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襲われた金髪

 人間が魔法を使うために必須となるマジックアイテムにはオリジナルとレプリカが存在する。主に古代遺跡から発掘されるオリジナルのアイテムは繰り返し使えるが、その数は極めて少ない。発見済みの遺跡は学者や冒険者、盗掘者らによって探索され尽くしているのだ。しかも、魔法協会や盗賊ギルドを通じて流通したオリジナルアイテムを、富裕層のコレクターが自宅に厳重に保管してしまうケースも多々あるという。

 そこで各国の学者たちはアイテムを自作する研究を行ってきた。その結果、存在を知られているアイテムのうち幾つかについてはレプリカを作成できるようになった。作成可能なレプリカの種類は少しずつ増え続け、それなりに量産されて軍や富裕層を中心に流通している。盗賊ギルドへの横流し品もあるため、いわゆるアウトローな連中にも一定の割合で魔法攻撃を行う者が存在する。

 ただし、レプリカが魔法効果を発揮するのはわずか一回。いや、場合によっては——。


「このレプリカも魔法効果が発現しないときたか。参ったな」

 呟いたのは金髪の少年だ。対面する黒髪の青年がその手に握っている白い石を眺めながらの発言だ。白い石はつい先ほどまで輝いていたが、今は光を失っている。

 傍らに駐められている二頭立ての馬車は彼らが乗ってきたものだ。馬たちは主人の様子に関心を示すことなく静かに草を食んでいる。

 彼らはここまで、移動魔法を併用しつつ順調に馬旅を続けてきた。目的地まではマジックアイテム〈白竜の門扉もんぴ〉のレプリカで一息に移動できるほどの距離なのだ。

 しかし、そのレプリカが機能しない。目の前に広がるのは、背の低い植物が点在するムーア地形の高原。馬の脚にとってさほどの障害とはなるまいが、問題は目的地までの距離だ。移動魔法なしでは三日はかかることだろう。

「単純に、私では魔力が足りないだけかも知れませんが」

「足りない? どこの魔族かって思えるくらいに土蜘蛛忍法を使いまくるメリクが?」

 ありえないと言いたげに首を振る少年に対し、メリクと呼ばれた青年は大真面目に答える。

「ふむ……。もしかしたら、幼い頃からの訓練の影響なのかも知れません。私の魔力は、短冊を介して土蜘蛛忍法に変換するよう特化されている……」

「あり得るね。そういうことなら納得できそうだ。〈白竜の門扉〉を貸してくれ」

 考えをまとめながら語るメリクに同意すると、少年は小さな白い球体を受け取った。

「エマーユ、リュウ。こっちに来てくれ。今度は俺が試す」

 緑の髪を持つエルフの少女が振り向いた。あと少しで腰に届くほどの長い髪がふわりと揺れる。咲き誇るダリアさながらの可憐さと艶やかさを併せ持つ笑顔を見せ、小走りに駆け寄ってくる。彼女の後ろから、黒髪を短く刈り込んだ偉丈夫も走ってきた。

 四人が互いに手の届く距離に集まると、金髪少年は呪文を詠唱した。

「門扉の番人よ、白き竜に従え。我が意を汲み、解錠せよ」

 周囲の景色が揺らぎ、陽光降り注ぐ南国の王城を遠望する長閑な景色が薄く現れる。

「おおっ」

 偉丈夫が漏らした感嘆の声は、しかしすぐに落胆の溜息に変わる。周囲の景色がもとのムーア地形に戻り、白い球は弾けて消えてしまったのだ。

 このように、量産されたレプリカの中には、期待通りに機能しない粗悪品も相当数混じっているのが実情である。特に移動系魔法のオリジナルアイテムとなると最も稀少な部類にあたり、市場に出回るアイテムの多くはレプリカをもとに作製された粗悪なレプリカである可能性が高い。

「なあメリク、移動マジックアイテムはあと幾つ用意してあるんだ」

 金髪少年に問われ、青年が即答した。

「〈白竜の門扉〉は残り二つ。しかし、いずれも先に試した通り、不良品と思われます」

 言いながら懐を探ると、細長い紙片を取り出して少年に示す。

「他には土蜘蛛の短冊が四枚です。しかし全部使っても、せいぜい目的地までの半分の距離しか移動できません。しかも、馬は置いて行くことになってしまいます」

 そうか、と答えると少年は遠方に目を凝らす。その瞳がす、と細められた。

「あれは、荷馬車か。しかも一台じゃないな。結構な規模だぞ」

「いけませんよ殿下。不測の事態を避けるためにもこうしてお忍びの旅をしているのです。極力他人と係わることなく目的地を目指しましょう」

「メリク。最短距離を行くなら、どうしてもあの荷馬車隊のそばを通ることになる。俺たちとしては、普通の旅人らしく自然に振る舞うのが肝要だろう。いくら目立ちたくないと言っても、道ゆく人をあからさまに避けまくってたらお尋ね者かと思われちまうぜ。あと、俺のことは名前で呼べ」

 メリクは嘆息した。出発前に小耳に挟んだサーカス興行の予定のことを思い出したのである。そのサーカス一座は大陸中で評判となりつつある団体であり、サーマツ王国の次に彼らの国へやってくる予定となっていた。興行予定を考えると、この時期に移動を開始しているのは少し早い気もするが、不自然なほどではない。

 少年から視線を外すと、メリクは遠方に目を凝らす。荷馬車隊の数は六台というところか。行商より明らかに大規模で、隊商キャラバンより明らかに小規模だ。十中八九サーカス一座であろう。サーカス一座だとしても小規模な気もするが、先発隊と後発隊に分かれているのかも知れない。

 そしてそれは、金髪少年も気付いていることは明白。そうでなければ、少年がその青い瞳を期待の光で満たしている理由の説明がつかない。

「お気持ちはわからないわけではありませんが、たった四人の旅人を相手にショウを開いてくれるものではないのですから」

 メリクの言い方に一瞬きょとんとした金髪少年だったが、後頭部を掻いて照れ笑いを浮かべた。青年は、少年が荷馬車隊をサーカス一座だと思っていること、そしてサーカスに大いに興味を持っていることを見抜いているのだ。

 照れ笑いは無邪気な笑みへと変わり、終いには、

「わかってるって」

と太陽のような笑顔で返事を寄越す。そんな彼に根負けしたのか、メリクは苦笑を漏らした。

「……そうですね。たしかに、挨拶くらいはしないと不自然でしょう」

「ほう、サーカスか」

 四人の中で最も大柄な男であるリュウが低く呟いた。メリクと少年の会話を断片的にしか聞いていなかった彼ではあるが、荷馬車隊に目を遣ることで気付いたようだ。そんな彼が笑顔を浮かべるのとほぼ同時、彼らの馬が怯えたように鼻を鳴らした。すぐさまリュウがその首筋を撫でてやると、馬たちは落ち着きを取り戻すのであった。

「だいぶ慣れたわね、リュウ」

「はい、エマーユ。お陰様で。馬が怖気づくほどの強面だという評価なら喜んで受け入れますが、いつまでも馬に乗れない警護隊員のままでは格好がつきませんからな」

「もう、リュウったら誰に話してるの。あたし、ただのエルフよ。敬語なんて使わなくていいのに」

「そうは参りません。いずれプリンセスになるかも知れないお方なのですからな」

 その発言に、エマーユは頬を押さえる。うつむき加減に振り返ると、上目遣いに金髪少年を窺い見た。

「そんなこと……、まあ……、うふっ」

 金髪少年はそんなやりとりに構うそぶりも見せない。早く行こうと言わんばかりに馬車に乗り込もうとする。

「挨拶するだけですからね」

 その背に釘を刺すように声をかけつつも、メリクも御者台に上がった。

 エマーユは不満げに口を尖らせて呟く。

「もう……、相手してくれてもいいのに」

「でも、そういう子供っぽさをできるだけ長く持ち続けて欲しいと思っておられるのでは?」

 彼女に対し不器用に片目を閉じて見せながらそう言うと、リュウは御者台のメリクの隣に乗り込んだ。

「ふふっ、そうね」

 エマーユはくすくす笑いながらも馬車に乗り込み、金髪少年に告げた。

「よかったわね、キース」


* * * * *


「いやあっ、誰か、誰か助けてっ」

 半裸の金髪女性が両手首を掴まれ、真上に持ち上げられている。女性が着用しているのはサーカスのショウのためのもので、胸と腰を小さな布で覆うのみだ。身長は平均的な女性よりやや高めの一七〇セード。適度な筋肉によって細めに締まった、均整のとれたプロポーションをしている。

「エルザ! もうっ、放しなさい。放して、放せ! あっ、だめっ、さわんなバカーっ」

 抗議の高い声を張り上げたのは、女性とは別の少女だ。女性の相似形のような衣裳を身にまとう少女の身長はわずか三〇セード。赤髪赤目のフェアリーである。

 彼女は今、白っぽい半透明の糸で手足を縛られ、空中で大の字に固定されているのだ。

「何を騒ぐ。お前には触っていないだろう」

 低いながらも腹に響く声で応じたのは身の丈二〇〇セードを超える異形。人間の成人男性の平均より少し上背がある程度、二本足で立ち人語を操るにもかかわらず、人間とは大きくかけ離れた容姿をしている。

 首から下は肥満体の人間のそれであるが、腕は左右に二本ずつ、合計四本ある。そのうち一本の腕で女性の両手首を拘束しているのだ。

 何より異様なのは首から上だ。どう見ても豚のそれであり、その口が人の言葉を紡いでいる。オークと呼ばれる、知能が高いモンスターである。

「わしはこのおなごの肉付きを確かめておるだけだ。胸と尻はそこそこだが、手足も腹もちと細いのう」

「や……んっ」

「やめろーっ」

 じたばたともがくフェアリー。精一杯の力を込めて手首を頭のそばまで引き寄せるが——。

「あうっ」

それに倍する勢いで引っ張り戻されてしまった。

「おいチビ、親切心から忠告しとくぞ。あんまり暴れると糸の持ち主が起きちまうぜ」

 その言葉に少女は目を大きく見開き、動きをぴたりと止める。ごくりと唾を飲み込み、糸に沿って視線を這わせていくと、木の枝の先にそいつがいた。

 トラップスパイダー。黒地に赤のまだら模様を持つ大蜘蛛だ。体長六〇セード、フェアリーの倍ほどもある。粘つく蜘蛛糸で高い場所のみならず地面にも罠を張り、時にはネズミでさえ食べるほどの強烈な顎と牙を持つことで知られている。

「安心しろ。ちと細いが、わしはこのおなごが気に入った。とって食おうってんじゃねえ、獲物ならそこらのコボルドどもで間に合ってるからな。連れ帰って身の回りの世話をさせるだけだ。言うことさえ聞けば乱暴にも扱わねえ」

「あ、あた、あたしは食べられちゃう……」

「あっ」

 いきなり横抱きにされ、女性が声を上げる。

 オークは腕の中の人間に視線を這わせながらフェアリーに告げた。

「そいつも安心しろ。わしはこれで引き揚げる。ついでにトラップスパイダーは駆除しておいてやろう。糸? そこで伸びてる男どもに解いてもらいな。なに、加減して殴っただけだ、すぐに目を覚ますだろうさ」

「お願い、マミナちゃんは今すぐ解放してあげて。わたし、大人しくついて行きますから」

 女性に懇願され、オークは目を丸くすると豪快に笑った。

「エルザと申したか。気丈なおなごだ、もっと気に入ったぜ」

 その笑い声に驚いたか、トラップスパイダーがむくりと身体を起こした。次の瞬間、糸にかかった獲物と目が合う。

「————————っ」

 フェアリーの少女、マミナは声にならない悲鳴を漏らすと、大蜘蛛に視線を据えたまま凍りつく。

 一方、蜘蛛は長い脚を糸にかけ、ゆっくりと渡り始めた。

「あっ……、ああっ……」

 しかし、オークはそれを愉しげに見つめているだけだ。一歩、また一歩と糸を渡る蜘蛛の脚は、あと数歩でマミナの腕に届く。

「早く、早く助けてあげてください! わたしのことは好きにして構いませんから!」

「……よかろう、契約成立だ。今この時をもって、汝はわしのつ——」

 オークの言葉はそこで途切れた。

 場の全員の視界がオレンジ色に染まったのだ。

「異議あり」

と叫ぶ張りのある声とともに。

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