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悲哀と憤怒に弾ける金色の雷

 城内で悲鳴が上がった。カエルの潰されたような声だ。

 タイミングを遅らせてから城に飛び込んだアイエンタールは眉根を寄せた。

「場内に戦える者が残っていたとは思えぬが……。よもや」

 コボルドの悲鳴であろうか。

 様子を確かめるべく、彼は駆け出した。

「二匹を入口に残しておいて正解だったな」

 人間より背が低いものの、コボルドとてモンスターである。王国中のマジックアイテムを前線の魔法部隊に供出している現状において、コボルドに対抗できる人間と言えば訓練を受けた兵士くらいなものであろう。老齢の家臣や子供、女官やメイド達ではろくな抵抗すらできまい。

 総力戦だと踏んでいたのだが、予備の兵士が城内に残っていたというのか。もしそうなら予定が狂う。

「誰か! 誰かおらぬか! 私だ、アイエンタールだ。正気に戻った、助けに来たぞっ」

 予定通り演技を開始した逆臣は、その視界にコボルドの群れを認めた。五匹揃っている。

 駆け寄りつつ目を凝らすと、群れに対面する格好で腰を抜かしている中年女性の姿も見えた。

「メイド長」

 さきほど、コボルドのものと誤認した悲鳴の主は彼女だったというわけだ。

 振り向いたコボルド達と視線を交わし、それとわからない程度に首を振った。

 そのまま魔物たちの横を素通りして割り込むと、メイド長を庇うようにして立ち塞がる。もし一部始終を注視している者がいれば、アイエンタールと魔物たちの一連の動きは連携のとれた打ち合わせ済みの動作であるように感じるであろう。それとわかるほど、大胆さよりも不自然さが目立つ。だが肝を潰しているメイド長には、その不自然さに気付く余裕はなかった。

「お誂え向きだ」

 声に出さずに呟くと、逆臣は我知らずほくそ笑む。メイド長の後ろにも数名のメイドがいる。皆つまずくか腰を抜かすかしたらしく、逃げ遅れて震えていたのだ。

「ア、アイエンタール様」

 メイド長の口から漏れた声は戸惑う響きだけでなく、明らかに縋るような響きをも帯びている。当然だ。彼女に背を向けて割り込んだ以上、客観的に見てその意図するところは疑うべくもない。

「助けてくださるのですか」

「無論だ。……いや面目ない、メイド長。私としたことが、ピエロの奴に催眠術で操られておった。だが新たな力を得た。罪滅ぼしに、この窮地を覆して見せよう」

 うずくまるメイド長には一瞥もくれず、彼は懐から青い魔石を取り出した。タイゲイラである。

「しかと見るがよい、メイド長。魔を祓い、竜をも従える王者の力だ」

 掲げた魔石が眩く光った。

「白竜の息吹よ、烈風の刃となりて舞い踊れ」

 城の廊下を強風が吹き荒れる。刃と化した風はコボルドたちの全身を切り刻み、五匹の四肢をバラバラに切り離しながら城の外へと吹き飛ばしてしまった。

「動ける者は城の外へ出よ! ワイバーンはこの私が従えてくれる。王者たる証、しかと見よ」

 逆臣は大音声を張り上げた。

 続けて、女性の声援が追随する。たった今コボルドどもの襲撃から救われたメイドたちが、アイエンタールの名を連呼しているのだ。

 彼は満足げに頷くと、赤い鎧を誇示するかのように肩をいからせ、ゆったりと歩く。

 すると、城の奥に隠れていた家臣たちが、あるものは恐々と彼の後をついてきて、またあるものは窓越しに覗きこむ格好で、それぞれ外の様子を確かめる。

 しかし空を見上げた者たちは、声にならない悲鳴とともに床に這いつくばった。

「ふふふ、ワイバーンがこわいか。安心しろ、私が従えてみせる。もう、理由なく暴れさせたりはせぬ」

 外に出たアイエンタールは素早く視線を走らせる。

「ふむ」

 入り口付近に立っているコボルド達を睨みつけると、微かに首を振って剣を頭上に振り上げた。あくまで敵を威嚇する体を装い、小声で命令する。

「お前たち、生き残りを狩ってこい」

 それを合図にコボルド達は走り出す。わざと怯えたような鳴き声をたて、その実まっすぐに負傷兵たちをめがけて。

「逃がさぬぞ」

 笑いをかみ殺し、赤い鎧を派手に揺らして声を張り上げる。

「我は竜騎士なり! ワイバーンよ。その力、我に貸し与えよ」

 掲げたタイゲイラが光を放つ。するとアイエンタールの身体が浮き上がった。実のところ事前の打ち合わせ通りなのだが、いま彼の体を持ち上げているのは魔石ではなく紅竜の魔力である。ここから先はサーマツ城の生き残りたちに対するプレゼンテーションに過ぎないのだ。

 逆臣の目論見通り、王城からどよめきの声が上がる。声の一部は熱狂的な賞賛だ。

「さあ、仕上げだ。コボルドどもが兵士を殺したら、まとめて焼き払うぞ」

 愉しげに地上を見下ろす。その目が訝しげに細められ、すぐに大きく見開かれた。

「おのれじじい。なんというしぶとさ」

 ワイバーンの魔力を借りた状態のアイエンタールは、視力が飛躍的に向上している。それどころか、魔法による幻覚もある程度見抜くことができる。その視力により、負傷兵たちの正体を看破したのだ。

「国王ともあろう者が姑息な真似を」

 今、彼の目に映っているのは負傷兵たちの姿を借りた国王一行である。

「だが変装しても無駄だ。いずれにせよ、兵力は魔族や魔物どもを従えて組織しなおす。だから」

 一度でも現王のもとで戦った兵士など不要、一兵卒に至るまで皆殺しだ。

 そう呟く逆臣の顔は、魔界の悪鬼もかくや。すでに人や魔族の範囲から外れているかのようだ。

「さすがのじじいとて二度は防ぎきれまい。今度こそまとめて焼き尽くしてやる」

 顔面が暗い影に覆われ、獰猛に笑う。

「ワイバーン、煙幕だ。奴らの姿を城の連中から隠すのだ」

 紅竜の口から吐き出される大量の黒煙がカーテンのように展開し、地上の様子を覆い隠してゆく。視力が向上したとはいえ、アイエンタールでさえかろうじてコボルドの背中が見える程度となってしまった。

「魔物どもに正義の鉄槌を! ワイバーン、ファイヤーブレスだっ」

 紅蓮の炎が地上を舐める。黒煙が覆い尽くす範囲は、くまなく炎の渦に巻き込まれた。どこにも逃げ場などありはしない。

 堪えきれず、体を反らして哄笑した。

「無敵だ。大陸全てを手中に収めるぞ。スカランジアもだ。全てだ」

 ふと、耳に微かな音が飛び込む。

 それは、馬の嘶きのように聞こえた。

「ふむ? 馬など一頭もいなかったはずだが」

 地上に目を凝らした——そのとき。


 轟く雷鳴と同時、金色の稲妻がワイバーンの鼻先をかすめる。


 ワイバーンは大きく首を持ち上げた。乗る者に配慮しない急激な動きだった。

「うおっ、落ち着け。雷ごとき、そなたにとってはものの数ではあるまい」

 紅竜の首筋にしがみつくアイエンタールのほぼ正面で、黒い霞が光っている。霞というより金の卵というべきか。卵にところどころ霞がまとわりついているかのようなその物体は、今にも殻を割って中身が飛び出しそうな予感を孕んで輝いていた。

「あれは、まさか」

 言い終えるより早く、卵が破裂した。

 溢れ出る光の奔流。目を庇うべく片手を翳したアイエンタールは——

「うわ、あああっ」

 ——落ちていく。

 卵に背を向けた紅竜は、彼の身体をしっかりと受け止めた。

 ただし、嘴で。

「すまぬ、助かっ——」

 再び卵へと振り向く。その勢いは激しく、赤い鎧が軋む音を立てた。

「ぐわっ、嘴が! よせ、ワイバーン。何のつもりだ。借りていた魔力なら返す。だから早く私をそなたの背に」

 ワイバーンの嘴が閉じた。ぴったりと合わさり、上顎と下顎の隙間が無くなる。

「————————」

 かつてアイエンタールであった身体の一部が千切れて飛んだ。

 嘴からはみ出ていた膝から下。

 同じく頭部。物言わぬそれは、眼球をはみ出させ、大きく開いた口と千切れた首から血を撒き散らし、回転しながら落ちて行く。

「何をした」

 しばらく咀嚼を続けるワイバーンの正面に、強烈な光を背にした人影が浮かぶ。

「答えろ。ギムレイに何をした」

 光の奔流が収まると同時、人影はグライド族の少年カールの姿となった。

「パーミラを返せよ」

 咀嚼をやめたワイバーンが何かを吐きだす。輝きを失った魔石、タイゲイラである。

 霹靂のごとき咆哮がこだまする。それは歓喜の波動。好敵手へ向けた純粋な敵意。

「おおおおおおおおおっ」

 魂の叫びが轟く。それは悲哀と憤怒の波動。全ての感情が混じり合い、やはり凶竜への純粋な敵意へと収斂していく。

 雷鳴。

 間違いなくカールの身体から迸った稲妻が紅竜を襲う。

 両者再戦の合図となった。

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