プロローグ
「これは確かに、無駄に広いな・・・」
今日から最低でも三年間はお世話になるであろう我が学び舎に対しての
第1印象はまさにそんな感じであった。
私立彩ノ葉高校ー
創立してまだ十三年目とまだまだ出来たばかりの学び舎ではあるが、
中高一貫校として多くの学生が通うと考えてもなお広すぎるんじゃない
かと思える、県内でも随一の学園敷地面積を誇り、校舎内の設備も無駄に
充実していることから毎年入学希望者は後を絶たない人気っぷりらしい。
「新入生ならびに保護者のみなさーん。ご入学おめでとうございまーす。
入学式を執り行う多目的ホールには案内表示板をもとにお進み下さーい」
拡声器を通して聞こえてくる声に従い周りを見渡すと、案内係という腕章
を付けた生徒らが矢印の付いたプラカードを持っているのが目に付いた。
「矢印に沿って進めってことか」
俺はそっと呟き、歩き始めた。
周りは、プラカードを持った、おそらく先輩方の「おめでとう」や
「テニス部よろしくー」といった歓迎と勧誘の声が入り乱れ、そこを
緊張した面持ちの新入生と、そんな我が子を微笑ましく見守りながら
会釈をして通る保護者達で溢れていた。
まぁ俺の場合、特に入学の喜びを分かち合う友も、祝ってくれる保護者
もいないので、テキトーに「どーも・・・」と返事をしながら通り過ぎている
わけで・・・本当に愛想が悪いな、俺。
そんな自分の愛嬌のなさに軽くヘコみつつ歩くこと約五分、目的地である
多目的ホールに到着した俺は中に入り、そこらの空いていた席に腰掛けた。
ちなみに多目的ホールも予想通りに無駄に広く、中堅アイドルのコンサートなら
楽に開けそうな規模があった。
おそらくこの学園を設計、建築した人らのモットーは、「デカイことはいいことだ」なのだろう。
ちなみに俺は、サイズの違いが戦力の決定的差でないと信じているーー
それが例え身長であれ、胸であれ、バストサイズであれだ。
そうやって、いかに自分自身が博愛精神に満ち溢れているかを再確認して
いると、会場のアナウンスがまもなく入学式の開始を告げていた・・
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「ーーーにて入学式を閉幕致します。改めて皆さん、入学おめでとうご
ざいます!!」
未だ微睡みの中にいた俺を、その後の割れんばかりの拍手が覚醒へと導く。
あれ、おっかしいなぁー、開始十五分ぐらいまでの意識はあるんだけど、い
つ時間跳躍をしたんだろう・・・
ちなみに夢の中で「起きろ、バカ」と百回以上言われていた気はするが、
現段階ではさして重要ではないので無視をしよう、そうしよう。
その後、他の生徒同様、自分のクラスがある校舎棟に移動してからは、
担当教師の紹介やら学園の施設紹介やら自己紹介やらであっという間に
時間が過ぎ、気づけばすでに放課後となっていた。
ちなみにここからが新入生にとって一番大事な、自分のクラス内ヒエラ
ルキー診断が始まるわけではあるが、とりあえず参加する気がない俺は、
そのままクラスの様子をボケーっと見つめていると、前の席のロン毛チャ
ラ男君が振り向き、声をかけてきた。
「うっす、これからよろしくー。柏原でいいんだっけ?」
「ああ、柏原誠二だ、こちらこそよろしく安東武」
「おおっ、フルネーム覚えてくれてんじゃん、嬉しいねー。見た目怖ぇーし、声も低い
から、声かけるのドキドキしたけど、普通な感じで安心したわ」
人を見た目で判断するなと言いたかったが、そうすると強烈なブーメラン
が俺の精神にも返ってきそうなので、グッと堪えることにした。
「そんでさぁ、柏原はこの後どうすんの?帰る系?それとも学園内を見て
く系?」
ケイケイうるせーな、お前は熱血テニス野郎かと言うツッコミはさておいて、この後の予定
に関しては、割とノープランな・・・いや厳密には自分で決めることができないと言うのが
近いわけで・・・
「予定がないのならこの後、私に付き合ってもらえるかしら、柏原さん」
突如として背後から聞こえた声は、騒つく教室内でもはっきりと聞き取れ
るほど透き通っていた。
俺は椅子に身体を反る形で振り向くと、そこにはなかなか良い形の双子山・・・ではなく、一人
の女生徒が微笑みながら俺の後ろに立っていた。
長い黒髪をサイドテールで纏め、顔つきはクールビューティという表現がぴったりなドS顏。
それが俺とこの女生徒ーー昭堂寺未亜
との顔を合わせての実質的なファーストコンタクトであった・・・
なぜこうも回りくどい言い方になるかと言うと、実際には俺は彼女のこと
を入学式の二週間前からずっと監視していたのだ。
誤解のないように説明すると、変質者やストーカーだからではなく
護衛として、である。