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拮抗する青と赤

 絹を裂くような悲鳴が響き渡る。ここは王城の庭に設置された、グライド族専用の救護所だ。緑の髪を持つ少女が、身体を前傾させて声を限りに絶叫していた。

 半狂乱と言うべき状態のパーミラがその場から一歩も動かないのは、背中からローラが抱きついているからだ。

「パーミラ、落ち着いて。いいから、落ち着くの。あたしは信じてる。だからあなたも——。最後まで信じるの、カールのことを」

 パーミラは叫ぶのをやめた。落ち着いたものと見てとったのか、ローラが背中から離れる。パーミラは軽く頭を振ってからそちらを振り返ると、揺れる瞳で赤毛の少女を見つめた。

 口を開きかけては閉じるのを繰り返す。そんなパーミラの手を両手で包み込むように握ると、ローラは薄く微笑んでみせた。やや間を置いて、静かに言葉をかけてくる。

「きっとここに戻ってくる。きっと」

 パーミラに対してだけでなく、自分自身にも言い聞かせるかのよう。そんな人間の少女の瞳を覗き込んだ途端、エルフの少女は理解した。叫びたいのは彼女も同じなのだと。

「ありがとう。ごめんね、一人で取り乱して」

 正面から抱きつき、耳許で囁いた。

「強いね、ローラは」

「そんなことな——、あっ、待って」

 ローラの慌てた声に驚いて、パーミラは彼女の顔をまじまじと見つめた。その視線を追って振り向くと、そこにはグライド族の男が立っていた。裂けた上衣から覗く包帯が痛々しい。

「何してるんですか、コルマさん。もう少し安静にしてないとっ」

 叱りつけるように言うパーミラの方を見ようともせずに言い放つ。

「そうはいくか。カールの奴、しくじりやがって」

「そんな言い方っ」

 自分のことを棚に上げた批判ではないか。激昂しかけたパーミラを、またしてもローラが止めた。

「カールの奴が自力で戻って来られるとでも思ってんのか。俺と同じ目に遭ってるんだぜ」

 その言葉に思わず息を飲むパーミラ。半歩後退った彼女の肩を、ローラが支えた。

「俺と奴の能力、そんなに差があるとは思えない」

 そこで初めてこちらを向くと、彼は歯を剥き出して笑ってみせた。

「心配すんな、奴は生きてる。ここに連れ帰ってやるさ。そして」

 言葉の途中で、コルマは身体を宙に浮かせた。

「風使いの称号はこの俺が引き継いでやるぜ」

「コルマさんっ」

 パーミラの制止を意に介さず、言い捨てるようにしてコルマは飛び去って行った。


* * * * *


 サーマツ王の玉座の正面で、武人さながらの体格を誇る側近であるアイエンタールが傅いている。その姿勢のまま、床に唾を飛ばしつつ全身を声にして報告を始めた。

「申し上げます。グライド族どもは一名負傷、二名生死不明」

 サーマツ王は目を閉じたまま報告を聞いている。

「不明者にはカールも含まれます」

 そこで目を開いたものの、王は無言で続きを促す。

「残りのグライド族は上空で行動不能の体たらく。ワイバーンの侵攻方向を誘導する者は壊滅状態です。もはや、いつどこから攻め込まれるか予測のつかぬ状態です。陛下、今すぐ地下室への御避難を」

「アイエンタールよ。お主は王妃と王子を避難させよ」

「は……、え?」

 アイエンタールは間抜けな声を漏らしてしまった。

「陛下。まさか」

「久々に余が陣頭指揮を執る」

 立ち上がる国王に気圧されたか、彼は腰を浮かして一歩後退った。それでも声を張り上げる。

「閣下、侍従長閣下」

「アイエンタール。爺を使って余を止めだてするつもりか」

「何かね、アイエンタール」

 眼光鋭く臣下を睨み付ける国王とは対照的に、侍従長は穏やかな眼差しを向けた。

「ただいま陛下より賜った両殿下の御避難誘導のお役目、閣下にお願いするわけには参りませぬか。陛下が戦場に出られるのであれば、私めは前線に立ちとうございます」

「……ほう」

 国王の探るような視線を、今度はしっかりと受け止めてみせる。

「よかろう。では供をいたせ」

「はっ。早速、支度して参ります」

 一礼して退室するアイエンタールを、国王は鷹揚に頷いて見送った。やがて彼の姿が見えなくなると、傍らの侍従長にだけ聞こえる声で告げる。

「ふん。あやつの肚の裡、しかと見極めてくれようぞ」

「陛下。目下の敵はワイバーンでございます。王子殿下はまだお小さいことですし、くれぐれもご無理はなさらぬよう」

 侍従長は穏やかな調子を崩すことなく告げると、一礼してアイエンタールが使ったものとは別の扉から退室して行った。

「戦いの不得手なグライド族に無理をさせたのだ。余も少しは無理をせねばな」

 誰に聞かせるでもなく独白すると、鎧を身に着けるべく謁見の間を後にした。その後に付き従う臣下たちの顔は一様に強張っている。

「お主らにまで供をせよとは言わぬ。地下室で王妃と王子を守っておれ」

 明らかに弛緩した表情を見せる臣下たちを、国王は咎めようとはしなかった。


* * * * *


 地表すれすれを飛ぶコルマに、黒い霞が追いすがる。

「鬱陶しいんだよ」

 そう呟きながらも、彼は口角を上げた。後ろに掌をかざすと、一度だけ紫電を散らした霞が遠ざかっていく。

「所詮、霞は霞だ。エアプレッシャーとエアバキュームを組み合わせて気流を作ってやれば、好きにコントロールできるってもんだぜ」

 視線を前に戻すと、青い光の点滅が視界に入る。カールが堕ちた辺りだ。意識的にか無意識にかは知らないが、落下の衝撃を和らげる魔法を使ったのに違いない。

「ふん。仮にも当代の風使い様だからな。こんぐらいでくたばってもらっちゃ困る。俺様のライバルなんだからよ」

 そこへ霹靂のごとき咆哮が叩きつけられるかのように轟く。

 ワイバーンは王城に向かう前に、こちらを標的にしたようだ。仰ぎ見ると、ゆっくりと舞い降りてくる巨体が視界に入った。

「好都合ってもんだぜ。さっきの失態、取り戻させてもらうっ」

 額に汗を浮かべてはいるが、コルマの口許から笑みが消えることはなかった。

 先手はワイバーンだ。

 拳大の火球が降り注ぐ。

 不規則に動き回って避けるものの、幾つかは直撃した。だが、命中したはずの火球は青い光に包まれて消滅した。

「要は工夫だぜ」

 エアシールドとエアバキュームを組み合わせた魔法の楯だ。炎や熱攻撃への耐性が、単体の魔法による防御に比べて格段に上がる。

「だが、あの尻尾に対抗する手段は俺にはない。近付かれる前にカールを連れてトンズラだ」

 なおも降り注ぐ火球を避けつつ振り返る。紅竜をサーマツ軍による攻撃予定地点へ誘導するのに最適なルートを確認するためだ。

「ちいっ、しつこい奴だ」

 その顔から笑みが消える。

 黒い霞が退路を塞ぐように漂っているのだ。

 カールを連れ、降り注ぐ火球を避けながらでは、先ほどのように霞をコントロールするのは難しい。

「迂回するしかねえ……か」

 人間の軍隊がこちらの動きに同調してくれるかどうか。

 脳裏に浮かぶ不安を振り払い、彼はカールの落下地点を目指した。

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