第1章-③別れ
一時的な別れかも知れなかったが、毎日恐れていた。
中学校にはそれから、ほとんど行かなくなったが、何となく高校へは行こうと思い、施設の近くの工業高校へと受験に向かった日だ。
窓際で1時間目の国語のテストを受けている頃、俺がここに来てから、1度も災害の無かった静かな町に、消防車のサイレンの音が鳴り響いているのが聴こえた。
俺は手を止めて辺りを見回した。煌々と上がる煙を確認すると、すぐさま俺は荷物を置いて立ち上がり、上履きのまま、がむしゃらに施設の方へ向かって走り出した。
勘でしか無かったが、燃えているのはすぐに『ひまわり』だと思った。あの時は、ひたすら心で唱えていた。由乃の名前を……。
その当たって欲しく無い勘は当たってしまった。木造住宅のため、火はあっという間に延焼したのだろう。燃え盛る炎を前に、俺は何もすることもできなかった。
「慎ちゃん!」
勇気を振り絞り、人混みを掻き分けて、中に入ろうと思った瞬間、後ろから呼び止められた。
そこには汚れたシャツに、少し顔を擦りむいた、由乃の姿があった。反射的に俺は由乃を抱きしめていた。この子が居なければ……。
「中にまだ、みんながいるの……」
そう話す由乃の口を塞ぐように、キツく抱きしめた。
「苦しいよ……」
由乃さえ居てくれたらそれで良かった。他の誰が死んでも……。
その時、俺に罪悪感はなかった。
結局、火は1時間半かかって消し止められたが、入居者15人の中で、外に出ていた俺と施設長を除いて、死者7人、重傷3人、軽傷が由乃と小学6年生の女の子2人だけと、歴史に残る大火事だった。
また、出火原因はタバコの不始末と言うことだったが、かなり謎の残る結末となった。
俺は結局、公立高校には受からず私立に行くことになった。そのおかげで俺だけ町を離れることになったが、由乃にはそのことを告げずに去った。
どうしてか今考えると、多分、一緒に来てくれなんて言える自信が無かったからだと思うし、何より由乃のためを思ったからだ。
これ以上一緒にいると、どちらかが壊れる気がした。
2人には少なからず犯罪者の血が流れている。
そんな化学反応を恐れたのかも知れない。
その事実を知っても、由乃はいつものように笑顔だったそうだ。
俺も悲しくなんて無かった。もともと1人でいたから、誰もいない日々なんて……。
高校に入学してから、毎日のように夢に由乃が出て来ていた。
その度、枕が少し湿っているのが分かった。内容は様々だったが、良い内容の夢なんて1つも無かった。
高校にはよく行った方だった。週に3回ぐらいだったが、それでも俺にとっては大きな進歩だった。相変わらず友達と言うものはできなかったが、事件も起こさず平然と3年間過ごし卒業した。
遊びに行くことも無かった俺は、暇潰しにずっと勉強をしていた。そして入試で満点、首席で関東トップの私大、遅稲田大学の法学部に受かった。
「トップですから、断る権利もありますよね?」
相変わらず嫌な奴だったと思う。
全校生徒の前での代表挨拶を頼まれたが、もちろんやりたく無かった。こんな風に俺は、大学に入ってもスタイルは全く変わらなかった。
そして、いよいよ就職の時期が来た。こればっかりは人と関わらないと仕方ないかとも思ったが、必死で自分がやっていけそうな仕事を探した。
法学部に入り、司法試験も現役の頃に合格したが、弁護士とかはやりたく無かった。
WOSホールディングスと言う世界でもトップクラスの貿易会社には、本当に人と関わる事なくパソコンを触ってるだけで良い、と言う部署があった。俺がここに入らないはずが無かった。
そして企業側も遅稲田大を首席で卒業する俺を、採らない理由も無かった。晴れて、俺は社会人になれた。