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赤く光る隻眼

 教会の鐘が激しく打ち鳴らされている。いつもなら刻を知らせる頃合いだが、今回はそれとは違う。危急を告げる警報の鳴らし方だ。

 霹靂のごとき咆哮が、その警報を上書きして響き渡る。

 時間ぴったりに現れたワイバーンの姿を、城外で整列するサーマツ兵たちが見上げていた。注目を集めて悠然と翼を広げる紅色の竜は、三日前と変わらぬ姿でサーマツ城の上空を旋回している。しかし、その隻眼に宿した光は、三日前とは比べ物にならない敵意と殺気に満ちていた。

「いくぞ、みんな」

 負けじと声を張り上げるカールの周囲に風が吹き荒れて、巻き上げられた砂塵が王冠を形作る。

 白銀の矢と化して飛び上がる風使いを先頭に、十二名のグライド族が紅竜迎撃の陣を大空に展開した。


「報告します」

 見上げる兵たちをかきわけ、騎士とおぼしき男が将軍の正面へと進み出た。

 騎士は、己が放った斥候からもたらされた情報を報告しに来たのだ。それによると、地上から未知の軍勢がサーマツ城を目掛けて進軍中だという。その連中はサーマツ王国に酷似した意匠の国旗を掲げているとのこと。サーマツ王国のそれは翼持つ獅子が描かれたものであるのに対し、未知の軍のそれは紅竜。誰の軍であるか、改めて考えるまでもない。

 ほどなく、城から砂埃が視認できるようになった。たったいま報告された軍隊であることに間違いない。

「その数、およそ一万にございます」

 周囲の兵からどよめきが上がる。この三日でサーマツ王国がかき集めた兵の総数は四千。サーマツ兵たちは、敵がワイバーンだと承知で集まった者たちではあるが、邪竜に加えて通常の軍隊まで相手にする可能性など考えてもいなかったのである。しかも倍を超える人数差とあっては、動揺するのも無理からぬことと言えるだろう。

「なに、守りを固めればどうということはない。跳ね橋を上げよ」

「ほっほ。将軍の言う通り。大した数ではござらぬ」

 将軍の隣に立つ族長が発言し、場の注目を集める。

「それに、あの砂埃の量。距離と人数の割に少ないとは思いませぬか」

「ふむ……」

 ラージアン大陸の南端に近いこの国は僻地と言える。これまでに万に及ぶ兵の招集を検討する機会はあったものの、将軍は実際には数千人規模の戦闘までしか経験がないのだ。

 それをこの老人は、まったく動揺することなく目測して見せた。まるで、その程度の人数を相手にした戦闘には慣れているとでも言わんばかりに。

「族長——」

 戦が不得手との自己評価など、ただの謙遜であって当てにならないのかも知れない。将軍は胸中でグライド族への評価を上書きしたが、今はそれどころではない。

「しかし、人数に関しては斥候が調べたのですぞ」

 そこへグライド族の女性が飛んで来て、着地と同時に傅いた。

「報告します。長が仰せの通り、進軍中の軍勢は幻覚魔法の類で人数を多く見せておりました。実際の規模はほぼ半数に過ぎません」

「すまぬな、騎士殿。そなたが斥候を放っておったことに気づかなんだ。決して手柄を横取りする気はなかったのじゃ」

 深々と頭を下げて見せる族長に対し、騎士は恐縮したように手を振って見せる。

「幻覚……。いえ、その可能性を疑わなかったのはこちらの落ち度です」

 そう応えつつ、騎士は内心、自分たちのすぐそばで生活するグライド族という魔族について何も知らずにいたことを恥じていた。無知な自分とは違って、族長は人間の騎士にありがちな、自尊心と表裏一体の虚栄心にまで配慮してみせるほどこちらを理解しているというのに。

「頭を上げてください、ガルフェン殿。我らサーマツ騎士、たかが斥候報告一つで臍を曲げるほど狭量ではございません。戦の情報は正確であるに越したことはないのです」

 ともあれ、彼我の戦力差に大差はないことが判明した。兵たちが落ち着くのを見計らい、将軍が口を開く。

「聞いての通りだ。ワイバーンのことはひとまずカール殿に任せ、我らは城の守りを固める。跳ね橋を上げよ」

 充分に士気の上がった兵たちの返事を聞きながら、将軍は族長に目礼してみせた。

 しかし態度にこそ表さないものの、将軍の表情は暗く硬い。

 一体、アイエンタールはこれほどの人数をいつどうやってかき集めたというのか。その目的と人数の規模において、なにもかも秘匿した状態で準備を進められるものではない。だというのに、今日の今日まで噂の一つも聞こえてこなかった。

 考えられる可能性はいくつかある。恐るべき短期間で周辺の村々を襲い、精神支配もしくはスライムの寄生による入れ替わりなどで頭数を揃えたのかもしれない。さもなくば、闇の住民たるモンスターどもを大量に召喚して使役しているのかもしれない。いずれにせよ、まともな人間の軍団だと考えるべきではないのかも知れない。

 将軍は砂埃を睨みつけ、奥歯を噛み締めるのだった。


* * * * *


 一本だけなら素手で折ることも難しくない矢といえど、何本も束ねたらなかなか折れなくなる。

「俺たちは矢。束ねられた矢だ。たとえ相手がワイバーンでも、刺し貫いて止めてみせる」

 空気を切り裂いて飛ぶカールの速度は突出しており、他のグライド族たちを大きく引き離している。しかし、それも作戦のうちなのか、遅れて追随するグライド族たちの隊列に乱れた様子は見られない。

 紅竜が咆哮を轟かせ、カール目掛けて突進する。

 その様子はどこか嬉しそうにさえ見えた。実際、歓喜していたのかも知れない。ワイバーンにとって見れば、目を奪った憎い相手が自ら名乗り出てくれたようなものだ。

 ピエロに対する仕打ちよりもさらに残忍に、もっとじっくりといたぶってやろう。

 赤く光る隻眼。その視線は、カールを捉えて離さない。

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