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覚醒する青き魔石

 昏睡と呼ぶべき状態はそう長くは続かなかった。ペンダントに吊り下げられた魔石が点滅し、カールの意識を浅いまどろみへと連れ戻す。そして今、彼の耳はワイバーンの咆哮だけでなく、周囲に着弾する火球の音も捉えていた。

「生き……てる、か。そう簡単に楽をさせてもらえそうにはないな」

 酷く瞼が重い。それは強烈な眠気にも似ている。だが、歯を食いしばると無理矢理こじ開けた。

 まだ、風使いとしての責任を果たしていない。このままこの場にじっとしていたら、それこそ永遠の眠りにつかされてしまうことだろう。

 頭を振り、状況を確かめるために上空を見上げる。

 いた。紅竜だ。しかし、こちらに興味を失ったかのようにゆったりと旋回しつつ、徐々に王城との距離を詰めていく。

「まずい」

 大砲の射程外、王城の真上から攻め込みそうなルートだ。

『よお。やっと起きたか、風使い』

 グライド族の風魔法だ。コルマの声が耳に届いた。

 周囲を見回したカールの動きが止まる。言葉を失い、息を飲んだ。そこに声の主がうつ伏せに倒れていたのだ。手を伸ばせば触れるほどの近さである。

『なんて顔していやがる。ちょっとしくじっただけだ』

 コルマの顔には、特に大きな外傷が見当たらない。腕も折れることなく肩から繋がっている。

 だが。

 あるべきものがない。そして、見えてはならないものが見えている。

 震えながら視線を這わせてゆく。腹から下が見当たらない。内臓がはみ出し、ちらりと覗く骨が冗談のような白さで存在を主張している。

「コルマ……、コルマっ」

『うるせえよ。もっとも、もうほとんど聞こえやしねえ。城で女たちが待ってるぞ、この女たらしめ』

 何が風使いなものか。誰も救えない奴に、それを名乗る資格なんてあるものか。

 声に出さないカールの言葉を感じたかのように、コルマが手を伸ばす。その顔はもはや瞳孔が開き、死体のそれだというのにもかかわらず。

『餞別だ。俺の魔力を持っていけ。……それこそが救い。俺が生きた証だ』

 震える手でコルマの手を握る。

 その刹那、カールの胸のあたりが青く強烈に輝いた。

 倦怠感が吹き飛び、カールは勢い良く立ち上がる。拳で目元を拭うとすぐさま背を向けた。

「この馬鹿野郎。背負わせてもらうぜ、お前の覚悟」

 目を閉じ、服の上から胸元を握る。服を通し、指の隙間からも漏れて輝くタイゲイラの青い光。放射状に伸びてゆく。

「我らが守り神よ。我が血肉をなす風よ。我は所望する」

 激しい風が巻き起こり、カールの髪を逆立てる。

「——仇敵を切り裂く烈風を!」

 見開いた瞳が強烈に輝き、次いで全身が青く光る。

 彼の足下と頭上に渦状の紋様が出現した。大陸中の文献を集めても類似の紋様は見当たらないだろうが、それは確かに魔法陣。幾何学的な法則性を備えた紋様である。

 腰を沈めると、勢い良く足を伸ばす。カールの身体は上空へと舞い上がった。弩を遥かに上回る勢いで。


 ワイバーンとの距離は急速に縮まりつつある。

 気付いた敵が体の正面をこちらに向けた。嘴の両端から煙が立ち上る。

 右旋回。停止。垂直上昇。

 カールのトリッキーな動きに対し、紅竜は巨体を器用に反応させた。彼の身から溢れ出る魔力量を警戒しているのだ。敵もさるもの、簡単に隙を見せたりはしない。

 急降下。左旋回。

 扇状に振りまくファイヤーブレスがカールの脇腹を掠める。しかし彼はほとんど頓着せず、小刻みに旋回した。

 そんな彼を追い、紅竜も急降下を開始する。

「いいぞ、ついてこい」

 ほくそ笑んだのも束の間、敵は巨体を停止させて再び距離をとる。

 凄まじい攻撃力を誇るくせに、かなり慎重だ。カールの予想を上回る知能を有しているのか、それとも——。

「何者かの指令を受けて動いているのか」

 不規則に飛び回りつつ、周囲を警戒する。上空の黒い霞は位置を変えていない。地上の、カールから見える範囲で紅竜に合図を送る者は見当たらない。

 仮にワイバーンを誰かが操っているとしたら。

 警戒を怠ることなく、カールは考えを巡らす。

 魔法や催眠暗示による刷り込み、もしくはそれらを組み合わせた手段。それにより、凶竜が制御されている可能性は否定できない。そうであれば、制御者が目に見えるほど近くにいる必要はないだろう。

「面倒な話だぜ……」

 ワイバーンを大砲の射程に引きずり込みたい。傍から観察する者がいれば、その意図は見透かされていることだろう。

 ならば、一対一の勝負で痛撃を加え、制御者の命令を聞く余裕を紅竜から奪い去る。そんな無謀と言うも愚かなこと、コルマの覚悟を背負うまでは考えもしなかっただろう。それでもカールは奥歯を噛み締め、攻め手を模索する。

 作戦開始前に予想していたワイバーンの弱点は背中。しかし、そこを覆う鱗が恐ろしく硬いことは最初の攻撃で実証済みだ。

 なお、鱗のない腹でさえ、コルマが突き立てた剣を折るほどの硬さだった。そして、腹には尻尾が届きやすく、そのあたりに一瞬でも留まれば突き刺されてしまう。

 一方、目を攻められるのを嫌がっていることは間違いない。が、ファイヤーブレスを扇状に吐けることがわかっただけに、迂闊に近付くことができない。

 他に攻めるべき部位と言えば、人間の関節に当たる場所。翼の付け根、なるべく胴体に近い部分。

 そこまで考えて間合いを詰めて行く。相手もそれはわきまえているようで、巨体を器用に捻ることで簡単には側面を晒そうとしない。

 互いに相手の左方を取るべく回り込む。いきなり反転してみたカールだが、相手も遅滞なく反応する。

 宙返り。縦ロール。

 ワイバーン——あるいは制御者——は、カールの雰囲気が変わったことを察している。その力量を探っている。

 なかなか側面に回り込めない。

「くそ、死角の少ない奴だ」

 焦ってはだめだ、冷静になれ。胸中に呟くと周囲に目を配る。

 地上の様子が視界に入った。

 サーマツ王国の兵士たちが拳を突き上げているのが見える。彼を応援しているのだ。

 必ずあそこへ。矢と大砲の射程へと引きずり込まねば。

 唐突に上昇した。

 こちらを見上げる紅竜めがけ、エアスラッシュの雨を降らす。指先大に圧縮した空気塊の連射は、秒間数十発に及ぶ凄まじさだ。

 紅竜の左目が弾け、赤い飛沫を撒き散らす。

 不規則な咆哮が轟いた。

 狙いを定めることもせず、ファイヤーブレスを乱射する。

 その迫力に肝を冷やしつつも、カールは無理矢理に口角を上げた。

 急降下する彼を目がけ、ワイバーンは一直線に追いすがってきたのだ。

 断続的に吼え続けている。怒り狂っている。この様子なら、先刻のように突然静止することはあるまい。

「…………」

 敵の火球が右頬を焦がす。まだだ。ここで加速することで振り切ってしまったら、奴は射程圏内までついてこない。

「——————っ!」

 両腿同時に被弾した。

 苦痛に目を閉じたが、苦労してこじ開ける。飛ぶには何の問題もない。射程圏内までもう少し、加速はまだだ。

「ぐあっ」

 左の籠手が弾け飛んだ。

 カールの心臓が縮み上がる。一度ファイヤーブレスを潜り抜けたことで、白き竜の鱗で作られたという天翔の鎧でさえ脆くなっていたと言うのか。

 あとほんの少し。加速まで秒読みだ。

 王城を視界に収めたカールは、ほんの一瞬とは言え警戒が疎かになっていた。

 ワイバーンの尻尾が普段の倍ほどの長さになっていることに気付いてはいない。その先端が獲物を求め、ぎらりと輝いていることに。

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