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悪鬼を滅する黄金の槍

 地上には土煙、上空には黒霞が広範囲に展開している。さらには魔法部隊による魔法陣の影響もあって、サーマツ城を防衛する兵たちにとっては視界が利かない状況が続いていた。

 しかし、敵の攻撃は威力も手数も凄まじい。そこかしこで爆音とともに悲鳴が上がり、そのたびに何人かの身体が宙に舞う。

 火力が違う。視界の悪さが災いし、こちらの戦果が確認しづらいが、防衛側が押され気味なのは誰の目にも明らかだった。

 国王は約束通り、王国が所有するマジックアイテムの全てをガルフェンに託していた。しかし、神盾(イージス)のマジックアイテムは全てレプリカなのだ。したがって、持続時間も効果範囲も気にせずに神盾を張り続けるわけにはいかない。一般的に、防御魔法はその性質上、一瞬で終わってしまう攻撃魔法とは違ってそれなりに持続時間がある。だが、高い魔力と技術を持つ術者でさえ、せいぜい五分ほど張り続けるのが限界なのだ。

 防御の隙を突かれ、サーマツ軍の戦力がじわじわと削られ続けている。


 城外の爆音や怒号は謁見の間にも届き、時折部屋も揺れている。国王は兵からの報告を黙ったまま聞き終えると、玉座から立ち上がった。前方を睨みつけ、傍らに立つ金色の甲冑姿の巨漢に告げる。

「ギムレイ、出るぞ。戦線を支える」

「いけません。ワイバーンや召喚獣を従えての侵攻とは言え、アイエンタールは事前に宣戦布告をしています。相手は建国前ではありますが、形の上ではあくまでも国と国の戦争。陛下がお姿をお示しになれば、お命を狙う敵が殺到するでしょう。どうか御身を大切に」

 ギムレイの言葉を聞くと、国王は彼と正面から向き合った。

「アイエンタールの本性を疑いつつ、野放しにしていたのは余の怠慢だ。ならば、余が直々に奴の首を刎ねてやらねばな。なにより、大切な兵たちを奴ごときにこれ以上殺されるのは我慢ならん」

「お気持ちは痛いほどわかります。ですが」

 事前にガルフェンや将軍から国王を外に出さないよう言い含められていたため、ギムレイは渋った。しかし国王は、わかっているとばかりに首を振って見せる。

「ガルフェンどのはともかく、将軍はわかっておるはず。余がじっとしているはずなどないことをな」

 片目を閉じて微笑み、言葉を続けた。

「余を守ってみせよ。そしてこのサーマツ城を守るために、カールを支えてみせよ」

「陛下……」

 瞠目するギムレイに背を向けると、国王は扉へと歩を進め始めた。慌てて追いかけるギムレイに目だけを向けて話しかける。

「隠さずともわかる。お主のシンパシー能力、ごく親しい者であれば、その気分をかなりはっきり感じ取れるのだろう? 先刻からそわそわしておること、気づかぬ余ではない。カールの状況、芳しくないものと見た」

 息を飲むギムレイを見て「やはりな」と呟き、前方へ視線を戻す。

「ギムレイよ。お主が余の見こんだ通りの魂の持ち主であれば、その鎧の力で親友を支えてやれるかも知れぬ。そのためにも、前線に出ねば始まらん」

「お心遣い、感謝いたします」

 深々と頭を下げるギムレイに対し、国王は豪快に笑い出した。

「まこと、ウォーガとは思えぬ奴よ。そう恐縮するでない。こちらの都合で振り回しているのだからな。特に、ワイバーンについてはカールに頼り切りの状態だ。少しは手助けせねば」

 笑い終え、表情を引き締めた国王の後に付き従いながら、ギムレイもまた視線に力を籠めるのだった。


 城外に飛び出た国王とギムレイは、想像を上回る惨禍に愕然とした。

 城塞のあちこちが崩され、兵たちが折り重なるように倒れている。よく見ると死体の多くはスケルトンであり、予想以上に多くの兵が入れ替わっていたことが窺える。

「パーミラ!」

「あたしは無事。族長が被害を最小限に抑えてくれたの」

 ギムレイの呼びかけに対し、すぐそばから(いら)えがあった。

「将軍の姿もないようだ。パーミラ、状況はわかるか」

「はい、陛下。門番がスケルトンと入れ替わっていたようで、城門を破られました。今は族長と将軍が下で戦っておられます」

 言葉の途中で国王は剣を振り、ギムレイは拳を突き出した。

 パーミラの背中から襲いかかってきたスケルトンたちが骨を撒き散らして倒れる中、パーミラは動じることなく報告を終える。

 城塞の端から城門を見下ろす。

 色とりどりの魔力弾が飛び交い、魔法陣や土煙に命中しては弾けて消える。

「ふむ。魔法攻撃の手数は互角というところか」

「陛下、カールの意思を感じます。健在のようです」

 国王が頷くのを見て、ギムレイは呪文を詠唱した。

「黄金の神槍よ。英雄の力となりて悪鬼を打ち祓いたまえ」

 天に向けた拳から、黄金の光が昇ってゆく。

「行ってくれ、カールのもとへ」

 ギムレイはいつまでも神槍の軌跡を追うことなく、国王へと向き直る。

「陛下。我々も前線を支えましょう」

「うむ。頼めるか」

「あたしもお供します」

 国王は頷くと、激しい防衛戦による肉弾戦の坩堝と化している城門前へと降りて行った。


* * * * *


 最初から全力で立ち向かった。

 しかし、まるで歯が立たなかった。

「当然だ。相手はワイバーンなんだぞ」

 タイゲイラがなくとも互角以上の抗戦を期待し、剣にパーミラの攻撃魔法を魔術付与(エンチャント)してもらって臨んだ。意識を手放す間際、その剣を取り落としたことを自覚している。

「もう、俺には手札がない。これ以上は無駄な足掻きに過ぎないよな」

 実のところ、完全に気を失ったわけではない。倦怠感と敗北感に呑み込まれ、目を開ける気力が湧かないのだ。

 戦意喪失。

 自分ごときが立ち向かうには、敵はあまりに強大だった。一時的にタイゲイラを得て、それを奪われた後もコルマの魔力があったために勘違いしてしまったのだ。

「救世主だの英雄だの、俺の器じゃねえっての」

『カール!』

 仲間の声が聞こえる。彼らはまだ諦めてはいないようだ。

『悪い、遅くなった。今行くぞ、しっかりするんだ』

 奥歯を噛み締める。

「……なに、やってんだよ俺は。風使いの称号を穢すところだったぜ」

 自分が真っ先に諦めてどうするのだ。コルマの遺志を無駄にするのか。

 重い瞼をこじ開け、落下速度を緩める。すると、彼は視界のほぼ中央に仲間の姿を認めた。一人だけだ。他の仲間はまだ黒霞の包囲網から抜け出せずにいるらしく——

「避けろぉ!」

 カールの警告とほぼ同時、戦闘空域に赤い雨が降り注ぐ。

『……やられたよ』

 背中から刺し込まれたワイバーンの尻尾。その鋭い先端が、仲間の胸を突き破っていた。飛び散る血潮がカールの頬を濡らす。

「くそ、くそーっ」

『泣くな、カール。そんな暇はない。覚悟の上だ。それより、俺の魔力を』

 尻尾に刺し貫かれたまま、仲間がこちらに手を伸ばす。応じるようにカールも手を伸ばした。

 仲間の身体が青い光に包まれた。しかし、次の刹那。真紅の劫火がカールの視界を覆い尽くした。

 あろうことか、ワイバーンは己の尻尾ごと邪魔者を焼き払うつもりなのだ。

 霹靂のごとき咆哮。

 ——片目の恨みはじっくりと晴らす。仇敵への攻撃を妨げる者は容赦しない。

 そのような意志を込めた雄叫びであろうか。

「うおおあああーっ」

 天翔の鎧が白銀に輝いた。カールはそのまま、渦巻く炎へと突っ込んで行く。

 炎の壁を突き抜ける。

 カールが振り向いたとき、ワイバーンの尻尾はその半ばほどで千切れ、落ちていくところだった。

 苦しげな咆哮。

「お前の魔力、たしかに受け取った。弔うのは、奴を斃してからだ」

 紅竜がゆっくりとこちらを向く。

「なにっ」

 千切れた尻尾を、瞬き一つの時間で再生させて。

「————っ」

 尻尾の再生に目を奪われていたせいで、完全に虚を衝かれた。

「くそ、しまっ……」

 まさか、上空から槍が降ってくるとは予想もしていなかったのだ。

 槍はそのままカールと衝突し、眩い黄金の光が乱舞する。

「なんだ、これは」

 光がおさまると、己の手に槍が出現していることに気づいてカールは驚いた。

「なんだか知らないが」

 槍を二、三度振り回し、切っ先をワイバーンに向ける。

「これでケリをつけてやるぜ」

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