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オレンジ色に輝く気迫

 馬たちの蹄鉄と馬車の車輪が地面を切り付け、やかましい音を立てる。黒髪の御者がくれる鞭の間隔は明らかに短く、二頭の馬は鬼気迫る形相で疾走を続けていた。

「速いわね! サーカスの馬車とは全然違うわ」

 車輪の音に負けじと甲高い声を張り上げるのはフェアリーの少女マミナだ。馬車の窓から吹き込む風に赤い髪を揺らし、楽しげに目を細めている。彼女はそこが定位置だと言わんばかりに、キースの肩に腰掛けていた。

「あら。エマーユったらどうしたの。もしかして嫉妬かな」

「違うわよ。あたしはマミナが気に入ったの。たまにはあたしの肩にも座ってね」

 対面に座る緑の瞳を持つ少女は、今は緑の長髪をツインテールに結い上げている。袖なし、丈の短いワンピースを身につけた彼女は、ほっそりとした肩を露出させていた。

「ふうん。いいけど」

 答えるマミナは瞼を半分下ろすと、歯を見せつつ口の端を吊り上げてみせた。

「どうしようかな。あたしはキースに買われたんだから、彼のものだもの。……ね、ご主人様」

 頬を膨らませるエマーユに見せつけるかのように、マミナは金髪に頬ずりする。当の金髪少年は、苦笑しながら両の掌を赤毛の少女の足下へと近付けた。

「よしてくれ。誰もきみのことを買ったなんて思ってないよ。捕まって売り飛ばされたと聞いたから、ああするのが一番だと思ったのさ」

 金で解決だなんて柄じゃないんだがな、と口の中で呟くように続けた。

 馬車のキャビンに居るのはこの三人だけだ。黒髪の男たち二人は、いずれも御者台に座っている。

 彼らがサーカス一座と別れてからそろそろ半日。このペースで移動を続けた場合、目的地まではおよそ二日ほどの距離だ。


* * * * *


 手渡されたのは子供の握り拳の半分にも満たない大きさの円盤状をした金属。それをためつすがめつ眺めた後、果ては陽光にかざして透かし見る。はたしてその行為に意味があるのかどうか疑問だが、彼はそのくらい混乱していた。

「こいつは間違いなく大陸共通通貨。本物の金貨だ」

 そう呟く団長の声はかすれ気味だ。彼の手の中には、同じものがあと二つ。目を見開き、金髪少年を見据える。

「俺だって普段から金貨(そんなもの)なんて持ち歩いてるわけじゃない。今回は長旅だからって、親父からむりやり渡されたんだ」

 そう言って後頭部を掻く金髪少年の態度は、そこらの年相応の若者たちと何ら変わらない。

「他の二枚もよく確かめてくれ」

「ほえー。ローラ以外の人間のことはよく知らないんだけどさ。キースってばお金持ちなのね。馬車だってすっごく高いんでしょ?」

 お気楽に呟くマミナを無視し、団長は金髪少年の真正面で姿勢を正すと頭を下げた。

「いや、あの……。さすがに三倍もふっかけたのは気が引ける。一枚返すよ、兄さん」

「いいからとっとけよ。マミナを看板娘に加えたら短期間で稼げたかもしれないわけだろ、そのくらい」

「ねえ、キース」

 それまで黙っていたエルフの少女が割って入った。

「あたし、ちょっと納得いかないんだけど。マミナを捕まえたのはピエロだと言う話だけど、その人がむりやり捕まえたことを承知の上で買い取ったんでしょ、団長さんは」

 口調こそ穏やかさを保ってはいるものの、柳眉を逆立てている。そんな表情でさえ美しい少女ではあるが、真っ直ぐに睨まれた団長は気圧されてしまい、押し黙って口元をひくつかせていた。

「その緊張感たるや、引き絞った弓の弦のごとし」

 キースの一言に緑の髪をもつ少女は半目になり、睨む相手を団長から金髪少年に変えた。

「あなたは何を茶化してるのかしら」

 唐突に、両者の視線の中央を虹色の光が横切る。互いの視線が外れるのと同時に高い声がした。

「あたしのために怒ってくれてありがとね、エマーユ」

 場の全員の視線を集めると、声の主であるマミナはエマーユの肩の上に座った。形の良い脚を斜めに揃えて背筋を正すと、整った容姿とあいまって品の良い人形そのものの佇まいである。

「でも、エルザがよくしてくれたから。一回くらいは興行につきあってもいいかなって思ってたの。……本当よ」

 最後の一語は、疑わしげに目で問うエマーユに向けてのものだ。

 咳払いが聞こえた。キースである。

「とりあえず、だな。マミナが酷い扱いをされてたわけじゃないのは間違いないし、あんまり団長を責める気はないんだ、俺は。もちろん、そのピエロは許せないんだけどな」

「ギムレイ……」

 フェアリーの少女が憂いを含む呟きを漏らした。気付いたキースと目が合ったものの、彼女は微笑んで首を横に振るだけだった。

 その様子をどう受け取ったのか、金髪少年は刹那の沈黙を挟む。しかし詮索することなく言葉を続けた。

「だけど、アーカンドルまで行ってしまったらサーマツからは随分離れてしまうからな。俺たちの目的地はサーマツなんだ、ちょうどいい機会じゃないか」

 そう言って片目を閉じるキースと改めて視線を絡めると、マミナは破顔して頷くのだった。頬を桜色に染め、彼の肩へと移動する。

 そんな彼らに対し、団長は躊躇いがちに話しかけた。

「なあ、本当に行くのか。サーマツへ」

「行く」

 キースは何の迷いもなく即答する。それに対し、団長は言いにくそうに告げた。

「我々はあそこから逃げるために興行を切り上げたのだ。虎の子の移動マジックアイテムを使ってまでこうして飛ばしてきた。実は、一昨日までサーマツ王国にいたのだよ」

「なにっ。移動アイテム持ってるのか。一つ譲ってもらえないか。金なら出す」

 勢い込んで尋ねるキースに対し、団長は首を横に振る。

「使い切ったよ。そんなことより、逃げ出した理由を聞いてくれ。信じられないとは思うが……」

 なおも躊躇いつつ、しかしはっきりと団長は告げた。暴れ回るワイバーンを目撃したことを。

 その途端、キースの瞳が燃えるようなオレンジ色に輝いた。その異様よりも、漲る気迫に当てられて、団長は腰を抜かすのだった。


* * * * *


「よいしょっと」

 キースの意を汲んだのか、マミナはどこか名残惜しそうにしつつも素直に彼の肩から降りる。すぐさま対面するように体の向きを変えて彼の掌に横座りした。

「君は誰かの所有物なんかじゃない。元いた場所に戻って、元通りに暮らしたいだろう。少なくとも、俺はそのために金を出したつもりだ。君は自由の身だよ」

「やーん、ほんとにいい男。あたし、キースのお嫁さんになるう」

「なっ」

 エマーユは反射的に腰を浮かせた。運悪く、同じタイミングで馬車が揺れ、転んだ彼女は床で尻を打ってしまった。

「いったーい」

「この辺りの路面は平らではありません。危険なのでくれぐれもお立ちにならぬように」

 御者台からメリクが声をかけると、続いてリュウも話しかけてきた。

「まとめて娶られてはいかがです、我が主」

「ほえー」

 御者台の助手席に座る偉丈夫と目の前の金髪少年との間で何度か視線を往復させたマミナは、奇声をあげるとキースをまじまじと見た。

「なんかキースってさ。単なる成金とかじゃなくて、どこかのお貴族様だったりするわけ? あたし、あんまり人間のことには詳しくないんだけどさ。あたしたちフェアリーは一夫一婦制なんだけれど、人間だって特権階級だけなんでしょ。一夫多妻制」

 喋りながら飛び上がったマミナは、エマーユの尻の辺りで全身から光を放ち、続く動作で彼女の肩に腰を下ろした。

「あら、痛みが引いたわ。あたしたちエルフも治癒魔法は得意なんだけど、打撲の痛みをなくす魔術なんて珍しいわね」

「ふふっ、畏れ入ったかしら。じゃ、あたしが正妻でエマーユが二号ってことで」

「それとこれとは話が別よっ。……ってか、詳しくないと言う割には良く知ってるわね。正妻だの二号だの」

「ちっ、簡単には言質をとらせて貰えないわね」

 少女たちの会話にほとんど反応を示さず、キースは顎に手を当てて何やら考え込んでいる様子である。

「ドレン卿が何か仕掛けるより先に、南の国家群と手を組もうというのが親父の考えだが……。先を越されたというのか」

 その呟きは少女たちの耳に届かない。彼の様子を訝りつつ、二人の少女は顔を見合わせるのだった。

 その間も彼らを乗せた馬車は疾走する。翌日に迫るワイバーンとサーマツ軍との再戦——その開戦時刻には間に合うものではないが、彼らは知る由もない。

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