第1章-②進展
それからは由乃の思うツボだったんだと思う。
俺は何の変わりも無く1人でいることがほとんどだったが、徐々に由乃とだけは打ち解けるようになった。
喋る言葉は毎日挨拶程度だったが、目を見て話せるようになっていった。
中学生になっても、俺は相変わらず学校には行かなかった。ただ、そのことを由乃は何も言わなかった。
とある日、由乃に聞いてみた。
「どうして、学校に行けと言わないんだ?」
中学1年生の冬、粉雪が舞う中、近くの公園に呼び出した。由乃が施設に来て2年、これが俺から由乃にした初めての質問だったと思う。
「寒いね、質問ありがとう」
と言って、手に息をかけながら微笑む由乃は、小学6年生とは思えないほど、大人びて見えた。
俺は、初めての質問だったと気付かれていたことに照れくさくなって、大袈裟に立ち上がり、舌打ちをしてその場を逃げようとした。
「待って!」
初めて手を握られた。そこで感じたどうしようもない感情に俺は、警察に連れて行かれる母の手を掴んだ時の温もりを重ねた。
ここで、どうしてあんなやつが出てくるのかと、少しパニックになって俺は膝から崩れ落ちた。
「ごめん、急に手を握るなんてビックリするよね、私は学校はただ行きたい人が行くだけのところだと思うから、それだけで……」
白い吐息をたくさん出しながら、必死に話す由乃の言葉、一言一言が俺の胸に突き刺さっていく。
今までの俺なら、ここで突き放すんだけど、あの時出た言葉は驚いた。
「由乃は悪くない、帰ろっか」
下を向いて、本当に虫の鳴くような声だったと思う。だから聞こえていたかどうかもはっきりしないが、
「うん!」
と元気な声で言って、俺に手を差し伸べた時の由乃の顔は見れなかったが、雪の結晶のように輝いていたと思う。
中学2年生になってから、俺は由乃と一緒に学校に行くことになった。
田舎の中学校だから全校生徒はたった18人、俺の学年は6人だった。
もちろん学校へ行っても、ボサボサの髪の毛に鋭い目付きで相手を威嚇する俺に近寄る者はいなかった。毎日、外で遊ぶ由乃の方ばかり見ていた。
しばらくはお利口にしていたが、気が付けば嫌がらせをされるようになって、そして、同級生を殴り飛ばしていた。
「それが正しいと思う」
教師や殴った相手の親、施設のおばちゃんにはボロカスに怒られたが、由乃だけは俺を肯定した。
一緒に登校してるのにもかかわらず、2人はまともな会話がほとんど無かったが、その言葉には思わず反論した。
「ただ、体操服で背中から叩かれただけだよ? それに多分、何か向こうも話しかけたかっただけだと思うし……」
「それが分かっていただけで良いと思うよ」
「でも……」
その後の言葉が出てこなかった。
由乃は一体何を考えてるのか分からなかったから。
「それで、謝るの?」
またいつもの微笑みで、由乃が聞いてくるから、思わず俺は首を横に振った。
何だか馬鹿にされているような気もしたが、特に苛立ちは無かった。むしろ落ち着いた。珍しく長く会話が続いたからかも知れない。
永遠と続くような畦道を、夕焼けへと向かって行く、2人の足跡は、ここで一旦大きく2つに分かれたような気がした。