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かわたれの半鬼夜行  作者: 桐生 巧
第一章 半鬼生誕編
10/23

第十話 大禍(オオマガ) "前編"

「掘り出し物」とは、あの少年です

 ふーん? もう一人とは別で、中途半端ね。半鬼が役に立つの?

 普通ならば一本角以下ですが、なかなかどうして、あの少年、結構やりますよ

 だから「掘り出し物」か。いいわ、私の兵を一人貸してあげる


 ――――有難うございます。ご期待に添える様「結果」を出して御覧にいれましょう

 ――――結果、ね。


 結果を出す前に、あの子、死んじゃうかもね



 --



 「佐久間だったモノ」の剛腕が明に襲い掛かる。京都での一件で散々食らったその一撃をなんとか避け、バックステップでひとまず距離を置く。


(――鬼だって!? なんだってこの町に!? 暫くは現れないって言ったじゃねぇか!)


 ――――あの女、適当な事言いやがって!


 心中で暁莉に対して毒づく。人間の「鬼化」には時間を要すると聞かされただけに、この急な襲撃は面を食らった。


「ヒグラジィイィイイ!!」


 最早完全な鬼と化した佐久間が、おぞましい雄叫びと共に突進する。軽自動車もかくやと言わんばかりの体当たりが、明のいる場所に炸裂し、破砕音と共に壁に激突する。


 ――――しかし、そこに明の姿はいない


「こっちだデカブツ!!」


 頭上から声が聞こえ、思わず顔を上げる。


 ――――瞬間、その顔面に両足が直撃する


 突進を跳躍で回避してからの、両足蹴り。

 バランスを大きく崩した佐久間はそのまま尻餅をつく。


 「――ッラァア!」


 そこに明は勝機と見て飛び掛る。

 

 「くたばれこのヤロー!!」


 容赦なしの右ストレートが佐久間の顔面にぶち当たる。明、尚も止まらない。

 腹、胸、顔面。拳の嵐が佐久間を襲う。完全にマウントを取った明は鬼気迫る表情で攻撃を続ける。


 ――――その感情を支配しているのは、「怒り」


 自分の人生を狂わせた鬼に対する、圧倒的な憎悪。既に最初の驚愕は何処へと吹き飛び、ただ目前の鬼を打ち砕く鬼と化していた。


 だが、その猛攻は突然終わりを告げることになる


「グォオオオオオ!!」


 咆哮が鳴り響き、連打を続ける明の右腕が「掴まれた」


「――――なっ・・・!」


 次の言葉は紡がれなかった。勢い良く上半身を持ち上げられ、明の身体を暴風の如く振り回し、コンクリートの壁に叩きつける。


「ガフッ・・・!」


 一瞬、呼吸が止まった。

 背中から叩きつけられた衝撃で体中がバラバラになりそうになる。常人ならば即死確定の攻撃に耐えられたのは、半鬼としての明の身体性能のおかげであったが、不幸にも頑丈な身体のせいで地獄の激痛を味わう事になる。


 ――――そして、明の腕はまだ掴まれている


「オォオオオオオオオオ!!!」


 一回

 二回

 三回


 タオルを振り回すかのように、明を壁に叩く、叩く、叩く。


 肉がつぶれる音、骨の砕ける音が周囲に響く。そのまま放り投げられ、ズタズタのボロ雑巾と化した明はフェンスに激突する。


「……ぁ」


 倒れ伏す明の姿は凄惨を極めた。

 とっくに破けたジャージの中は、痣と傷にまみれた身体。

 右腕は奇妙な方向に捻じ曲がっており、肩口から千切れかけていた。

 そんな満身創痍となりながらも、明はまだ死なない。


 ――――死ねない


「――――ぅ、あ」


 フェンスにもたれながらよろよろと身体を起こす。まだ、正常な思考に身体が付いて来れるのが有り難かった。


「グ・・・がはっ」


 血の塊が地面を汚す。骨が折れて何処かに刺さったのかも知れない。

 そんな事を考えながら、眼前の鬼を見る。


 ――――ゆっくりと、こちらに近づいてくる


 明の攻撃などまるで無かったかのようだ。


(違う・・・)


 この前殺した鬼とは明らかに違う。力も、速さも、頑丈さも、何もかもがそれらを上回る。


 ――――これが、鬼

 人外の化け物


「ジィィイィイネェエエエエエエエエ!!!」


 再度の突進。今度は確実に身体を粉砕するであろう一撃が明に迫る。


 

 ――――避けられない「死」

 死ぬ

 殺される

 明の思考を「死」が支配する

 拳が迫る

 アレを喰らったら自分の頭蓋骨など粉々だろう


 ――――死ぬのか、俺は、せっかく生き延びたのに、こんな薄暗い路地裏なんかで殺されるのか。

 ――――先生が、命懸けで助けてくれたのに?

 ――――こんなに簡単に、呆気なく殺されるのか?


 

 ふざけんじゃねえ!!!



 自分の死は確実だろう。それでも明は佐久間から視線を逸らさない。先生が身を盾にして救ったこの命、そう簡単に諦める訳にはいかなかった。

 自分は、この救われた命でまだ何もしていない。

 まだ何も始まっていない。

 ここで死ねば、先生の行為そのものが無駄になってしまう。



 ――――そう、だから――――



「こんな所で、くたばってたまるかよ!!!」


 

 ズルリ、とフェンスごしの背中が下にスライドする形で滑る

 砕けるように腰を落とし、丁度座り込むように尻を着く

 ――――明の顔があった場所を、拳が通り抜ける

 フェンスが破砕音と共に砕け、千切れた金網が佐久間の右腕に食い込む


 ――――瞬間、佐久間の顎の下に衝撃が走った


「ゴブッ!!?」

「――――ッツ!!!」


 直立した明の頭頂部が、正確に佐久間の顎に突き刺さる。ゴキリと、顎骨の砕ける音が聞こえた。


「!?!?!? ッォオオオオオオ!?」


 佐久間は顎を押さえながら地面をのた打ち回る。余程の激痛だったのだろう。耳障りな悲鳴を挙げている。


「どうだクソッタレが・・・」


 ゆらり、と、目の前に明が立ち塞がる。頭頂部を裂傷したのか、ドクドクと鮮血が顔を赤く染める。


「――――パンチが効かねぇなら・・・」


 ぐい、と佐久間の髪を掴む。折れ曲がっている腕の痛みをこらえ、指の先端に力を入れる。


 ――――右手の爪が、鋭利な刃物のように変化する


「――――ふんっ!!!」


 そのまま変化した右手を横に振るう。佐久間の顔面を通り抜けた右手は何かを「えぐる」ような音を立て――――


「ッッッギャァアアアアアア!!!」


 絶叫を挙げる佐久間。その双眸はむごたらしく「裂かれて」いた。


「"目"は人間と変わらねぇみたいだな」


 両目から血を噴出し、尚も絶叫を挙げる佐久間を見下ろす。

 その目は静かに、しかし激しく燃えていた


「イヤ、素晴らしい。まさかここまで食い下がるとは」

「――――!?」


 横から掛けられた声に驚愕し、思わず飛びのく。薄暗い路地裏から何かが近付いて来る。


「誰だ!?」


 身体に走る痛みも忘れて、近付いてくる「何か」に対し声を叩きつける。良くわからないが、とてつもなく「嫌な空気」を感じた。

 全身に冷や汗が出ているのが分かる。

 ――――なのに、どこか懐かしい感じがする


「はじめまして、日暮 明くん」


 現れたのは、二十代後半と思われる長身の男

 冬でもないのに黒いコートを着込み、長い白髪が異彩を放つ

 表情は柔らかい笑顔を浮かべているが、真っ赤な瞳の色が人間ではない事を示唆している。


 何より――――


(血の、臭い。それも沢山の・・・!)


 一体どれ程浴びてきたのか。想像も出来ないほどの、濃密な血の臭い。

 先程相手にした奴とは、文字通り「次元が違う」

 震えが止まらない。

 体がピクリとも動かない……!


「そんなに怯えることは無い。私は君を迎えに来たのだから」


 男はどこまでも柔らかい口調で、やさしく明に話し掛ける。気を抜くと安心してしまいそうなほど、やさしい声だった。


「なに、が」

「言葉通りの意味さ。君を私たちの仲間として迎えに来た。同胞として歓迎するよ」


 同胞、仲間。

 何を言ってるのだろうかこの男は


「君は素晴らしい素質を持っている。ああ、何故あの時気がつかなかったのか? それ程の素質、正に"掘り出し物"だよ君は」

「あの時・・・?」

「うん? ああ、君が目覚めたあの日のことさ。私も慎重に吟味したつもりだったのだが、あそこまで早く手を打たれるとは思っても見なくてね。回収もままならなかった」


 ――――目覚めた、とは、まさか


「お前、まさか、あの時」

「そうだ、――――私が、京都を地獄に変えた」


 ――――その言葉を聴いた途端、自分の瞳孔が大きく開かれたと嫌でも理解した。

 いつの間にか、千切れかけた右腕が「再生」していた。

 身体の震えは止まり、心臓の鼓動も落ち着いた。ただし、その心中は――――


「君も理解している筈だ。種を蒔いた私に対する、親に抱くような懐かしい感覚を」


 目の前のナニカがほザいテいル


「君は選ばれた。私たちと共に永遠を生きる資格を手に入れた」


 うルさイ、ダマレ、クチをひラクナ


「さあ、私の手を――――」

「――――そうか」

「――――うん?」

「わざわざ、そっちから出向いてくれたって訳か」


 

 ――――コイツガ、コイツガオレヲ


 

「探す手間が省けた・・・」



 ――――センセイヲ



「ふむ、私を探して、どうするつもりだったのかな?」



 ――――コワシタ



「殺す」


 静かに、はっきりと

 憎悪と怒りをこめて言い放つ

 半目の瞳が、男を突き刺すように輝く

 炎の消えた、氷の瞳



 この時、明の心は完全に怒りに支配された


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