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紅蓮を駆逐するオレンジの輝き

 青い魔石が落ちていく。しかし、それは空中で人の手の中に収まった。

「ふむ」

 白いタキシードに身を包んだ白髪の紳士である。直立した姿勢で宙に浮いたまま、呟く。

「案に相違して、アイエンタールにしてはよくやった。ごく僅かとは言えタイゲイラの力を引き出したのだからな」

 紳士が与えた古文書を逆臣が読み解いたことも一因である。しかし、タイゲイラはいわゆるマジックアイテムとは一線を画するものなのだ。

「同じ時代に五人しか現れない存在——セイクリッドファイブ専用の魔石だ。それが証拠に、こうして私がちょっかいをかけても、魔石はしっかりと持ち主を選んでみせた」

 紳士の頭上、遥か上空では紅竜と青髪の戦士が睨み合っている。紳士が見上げると、戦士の胸元で青い光が強烈に輝いた。

 手の中の魔石に視線を戻す。

「これは最早ただの抜け殻に過ぎぬ」

 掌を返し、魔石を捨ててしまった。虹彩の反転した瞳を眇め、片頬を吊り上げて笑う。

「翔烈。やはり君が本物だったか。だが、まだまだ不安定。凍獄どのを追い詰め、真の力を覚醒させるほどにまで成長しなければ」

 いびつな笑顔のまま、地上を見下ろす。

「さて業炎よ。土蜘蛛には粗悪品のレプリカを掴ませておいたはずだが。まさか間に合うとはな」

 炎うずまく大地の一角が、眩いオレンジ色に輝いている。その輝きが周囲に燃え盛る紅蓮の炎を包み込むと、やがて燃焼する音が静まってゆく。

 喩えるならそれは、神の世界を照らす太陽が魔界の炎を鎮火し消し去る、幻想的な光景の具現化というべきか。

「ふむ。君ほどの戦士となれば、足止めするのは私としてもきつい。だが幸い、国王とエルフが君たちの足枷となる。

 翔烈には一対一でワイバーンとダンスしてもらいたいのでね。彼らの邪魔をするような野暮は遠慮願いたい」

 紳士は特に声を張り上げることなく、呟く声で命令を下す。

「出たまえ、ファイヤーゴーレム」

 その肉声が地上に届くなどあり得まい。しかし、まるで呼応するかのように王城の庭の地面が盛り上がる。一箇所ではない、合計十二箇所だ。

 土埃が舞い上がり、それが収まり切らぬうちに巨大な人型の影が姿を現す。身の丈四アードはあろうかという土人形どもだ。

 十二体に及ぶ巨人たちは、例外なくその身に紅蓮の炎をまとっているのが見て取れる。それぞれ、一度両腕を高々と掲げて上体を逸らし、低く野太い雄叫びを上げた。

 周囲を見回した巨人たちは、オレンジ色に輝く一角に気付くと動きを止め、しばらく凝視した。数秒の後、その一角を目指し、地響きを立てつつ歩き出す。

 炎を上げる巨人どもが包囲網を狭めてくる。その威圧感たるや尋常ではない。並の人間ならば恐怖と絶望で失神してしまうかもしれない。

 ただし、巨人どもの相手は並の人間ではなかった。

「業炎にとっては与し易い相手であろう。だが、国王やエルフを守りながらとなればいかがかな」

 その時、地上の黒煙と炎の渦が消滅した。サーマツ王らを中心にして、彼らに背を向け取り囲むように立ち、四方を警戒する男女がいる。キース一行だ。一行の一人、エマーユの髪はオレンジ色に輝いている。

「ふむ、フレイムエルフ。炎に愛されしエルフ姫というところか。得た力を惚れた女に分け与えるセイクリッドファイブなど聞いたことがない。歴史上初かも知れぬな」

 次に紳士の視線は、瞳をオレンジ色に輝かせたメリクに止まる。

「それに飽き足らず、まさか土蜘蛛にまで力を分け与えるとは。

 代々の業炎は己の炎に灼かれ、志半ばにして燃え尽きるものと相場が決まっておった。その意味において、今代の業炎はよい選択をしたようだ。ただし」

 す、と目を細める。

「こちらが意図した以上の特異点だとも言える」

 最後にリュウを眺めると、半目で首を横に振る。

「この状況でも変身せぬとは。呆れた強情さだ。……む」

 前触れなく空中に現れた紋様が、かすかに光を反射する。まるで水面に小石を投げ込んだかのような波紋だ。

 すると、白い紳士の姿はその中に溶け込むようにして消えた。呟く声だけがその場に留まる。

「こちらの気配に気付くか。不完全といえども業炎とてセイクリッドファイブ。侮れん」

 彼の姿が浮いていたあたりを射抜くような視線が突き刺さる。キースだ。その目はオレンジ色に燃えている。彼は仲間たちとなにやら言葉を交わすと、近付くファイヤーゴーレムたちを睨み付けて身構えた。

「そうだ王子。今はゴーレムに集中したまえ。そやつらは雑魚とは言え、この私が直々に錬成したのだ。それなりに楽しんでいただけると思うよ」

 声は上空へと移動してゆく。

「さて、私は翔烈の戦いぶりを見物した上でおいとまするとしよう。

 セイクリッドファイブたる者、存分に足掻くがよい。全ては、この私のために」

 やがて紳士のいた空間からは気配が消え失せ、もとからなにもなかったと言わんばかりに風が吹き抜けて行った。


* * * * *


「熱くないか、マミナ」

「あたしのことは気にしないで」

 キースが呼びかけると、彼の懐からくぐもった声で返事がきた。

「うふ。キースってばいい匂い」

「何か言ったか」

「なんでもなーい」

 そんな遣り取りの間も、キースは上を見上げたままだ。

「どこ見てんのよ、キース。燃えてるゴーレムたち、すぐそこまで来てるのよっ」

 オレンジ色に輝くツインテールを揺らし、エマーユが声を張る。上空に睨む目を向けていたキースだったが、彼女を振り向くことなく「悪い」と応える。鋭い視線はそのまま、迫り来るゴーレムたちに突き刺した。

「上が気になるが、それどころじゃないよな」

「あのっ」

 二人の会話に少女の声が割り込んだ。パーミラだ。国王とギムレイの背に挟まれる格好で庇われている。

「エマーユ、殿下。カールが! カールが独りで戦ってるの」

「殿下……?」

 彼女の言葉を訝った国王が呟く。それに答える者はないが、突如として現れた四人組に対する警戒はそれで消えた。

「そなたらが何者かは知らぬが、我らを守ってくれたことは間違いなかろう。感謝する。しかしご覧の状況だ。済まぬがもてなすことはできん」

「お気遣い痛み入ります、陛下。お構いなく、もとよりお助けするために馳せ参じました。私は——」

 パーミラにしては珍しく、地面を踏み鳴らし、上空を指差して声を張り上げた。

「あのあのっ! 彼を助けて。助けてあげてください」

 おそらく先刻からその一心だったのだろう。四人組を国王に紹介するどころか、キースが名乗る最中だったことにさえ気付いてはいない。

 彼女の発言に上空を仰いだキースだったが——

「と、言われてもな。ワイバーンか」

 遥かな高空にあってなお圧倒的な存在感を放つ紅竜。間違いなく、この戦場における最強かつ最凶の敵だ。

「一対一だなんて正気の沙汰じゃないぜ。助太刀したいのはやまやまだが、蜘蛛糸使ったところであんな高空までは届かない。まずはこのデカブツどもを倒さなきゃ」

 音を立てて息を吸い込む。そんなパーミラの様子を訝り、キースが視線を向けた。

「す、すみません殿下。立場も弁えぬご無礼、お許しください」

「気にするなパーミラ。それにしても——」

 ずしん、と地面が揺れた。

 先頭の巨人は、あと一歩でこちらに腕が届く。もうほとんど敵の間合いだ。

 会話を打ち切ったキースが駆け出すと、その足裏は空中を蹴って上がって行く。

「喰らえ」

 あっという間に巨人の肩のあたりまで到達し、突き出した掌で相手の額を打つ。

 破裂音が轟く。

 頭部が粉々に砕けた巨人は、真後ろへと仰向きに倒れた。

 一方、後方へ宙返りしたキースは着地と同時に一つ息を吐く。

 目の端に仲間たちの姿がよぎる。彼らもそれぞれ別の巨人めがけて駆け出していた。

 やり方は違えど素早く額を攻撃する点では一致している。四人とも、ゴーレムとの戦闘はこれが初めてではないのだ。

「すごいすごーい! やっぱり只者じゃなかったのね」

「なあマミナ。お前は空に避難してた方がよくないか?」

「あたし、ここがいい!」

「怪我しても知らないぞ」

「あたし、キースのものなのよ。自分だけ安全なところで待ってるなんて無理。それに、身体が小さくたって役に立つんだってとこ、見せてあげる」

「そうか。でも無理するなよ。俺のものだって言うなら黙っておとなしく守られていればいい」

「ふにゃー」

 ふと視線を感じたキースが振り向くと、エマーユと目が合った。なぜか敵に向けるそれよりさらに鋭い、猛禽の如き目つきでキースを睨んでいる。

 苦笑しつつも、キースは次の敵に集中すべく頭を切り替えた。

「……?」

 ふと、黒焦げとなって折り重なっているコボルドやオークなど魔物の死体の幾つかが蠢いた。

 まずい。

 アンデッドだろうか。もしそうだとしても、動きの鈍さではゴーレムどもとそう変わらない。

 ただ、ゴーレムは巨体ゆえに密集隊形をとりづらく、連繋のとれた動きとは無縁だ。ゆえに各個撃破戦法で対応できる。そして、この場に集うキース一行ならば一対一でゴーレムに後れを取る者はいない。

 だが、敵の増援として等身大の魔物が現れたらどうなるか。

「陛下! パーミラ!」

 守り切るには人数が足りない。

「——————!」

 錯覚か。いや、違う。

 背筋を氷塊が滑り落ちる。

 後列に控える巨人の目が光を放ったのだ。前回のゴーレムと同じ能力を持っているとしたら——

「破砕光線がくる。エマーユとメリクは防御。それ以外は伏せろっ」

 しかし、二体目のゴーレムに挑みかかっていたリュウにはその命令を聞く余裕がなかった。

 そこに後列からの光線が突き刺さる。

 大きく見開いたキースの視界の中央で、地面が炸裂し土塊が舞い上がった。

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