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戦場を呑み込む赤

 アイエンタールを背に乗せた竜は、地上めがけて断続的に火を噴いた。城塞のあちこちが燃え上がり、敵味方の区別なく炎に包まれる。城の周囲は見る間に地獄絵図と化して行く。一方で、建物へは直接攻撃してこなくなった。

 おそらくは兵士の大半を掃討し、自らは正気に戻った体を装うつもりだろう。少なくとも国王と将軍の二人については確実に屠るつもりでいるはずだ。その上で、スケルトンやコボルドを使役して城内にこもる文官や女官を襲わせるに違いない。そこにアイエンタールが割って入り、城の人間を救う演技の一つもすれば充分だ。紅竜を手持ちの戦力として使役し、人外戦士どもを掃討することで、逆臣はいとも簡単に新王の座を射止めることだろう。

 経緯はともかく、これは現サーマツ王国と新サーマツ帝国の建国をかけた戦いなのだ。勝った方が王位に就くのは自然な流れである。

「あの男。やはり初めから地下牢の人質を殺すつもりだ」

 人質が死んでしまっても、直接手にかけたのはあくまで人外戦士という体裁になる。その時には既に正気に戻っているアイエンタールが新王として追悼の意を表明すれば、それで建前上は禊が済むという算段であろう。たとえ国王が変わろうと、新王が正気であれば国民が離れて行く可能性は低い。

 わざわざ期限を切り、今日まで人質を生かしておいたのは必勝の確信ゆえの余裕か。いや、単にこちらを嬲って愉しんでいるだけか。いずれにせよ、こちらとしては刻限までに紅竜を斃し、人質を救出しなければならない。確信とともにギムレイはウォーガとしての咆哮を轟かせる。右腕を光らせ、黄金の槍を出現させた。

「ぐっ」

 膝をつき、肩で息をする。鎧そのものはオリジナルのマジックアイテムだが、ギムレイは魔族ではない。体内に宿す魔力量は人間と大差ないのだ。

「ギムレイ、もう魔力が——」

「まだまだ」

 背後からかけられたパーミラの声を振り切るようにして、鎧姿のウォーガは仁王立ちした。槍を投擲すべく腕を引く。

「させると思うか」

 逆臣の声が空から降ってきた。ほぼ同時に、ファイヤーブレスが渦をなして襲いかかる。

 仁王立ちするギムレイ、横たわるパーミラ、そして彼女に覆い被さる国王。三人の姿が炎に呑み込まれてしまった。

 音を弾けさせ、金色の閃光が飛び散る。

 炎がかき分けられた。ギムレイが槍をふりまわしているのだ。再び三人の姿が見えてくる……が、炎はいよいよ勢いを増す。

「うお、おおっ」

 再び炎に呑み込まれようとしたその時、呪文を唱える声が響き渡った。

「白竜の息吹よ、怒涛の業風となりて煉獄の業火を吹き散らせ」

 竜巻状の風が巻き起こり、炎の渦を吹き散らす。あっという間に周囲の炎が鎮火され、白髪白髭の老人と数名の魔法戦士部隊の姿が露わになった。

 国王が声を張り上げる。

「ガルフェンどの」

「来たか、じじい。だがそろそろアイテムも限界を迎える頃合だろう。まとめて焼き尽くしてやる」

 上空から投げつけられた嘲る声を聞き流し、ギムレイは背後に視線を走らせた。

 族長が歯を食いしばって立っている。いつもの飄々とした様子は伺えない。

「ご長老、陛下とパーミラを連れて城内へ。ここはおいらが……くっ」

 叫んだギムレイは左腕を光らせ、両手に槍を構えた。

「だめよ、ギムレイ! あなた、もう限界よっ」

「ふははは。頑張るね、ウォーガ。だけどいいのかい。じじいが引いたら、辛うじて残ってる生き残りの兵士たち、全滅だよ。なにせ、今この瞬間も苦手な結界を張っておられるのだから。……ねえ、じじい」

 アイエンタールはそう言うと、あさっての方向を指差した。従うように紅竜が首を横に向ける。次の瞬間、竜はファイヤーボールを飛ばした。

「ぐ……うっ」

 しかし火球は地上に届くことなく、飛んでいく途中で弾けて消える。

「おうおう、まだ耐えるとは。でも随分つらそうだねえ」

 目を剥く長老に対し、逆臣はからかう声をかけた。

「勇ましく飛び上がって来たグライド族の皆さんは健闘むなしく黒霞で休んでもらってるからねえ。動けるのじじいだけなんだよ——」

 言い終えるのを待つことなく、ギムレイは右手の槍を投げつけた。しかし金の槍による攻撃は竜の頭部に届くことはなく——。

 火花が弾け、小さな稲妻が放射状に拡散した。

「く……っ」

 膝をついたギムレイの左腕から、残っていたはずの槍が消えていく。魔力切れだ。

「ほい」

 膝をついた金鎧の戦士めがけ、複数のファイヤーボールが襲いかかる。

「ぐお! お……っ」

 それらの攻撃は全て空中で弾けて消える。その度に老人の苦鳴が漏れた。

「長! ああ、あたしが動けないばかりに」

「そうだな、あまり遊んでいるとエルフのお嬢さんが動けるようになる。そろそろ楽にしてやるか」

 エルフを巻き込むのは心外なのだが、などと嘘か本当かわからないことを呟きつつも、逆臣は満面に嗜虐的な笑みを浮かべて見せた。

「ま、まだだ……っ!」

 ギムレイはふらつきながらも、再び立ち上がる。アイエンタールと真正面から目があった。

「ほう。認めてやるよ、その根性。よかろう、手加減なしのファイヤーブレスをたっぷりその身に浴びるがよい」

 赤い鎧の逆臣はギムレイを真っ直ぐに睨みつける。ひとつ息を吐き出して腕を振り上げると、ゆっくりと指先をギムレイに向けた。

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