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闇からの宣戦布告

 紅竜の翼から繰り出された衝撃波が城壁を崩し、何人かの兵士たちを叩き落とした。

「怯むな。攻撃を続けよ!」

 国王自身が兵たちを鼓舞する。多少の犠牲を物ともせず、現場の士気は衰えを見せない。

 そこへカールが落ちてきた。拳を突き上げ、歓声を上げて迎える兵士たち。

「カール」

 その人波を、声一つで左右に掻き分けたのはギムレイだ。彼はカールを抱きとめると、すぐそばまで駆け寄っていたパーミラとローラに介抱を任せ、救護所まで下がらせた。

 ギムレイが投石機による攻撃を再開して間もなく、一度だけ咆哮を轟かせたワイバーンだったが、高度を下げると飛び去って行く。それは誰の目にも敗走と映った。

「全軍、撃ち方やめ!」

 将軍の号令が響き渡る。一拍おいて、王城は静寂に包まれた。


「お、おい」

「ああ、勝った……のか」

 あのワイバーンを相手に、王城の損害は軽微である。残弾にも兵の士気にも充分に余力がある。兵たちのささやきはざわめきに変わり、ほどなく鬨の声が上がった。

「ウォルケノ陛下、万歳」

 兵士たちは口々に国王の名前を高らかに叫んで讃える。遅れて叫ぶ者は先の声にタイミングを合わせ、ごく自然に大人数での唱和と化した。

 一人で一台の投石機を操作しながらも、他の投石機チームより大量に連射して見せたギムレイは、流石に肩で息をしている状態だった。

 今の彼にとって、一番気がかりなのはカールである。救護所へ様子を見に行きたいところだが、歓喜に沸き立つ周囲の兵にもみくちゃにされ、それどころではなくなってしまった。


「全軍、持ち場に戻れ!」

 そんな祝勝ムードが瞬時に凍りつく。他ならぬ国王が険しい顔で一喝したのだ。

 続いて将軍が号令する。

「砲兵部隊は臨戦態勢のまま監視を続行。弓兵部隊は上空を警戒せよ」

 場のほぼ全員が上空を見上げると、グライド族たちを捕らえていた黒い霞が降りて来るところだった。

 何者かが黒い霞を操っている。そしてその行為は、サーマツ王国とグライド族の連合軍に対し、敵対する意志の現れである。

 国王はそう断定し、自らも剣の柄を握り締めた。

 一時の喧騒が去り、水を打ったような静けさの中、黒い霞が舞い降りる。王城の片隅に、二十七個の塊が並んだ。

「いや、全くお恥ずかしい。どれ、不肖の弟子どもに活を入れるとしますかな」

 国王のすぐ横から、老人の声がした。声の主は白髭をたくわえたグライド族の長である。飄々とした足取りで霞に近寄って行く。

「ガルフェン殿、あれは危険です。迂闊に近づいては——」

「心配ご無用」

 いつの間に手にしていたのか、ガルフェンは杖を振った。それに呼応して強烈な風が巻き起こり、霞は吹き散らされていく。

 すると、囚われていたグライド族全員が姿を現した。衰弱しているのか、隣の者に肩を借りている姿もいくつか見られるが、みな揃ってガルフェンの正面に傅いた。

「やりますな、族長どの」

 言葉遣いはともかく、不遜な口調の声がかけられた。居並ぶグライド族たちの背後だ。そこには族長の風をもってしても払い切れぬ霞が蟠り、さらにその向こうに人影が浮かんでいる。

 国王は、族長の隣へと駆け寄ると霞ごしに声の主を睨みつける。どうやらその人物に心当たりがあるようだ。

 グライド族たちは素早く振り向くと、長と国王を背にかばって立ち上がる。そのタイミングを測ったかのように両開きの扉さながら霞が左右に分かれた。

 姿を現した人物はサーマツ軍の鎧を着けていた。国王の側近の中にあって武人のごとき体躯を誇る偉丈夫だ。

「やはり貴様か、アイエンタール」

 底冷えのする口調で話しかける国王に対し、アイエンタールは朗らかな態度で応じる。

「お見事な戦いぶりでした、ウォルケノ陛下。グライド族を巻き込んだとはいえ、まさかただ一国の軍のみでワイバーンを追い払うとは。

 しかし今回、陛下ご自身が証明なさったように、軍事力と魔法力の連携はかように凄まじいものです。それに加え、ワイバーンという打撃力を手に入れたなら、国力は揺るぎないものとなりましょう」

「ワイバーン来襲は貴様の差し金か。あの破壊竜を手懐けたと申すか」

 国王の口調は冷静だ。だがその表情は険しい。王の隣まで歩み寄っていた将軍は、一歩踏み出すと腕を真上に振り上げた。

 それを合図に、多くの弓兵が一斉に構える。数十もの矢の先端がアイエンタールをぴたりと狙う。いざ矢が放たれたならば、飛ぼうが転がろうが逃げ場はない。

「今回、わがサーマツ軍ばかりかグライド族にも犠牲者が出ている。言い遺すことはあるか。一言だけなら聞いてやらんこともないぞ」

「待て!」

 しかし、王は将軍を制止した。

 いつの間にかアイエンタールの正面を、密度の濃い等身大の霞が守っていたのだ。歴戦の武将でもある国王の経験と勘が、今は攻撃すべきではないと告げている。

 霞が左右に分かれ、中から小柄な人影が姿を現した。

 特に目を凝らすでもなく、国王はその人影に話し掛けた。

「宮廷道化師か。とっくに解雇したはずだがな」

「ほう、覚えていたかウォルケノ王」

 答えたのは奇抜な衣装の小男だが、奥からもう一人現れた。

「ん……んーっ」

 布を噛まされ、後ろ手に縛られた赤毛の少女。ローラだ。いつの間にか捕まっていたらしい。

「人質か。卑怯な真似を」

 国王の瞳がすっと細められ、剣呑な光を帯びる。だが、冷ややかな声ながらも鋼の自制心を覗かせ、一応の交渉を試みる。

「聞くだけなら聞いてやる。要求は何だ。宮廷道化師に戻りたいのか」

「ははは。さすがはウォルケノ王、この俺を笑わせるほどユーモアのセンスを向上させたか。こりゃ、解雇されるわけだぜ。ところで」

 ピエロは顎でローラの胸元を示す。

「これが何かわかるかね」

 彼女の首にはペンダントがかかっていた。つい先刻までカールがしていたはずのものだ。

「要求などないさ。これさえこちらの手にあれば、もはや恐れるものは何もないからな」

「こそ泥まで働くか。堕ちるところまで堕ちたな、道化師」

 国王の言葉にピエロの表情が消える。しかし一瞬でもとの表情に戻り、尊大な口調で告げる。

「要求はないと言ったが、用件を言おう。三日後にまたワイバーンを寄越すから、首を洗って待っていろ。他国や他の魔族の応援を呼ぶのはダメだ。サーマツ軍と、まだその気があるならグライド族。お前らだけで相手をするんだ」

「……話にならんな」

 このまま帰すと思うな。言外にそう告げる国王の視線にも怯まず、小男はあるものを足下に投げ捨てた。

 高い音が余韻を引く。落とされたものは鍵束である。

「うぬっ。これは、地下牢の——」

「ご名答。もう一つ」

 小男は黒い霞の中に手を突っ込むと、そこから取り出したものを乱暴に引き倒す。

「爺!」

 国王は初めて冷静さを失い、目を大きく見開いた。

「本当の人質はこの国の王妃と王子。他国に泣きついたら命はないと思え。これは、宣戦布告だ」

 その場に転がされたのは侍従長。いや、かつて侍従長であった老人の変わり果てた姿である。手足の関節は本来曲げられない方向に曲がっている。ぼろぼろの服は湿り気を帯び、どす黒く変色している。裂け目から覗く肌も同様だ。

 黒い霞の密度が増してゆく。周囲が静寂に包まれる中、国王の口から声にならない音が漏れる。

「…………」

 赤い筋が、国王の顎を濡らした。

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