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白き紳士は歪に嗤う

 ギムレイは上空の戦いを見上げ、親友の一挙一動に意識を集中させていた。

 周囲の兵たちが拳を振り上げて声援を送る中、彼一人だけ静かに目を閉じる。カールの意識に焦点を合わせる。

 ——ああ、また被弾した。

 ——もういい、後は俺たちに任せてくれ。

 兵たちの声援の中に混じる声のおかげで、いちいち見なくてもカールの状況が分かる。それでも心配はしていない。親友の冷静な気分を感じ取っているのだ。

 矢庭に目を見開くや、彼は振り向いて駆け出す。後方にいた兵の一人がそれを見咎めた。

「ギムレイ殿。勝手に持ち場を——ひっ」

 声をかけた兵は、彼の形相に気圧されて続けるべき言葉を飲み込んだ。そのまま腰を抜かしてしまう。

 無理もない。真正面からウォーガの突進を目の当たりにしたのだから。

 当のウォーガはそれに構っている余裕はない、というより、声をかけられたこと自体に気付いてさえいないようだった。

「将軍閣下」

 それは、ギムレイが生まれて初めて腹の底から声を張り上げた瞬間だった。

「進言の失礼をお許し願いたい」

 ウォーガの肺活量をもってしても、言葉というフィルターを介する以上は遠吠えほど彼方まで声が届くわけではない。だが、体格に見合う大音声は城壁を振動させるほど。

 駆け寄るというより突進してくるかのような様相のウォーガと相対して、平静でいられる人間など滅多にいないだろう。だが将軍の左右に控える兵たちは勇敢にも剣を抜き、一歩踏み出して身構えてみせる。

「構わぬ。申せ」

 一方、将軍は動じることなく鷹揚に頷いてみせた。兵たちを制止した上でギムレイに発言を促す。

「カールは秒読みを始めています。攻撃開始の号令、不肖の身ではありますがこのギムレイにお任せ頂けないでしょうか」

「は、何を言うかと思えば。この私にも目くらいついておる。カール殿が作った好機、みすみす逃しはせぬ」

 朗らかとさえ形容できる表情で笑って見せた将軍だったが、次の瞬間その表情は鋼の冷徹さに覆われた。

「単純な力比べなら、私では貴様に敵うまい。だが、戦の経験となれば話は別だ。攻撃の号令は将の役目。いいから貴様は持ち場の投石機に——」

「ギムレイに任せよ」

 重々しい声が将軍の言葉を遮った。その場の全ての視線が集まった先に、鎧に身を固めた国王の姿があった。

「ただしギムレイに任せるのは投石機部隊のみだ。他は従来通り将軍が指揮を執れ。余はここで監督する。よいな、将軍」

「は。陛下の仰せのままに」

 国王の正面で傅いた将軍は、ギムレイに向き直ると頭を下げて見せた。

「すまんな」

「いいえ。立場をわきまえぬ差し出口、どうかお許しくださいませ」

 このような進言、本来ならその場で首を刎ねられても文句を言えない類のものだ。そうしないだけでも、この将軍は温和な武人だと言えた。

「それで、私がなすべき全軍への号令だがな。投石機部隊の号令を合図とさせてもらうぞ」

 そう言って片目を閉じる将軍に対し、ギムレイは深く一礼すると持ち場へと戻っていった。

 最善のタイミングで親友を援護射撃してみせる。だから再び、一刻も早くカールの意識に焦点を合わせなければ。その一心に逸るギムレイは、己が持つ天賦の才(ギフト)であるシンパシー能力の全てを上空のカールへと向けた。

 だから、ギムレイは気付くことができずにいた。(よこしま)な気分を垂れ流す者が城内をうろついていることに。


* * * * * 


 その紳士は白いタキシードに身を包んでいた。貴族の結婚式など、特別なイベントでなければ滅多に見かけることのない服装である。

 髪の色は白い。老成した雰囲気を漂わせてはいるものの、皺のない若々しい顔立ちは老人のそれではない。何より特徴的なのは彼の瞳だ。黒目と白目が反転している。大陸広しといえども、そのような身体的特徴を備えた種族などいない。

 ここは空中。グライド族たちが閉じ込められている霞の一つに腰掛けている。

「せっかくの強欲も器が小さくては見苦しいものでしかないな。今の私にとって、ワイバーンはどうでもいいが時間は惜しい」

 紳士の視線はワイバーンではなく、王城の方向に向けられている。

「今回の人選は外れであった。我が生涯において一、二を争うほどの無駄な投資かと思ったが——」

 片眉と片頬を吊り上げるが、笑い声は漏らさない。

 視線を動かし、戦闘空域へ。素人丸出しの、お世辞にもスマートとは言い難い戦闘を繰り広げる青い髪の戦士を見据える。

「翔烈か。これほど早く見つかるわけがないと思っていた」

 だが、まさかな。そう続けると軽く息を吐く。

「力というものは使うためにある。凍獄どのに必要なのは味方よりも敵なのだよ」

 この場にいない誰かを幻視するかのように、北の方角へ目を凝らす。

「私のために、潰し合ってもらわねばな」

 再び眼下の青い戦士に視線を戻した。

「さて、その魔石、意のままに操って見せよ。君が本物かどうか、じっくりと拝見させていただこう」

 低い声で笑い出す。笑い声が消えぬうちに、紳士の姿が薄れてゆく。輪郭がぼやけ、やがて完全に掻き消えてしまった。

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