闘志漲る青い瞳
エルフ族やグライド族といった、人間と見分けがつかない——亜人と呼ばれることもある——魔族のほとんどは、人間の倍程度の平均寿命を持つ。その半面、出生率はきわめて低い。グライド族の総勢は一〇〇人前後に過ぎないのだ。
族長は、サルーサ山で留守番している仲間に使いを出し、その中から一〇人を呼び寄せた。今や戦闘可能なグライド族の男女は、ほぼ全員がサーマツ城に集まった格好となっている。
ローラが人質となった件への反省から、族長は二名を救護所の護衛につけることにした。残りの仲間たちについては、カールの指示によって四人ずつ九班に再編制した。そこまでの準備が昨日、カールが起きていくらもしないうちに行われたのだ。
即日から訓練が始まった。カール自身は九班の所属として地上から指示を飛ばしている。訓練はすでに二日目となり、本番を明日に控えている。
族長が魔法で編み出して空中に漂わせた煙を例の黒霞に見立て、これを振り払うのと同時に、どこから紅竜に攻め込まれても対応できるようにする、というのが主な訓練内容だ。
「一班、上昇速度遅いぞ! 二班、援護魔法はどうしたっ」
カールが声を張る。
コルマが行った複数魔法の同時発動による防御術は、その魔力を受け継いだ際にカールの知るところとなった。だが、同じグライド族と言っても、同時発動は誰にでもできるものではない。ただでさえ飛ぶために魔力を使っているのだ。カールを含めても、コルマと同程度に制御できる者はわずか数名だった。
そこでカールが考えたのは、役割を分担して魔法を重ね掛けする方法だ。
初日は、各班の四人がそれぞれ分担する形で訓練を行った。しかし、目まぐるしく変わる状況の中で、発動する魔法を間違える者が続出。その結果、逆の効果をもつ魔法がぶつかり合って相殺する場面が多々発生した。攻撃や防御を要する状況であるにもかかわらずそよ風一つ吹かせることができないというのは、魔法攻撃部隊としては致命的である。
今朝からの改善策として、カールは使う魔法を班ごとの分担として固定させた。その上で、それぞれの班の距離を適度に保つように指示を出したのだ。すると、魔法の連携がうまくいくと共に思わぬ副産物があった。より広い空域にわたって各々の死角を補完することにつながったのだ。対応に余裕が生まれ、魔法を発動する暇もなく煙に体当たりする者もいなくなった。
残る問題はポジショ二ングだ。
いくら死角の補完ができても、肝心の魔法を補完すべき仲間が魔法の届かない距離まで離れてしまっては、見殺しとなってしまう。
「三班、近すぎる。四班は離れすぎ。そんなことでは霞に捕まるぞっ。ポジションを確認しろ」
カールは指示を繰り出すために一歩踏み出し、腕を振り上げる。そうした動作をするたびに、巻き上がる砂塵が周囲に渦をなして王冠状のカーテンを形作った。
「九班、止まってるぞ。動け」
青い瞳が光を放つ。すると、短くも烈しく笛を吹いたかのような甲高い音が響き、彼の額のあたりから何かが飛び出した。それは目に見える空気の塊。弓の名手が放つ矢よりも遥かに速く、大空へと翔け上がってゆく。
空気塊は瞬く間に九班の仲間たちがいる空域へと到達、彼らに命中するやその身体を押し流す。カールの風は、あっという間に仲間たちを予定のポジションまで移動させてしまった。
離れた場所からその様子を視察しているのはサーマツ国王と将軍、グライド族長の三人だ。
「これは驚いた。タイゲイラを奪われたというのに凄い魔力ではないか」
国王と将軍は目を丸くしているが、族長は難しい顔をして首を横に振った。
「あやつには風使いの称号を与えましたが、その力を使いこなすにはまだ未熟。今はコルマの魔力が加算されているのであたかも強烈な力を発揮しているかのように見えますが、所詮は死んだ者から託された一時的なもの。今日になっても消えていないのは奇跡的なことですが、コルマの執念なのでしょう。とはいえ、明日の本番までには、カール一人分の魔力量に戻ってしまうことでしょうな」
「ふむ。そうなると、タイゲイラを奪われたのはやはり痛いですな。救いは、あの魔石の力を使えるのがカール殿ただ一人ということでしょうか」
「いや、将軍。敵は怪しげな古文書を手に入れておるようですし、そうでなくともアイエンタールはかねてよりタイゲイラの研究をしていたと聞きます。決して楽観はできませんぞ」
族長と将軍の遣り取りを聞いていた国王は、相槌とも唸り声ともつかぬ声を漏らして上空を仰ぎ見た。
「こちらの手の内は知られている。余がアイエンタールの立場なら、次はこの城を真上から攻めるだろう」
顎に手を当て思案顔となり、言葉を続ける。
「城の上階を無人にして罠を張り、低層階と庭で守りを固めて迎え撃とうと思う」
「御意」
「お待ちを」
頷く将軍と同じタイミングで、族長が口を挟んだ。
「ガルフェン殿にはご意見があるようだな。聞かせていただこう」
「一昨日の襲撃はこちらの手の内を探る意味もあり、小手調べだったものと思われます。結果として敵は片目を失ったものの、あれが奴の——、奴らの全力ではありますまい。アイエンタールが明日までに何を用意してくるか。そこを考えて対応する必要があるかと」
「むう。たしかに、あやつは余の手の内だけでなく性格まで知悉しておる。下手な作戦では裏をかかれてしまう、か」
「下手かどうかはわかりかねますが、典型的な作戦であれば、敵は対策を講じておることでしょうな」
考えるそぶりを見せた王に向かい、将軍が発言した。
「やはり上階にも兵を配置しましょう。罠のような小細工は、アイエンタールのような輩こそが得意とするところ。我々が用意したところで見透かされてしまいます」
「おっと」
話がまとまりかけると、族長は慌てたように声をあげ、国王と将軍に頭を下げてみせた。
「戦の不得手な腰抜け爺の戯言です。あまり参考になさらぬよう」
「いや、ガルフェン殿。進言、感謝する」
国王は目を閉じたが、すぐに開いて決然と言い放つ。
「出し惜しみしている場合ではないな。打てる手は全て打とう」
「マジックアイテムですか。しかし陛下、我が国の保有アイテムは決して多くはありませんぞ」
難色を示したのは将軍だ。
「カール殿の力添えあってのこととは言え、我が軍はほとんど魔法攻撃なしでワイバーンを撃退できたのですぞ。貴重なアイテム、両殿下救出のために温存すべきでは」
「前回のあれを撃退と申すか。余はそこまで楽観視できぬ」
「しかし——」
「くどい」
王妃と王子を思ってのことであろうか、食い下がる将軍。それに対し、国王は声を荒げるのだった。
「あれらも王族である。女であれ幼子であれ、常に命を狙われる覚悟が必要な立場だ。それに、期限までにワイバーンを斃すことがかなわねば、救出どころではない」
「は。要らぬ差し出口、ご寛恕を」
国王は「よい」と答えながら踵を返し、城に戻るべく一歩踏み出した。しかしそこで立ち止まると、背を向けたまま告げる。
「将軍に命じる。魔法部隊を編制せよ。我が国存続の危機である。保有する全てのアイテムを使って構わぬ」
「はっ」
「ガルフェン殿」
呼び掛けられると思っていなかったのか、族長の反応は一瞬遅れた。
「はい、なにか」
「マジックアイテムの知識はおありか。できれば、我が軍の魔法部隊を指揮していただきたいのだが」
刹那の逡巡を振り払い、族長はほぼ即答してみせた。
「お引き受け致しましょう。アイテムの知識はございませんが、呪文を唱えるのは兵士のみなさんなので問題ないかと」
「頼みましたぞ。アイテムの節約は無用。グライド族にばかり無理を押し付けて心苦しく思っております。どうか、我が魔法部隊にて一族の皆さんに最大限の援護を」
「お心遣い、感謝いたします」
歩き去る国王の背に向けて、族長は深々と頭を下げた。
そこへ時折聞こえてくるカールの声は、怒号と呼ぶべき調子にまでヒートアップしている。
「熱くなっておられますな」
「これ以上一人たりとも仲間を失いたくはないのです。必死なのですよ、あやつなりに」
その言葉を聞くと、将軍はカールの背を見つめた。
「時間もないことですし、今すぐ魔法部隊の人選をします。優秀な連中を揃えてみせましょう。少しでもカール殿を、グライド族の皆さんを援護してさしあげてください」
再び怒声が張り上げられた。カールを起点とした風は族長たちが立つ場所にまで届き、彼らの髪を吹き乱すのだった。