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迫り来る紅き凶竜

 謁見の間に強風が吹き荒れる。誰もが取り乱す中、族長が声を張り上げた。

「ギムレイ。陛下をお護りしろ」

 光に目が慣れてきた。いや、光量がおさまってきたようだ。

 国王の身の安全を脅かす事態、それを惹き起こしているのは自分。その自覚に、カールは狼狽えた。

「落ち着け、カール。まだ誰も怪我していない」

 ギムレイが声をかけてきた。どうやら、カールの気分を読み取ったようだ。

「大丈夫。あなたはその魔石に選ばれたの。だからその力、必ず制御できる」

 背中を包む、柔らかい感触。腹に回された彼女の手に、カールはすがるように自分の手を重ねた。

「パーミラ。今だって、やりたくてやってるわけじゃないんだ。どうすれば収まるのかわからない」

「あたしが支える。落ち着いて、カール」

「あ、あの! あたしも——」

 カールの手の甲に、柔らかい掌が重ねられた。彼の視界の隅で、赤毛が風に吹き乱されている。

「あたしたちが支える。あたしなんかでは何の足しにもならないけど」

 カールの視界の外で、二人の少女が微笑みを交わす。

「これ、カール。二人のおなごに抱きつかれてぼうっとしておる場合か。全く、修行の足らぬ奴だ」

 背後からかけられた族長の言葉に苦笑すると、彼は目を閉じる。次に目を開けた時、紺碧の瞳は強い輝きを宿していた。

「我らが守り神よ。我が血肉をなす風よ。標となりて我を導け」

 兜からはみ出した髪が、天を衝くかのように逆立つ。

 謁見の間の天井に、青く輝く楕円形の魔法陣が出現した。部屋の中で渦を巻いていた強い風は、魔法陣へと集中する。

 まもなく風がやみ、光の奔流も収束した。燭台を模ったマジックアイテムは強風が吹く前と変わらぬ輝きを灯しており、室内はもとの明るさに戻った。

 前後をギムレイと将軍に挟まれた状態で、国王は大声で笑い出す。

「いやあ、愉快、愉快。余の勘が当たったわ。学者に任せっきりでは、余が生きておる間はただの石ころのままだったに違いない」

 カールは周囲を見回した。

 側近たちは手近な近衛兵の背に隠れたり腰にしがみついたりして、国王よりも我が身を優先している有様だ。本来、ギムレイと将軍がとった行動は真っ先に近衛兵がなすべき務めである。それを側近たちに妨害された格好ではあるが、近衛兵長は国王の前に進み出て膝を折ると頭を垂れた。

「こたびの失態、すべての責めは近衛兵長たるこの私に」

 慌てたカールは、近衛兵長の隣で国王に傅いた。

「待ってください。陛下、俺が未熟なばかりに大変なご迷惑を」

「構わぬ。二人とも、面を上げよ。——カール、そなたの風が人を傷つける性質のものでないこと、はっきりと感じておったぞ」

「そうですな」

 相槌を打ったのは将軍だ。国王の隣で腕組みすると、カールを見下ろして告げる。

「カール殿の力には優しさを感じます。その分、戦には不向きではないでしょうか。彼にはギムレイ殿と共に、王城で陛下をお護りする最後の砦となっていただくのがよろしいかと」

 しかし国王は首を横に振った。

「近衛兵長がこたびの件を失態だと考えておるのなら、それを挽回してもらわんとな。ギムレイには王城全体の護りの要として、前線に立ってもらう。そして何より、グライド族の皆さんには空中戦を担当していただくのだ。その役目はカールとて例外ではない」

「は。差し出口、失礼いたしました。仰せの通りの布陣にて、早速作戦を立てます」

「うむ」

 鷹揚に頷くと、国王は相好を崩した。

「それにしても見事な風だった。〈翔烈の魔石〉タイゲイラか。学者の見立ては確かだったようだな」

「さよう」

 国王の独り言のような呟きに、族長ガルフェンが応じた。

「タイゲイラはマジックアイテムの中でも異例中の異例。使用者を選ぶ魔石でございます」

「ほう。ガルフェン殿はタイゲイラをご存知か」

 国王の質問に対し、族長は穏やかな笑みとともに応じた。

「無論。アイエンタール殿はお忘れのご様子でしたが、あの魔石はグライド族が代々引き継いできたもの。タイゲイラなる銘を見つけてくださったことに感謝して、研究目的という条件のもと一時的にお貸ししていたものなのですからな」

「なんと」

 王は目を見開くと、この場にいないアイエンタールの姿を壁越しに幻視する。険しく細めると、その眼光には刃の鋭さが宿った。

「初耳だ。アイエンタールめ、そんな報告はなかったぞ」

「過ぎたことです。口約束でしたので、こちらにも非があることと存じております」

 国王は腕組みをして唸った。

「しかし、それでは借りたものを返しただけだ。カールに褒美を取らせたことにはならん」

「いいえ。経緯はどうあれ、一旦は陛下のものとなった魔石をお譲りいただいた事実に変わりはありませぬ。

 何より、読み書きと無縁に過ごしてきた我ら魔族に対し、文字で記録を残すことの重要性に気付かせてくださったのは他ならぬアイエンタール殿ですからな」

 族長は、言外に伝えているのだ。事を荒立てるつもりはないので、アイエンタールを処罰しないように、と。カールが気付くより早く理解したようで、国王は口の端を歪めて答えた。

「では、そういうことにしておこうか。気を遣わせたな、ガルフェン殿」

 そう言うと低い声で笑う。彼は笑みの質を柔らかいものに変えると、エルフの少女に顔を向けた。

「さて、そなたがパーミラ殿か」

「お初にお目にかかります、陛下。アーカンドル王国に麓を接するユージュ山にて、族長グリズ率いるエルフ族が一員、パーミラでございます。以後、お見知り置きを」

 緑の髪の少女は、この場の誰よりも人間の儀礼に則った挨拶をして見せた。国王はいよいよ目を細める。

「美しい。息子が適齢期を迎えておれば、嫁に欲しいほどに」

 国王の発言に、複数の側近が互いに顔を見合わせた。

 これに対しパーミラは婉然と微笑み、しかしやんわりと拒絶してみせた。

「お戯れを。山暮らしのエルフなれば、王子殿下をお助けするに足る教育など受けてはおりません。山を離れて生活を続けられる自信もございません」

「そう必死にならずともよい。嫁に、というのはそなたの言う通り戯言よ。英雄グリズ殿の一族たるエルフのお嬢さんをこの目で見ることができて、余は少し興奮してしまったのだ。許せ。

 美しいというのは本心だ。余は審美眼の確かさを自負しておる。そなたの所作の端々から確かな教養も感じられるぞ。それを含めて美しいと申した。そう謙遜するでない。

 ……それより」

 国王の視線はパーミラとカールの間を往復する。カールは視線の意味が理解できず、きょとんとしていた。

 パーミラは頬を染め、ローラはそっと顔を伏せる。

 それらの様子を視界に収めた国王は、パーミラに対して片目を閉じて見せた。

「前途多難よの。余も、すでに若さを羨む年齢となってしまった。どれ、若者たちに一つ忠告しよう」

 一旦両目を閉じ、次に開いたとき、国王の視線はカールへと真っ直ぐに据えられていた。

「誰もが納得する答えなどというものは、およそこの世に存在しない。迷った時は、自分が納得する答えを求めよ。ただし、選んだ答えに対する責任は、時にはとても重いものとなる。若者たちよ、大いに悩め」

「温かいお言葉、もったいのうございます」

 考え込む少年少女たちを尻目に、族長が笑顔で応じた。

「どうだ、ガルフェン殿。我ら連合軍がワイバーンめを見事平らげた暁には、差しで一献」

 国王が杯を傾ける仕草をして見せる。「是非とも」と応じる族長との間で、二人分の笑い声が生じる。それはしばらくのあいだ、謁見の間に響き渡った。

 サーマツ王とガルフェンが対等の関係を築いた。この場に居並ぶ全員に、そう印象付けるに足る瞬間であった。


* * * * *


 翌朝。早朝から、霹靂の轟音が王城に届いた。

 間を置かず教会の鐘が外敵侵入および戦闘開始の合図を打ち鳴らす。

 グライド族とサーマツ兵たちは、夜中のワイバーン襲来を警戒して一定の人数ずつ交替で仮眠をとった。さきほど交替して仮眠をとったばかりのカールは、まだ一時間ほどしか寝ていない。

「一刻も早くマミナを迎えに行きたいからな」

 頭を振ることで眠気を飛ばし、与えられた役割を再確認する。

 自分たちグライド族は囮となり、王城前の無人の広場まで敵を誘導する。誘い込むのに成功したら、敵がなるべく低空に留まるようにプレッシャーをかける。相手の力量を考えた上で選んだ戦法は、族長が連れてきた三十人全員によるヒットアンドアウェイだ。

 そこから先はサーマツ軍の出番である。正規兵の他、武装した一般国民を加えた二千人規模の戦力のほとんどを、砲兵部隊と弓兵部隊に振り分けて集中砲火を浴びせる。

 ちなみに、ギムレイが担当するのは投石機。一昔前の攻城兵器だが、サーマツ城にはこれが三台保管されていた。人間の兵士なら一台の運用につき四人は必要なところ、彼は一人で担当する。

「相手は一匹だ。これだけの人数でかかればどうということはない」

 自分に言い聞かせるように呟く彼の肩に、仲間が手を置いた。

「先に行くぜ。お前はしっかり目を覚ましてから来い。……頼りにしてるぜ」

 飛びたつ仲間を見送ると、他のグライド族たちも次々に飛び上がっていく。

 ペンダントに加工したタイゲイラを服の中に仕舞い、白銀の鎧を装着していく。胸当てを装着しようとしていると、誰かが手伝ってくれた。

 しなやかな指先を視界に収めるより早く、カールは話しかけた。

「ありがとう、パーミラ」

「もし怪我したら、あたしがヒーリングで治してあげる。でも、できれば怪我しないで戻ってきてね」

 正面に回り込み、鎧の装着具合を確かめていた彼女と見つめ合う。

 なんとなく頬を掻き、カールは空を見上げた。細めた目つきに鷹の鋭さを宿す。敵は悠然と飛びながらも、確実に王城へと近づきつつあった。

 空気の透き通る早朝の空を、ただ一匹の敵が真っ赤に染め上げていく。そんな不吉な印象を感じてしまうほど、臆病風に吹かれているというのだろうか。

 苦笑を飲み込み、振り向いてウインクしてみせる。

「大丈夫さ。ヘタレのカールは逃げ足だけは自信があるんだぜ。……っと」

 カールの視線の端で、赤毛の少女が所在無げに佇んでいる。彼の視線を追ったパーミラは、にこやかに話しかけた。

「ローラも来て。自称ヘタレのカールを、二人で一緒に激励しましょ」

 おずおずと近づいてきたローラは、カールたちから二歩ほどのところで立ち止まった。

「あの。無理、しないでね。一緒にマミナを迎えに行きたいもの」

「ああ、みんなでマミナを迎えに行くぞ。約束だ」

「カール、忘れないで。あたしもローラもあなたを待ってる。ね、ローラ」

「うん。もちろん、マミナもね」

「あなたには風の加護がある。あたしたち、信じてる」

 カールは二人の少女を抱き寄せ、それぞれの背を優しく叩いた。

「二人ともありがとう。行ってくるぜ」

 親指を立てると、カールは再び空を見上げてワイバーンを睨みつけた。

 瞳が青く光り、全身が風に包まれる。少女たちの髪を吹き乱し、長身痩躯が大空へと翔け上がる。

 紅い体躯の凶竜めがけ、透明な風を纏うカールを先頭に、三十名のグライド族たちが突進していった。

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