位差が激しいのよ」
ラムだのマトンだの、人間をいちいち肉に例えるネオンに明は激しい怒りと嫌悪を覚えた。
こいつは大禍と同じだ、人の命を弄び、踏みにじる……!
最低のクソヤローだ!!
「大禍さんの実験が上手くいけば、もうこんなこそこそと食べなくてもいい時代が来るみたいだし、そしたら私好みの可愛い子をいっぱい食べて……あ、でも太るのはイヤかな?」
こんな奴らのために、俺は、井上は、
――――ばあちゃんは!!
「でも、今日くらいいいよね? パーティーの前祝い。私が美味しく食べてあげる。ありがたく思ってよね? …………あはっ」
――――殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
こいつは、こいつだけは!
ぶっ殺してやる!!
「――――ぐぅうううううううあああああああああああ!!!」
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「……これは、まさか」
巨大な鬼の相手をしていた暁莉は、突如その体に冷たいものが走る感覚を覚えた。
忘れるはずがない。怒りと憎しみに苦しむものの叫び……
人が鬼になる、あの痛ましい叫び
「明……そうか、鬼の力を使ったんだな」
それは、下手をすれば二度と戻れない冥府魔道。力と引き換えに心を闇に沈める、薄暗い道のり。
(だが、遅かれ早かれこうはなった……何時かは乗り越えなければならないんだ)
この試練を乗り越えれば、その先はきっと……
――――君なら、陽の光の当たるまっすぐな道を歩める。そう私は信じている
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「なに、この子」
不夜城ネオンは目の前の光景が信じられなかった。
自分の能力、言霊は絶対だ。人に使えばいくらでも操る事が可能であり、その気になれば自殺すら強要できる。
今までこの力で数多くのこどもで「食事」してきた。
己が食われる事に恐怖しながら、それでも目をそらせずに絶望しながら果てる命を頬張ってきた。
今まで……そう、そして、これからもそうして生きるつもりだった。
それがどうだ?
――――今、自分は初めて「喰われる」と……
「……………」
言霊の拘束をぶち破った明は、俯いたまま瞳を閉じていた。
不思議な感覚だった。頭は怒りで沸騰しそうなのに、自然とそれが表に出ることは無い。
――――完全な鎮静
明の力、「集中」が極限にまで高められた結果である。
「あ、あなたは、一体なに? 人間でしょ?」
……違う
俺は人間ではない、そして、お前ら悪鬼でもない……!!
俺は……!!!
後ずさるネオンを烈火の瞳で睨み付け、最大限まで高まった怒りを今、解放する!
「人の命を踏みにじる悪鬼どもめ……!!」
「テメェらは断じて許さん!!!」
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
明の体が変化する
その体の筋肉は膨張し
爪は猛禽類の様に鋭く
牙は獲物を噛み砕く狼と化す
燃え盛る炎の如き瞳は、尚理性を失わない
そして、額から雄々しく生える一本の角
「う、うそ……鬼……? 私と同じ……」
「違う!」
信じられない顔をしたネオンの言葉を力強く否定する。
そう、日暮 明は人を喰らい、命を貪る悪鬼等ではない!
「俺は半鬼……日暮 明だ!!!」
半 鬼 転 身
上着を破り捨て、眼前の敵に向かい叫ぶ
ここに、人でも鬼でもない怒りの戦士
日暮 明が、半鬼に"転身"した