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濡れそぼる翡翠の瞳

 復讐。嫉妬。渇望。功名心。深い闇と今にも消えそうな光が綯い交ぜとなり、ぐるぐると渦を巻く。

 そんな気分に感応したギムレイは、マミナとの待ち合わせ場所に人間が近付いていることに気付いていた。しかも、何やらよからぬ企みがあることさえ見抜いていた。

 人間はウォーガと比べて力が弱く、マジックアイテムなしでは魔法を使えない。高価なマジックアイテムを携行できるのは人間の中でもごく一部のエリートに限られるのだ。それでも彼ら人間が大陸の覇者として君臨しているのは、ひとえに智謀あればこそ。

 謀というのも腕力や魔法と並び称される力である。明確に言葉で定義づけていたわけではないものの、ギムレイはそのように理解していた。従って、人間同士が騙し合うことに関して、彼は干渉するつもりはないのである。

 さて、どうやら気配を消しているつもりのようだが、その人間はどんどんギムレイが隠れている場所へと近付いてくる。

 自分の姿を見て驚かない人間はいないだろう。その自覚も手伝い、岩場の影に沿って風下へと移動した。だが、それは相手の思う壺だった。

 岩の隙間から覗き見たところ、ドワーフ並みに背が低く、痩せっぽちの人間である。サーカスに随行し、滑稽な言動と共に奇術を披露するのを生業とした者——道化師である。見るからに自分とは無関係。ギムレイの判断は確信の域にまで高まった。

 マミナならともかく、ウォーガである自分に単身で手出しをする人間がいるはずがない。しかし、その思い込みが油断につながった。

「仙麻草を大量に嗅がされた。次に気付いた時……。おいらは」

 自分の手の中で意識を失い、ぐったりとしてしまった身長わずか三〇セードの少女。

「おいらはあの道化師が憎い。でも同時に、そんな自分が怖い。操られるままに誰かを傷つけるのなら、こんな力はいらない。ましてや、自分の意志でこの力をふるってしまったら、おいらはもう引き返せなくなるかも知れない」

 続きはろくに言葉にならず、地面に額を擦り付ける。

 パーミラは跪くと、そんな彼の背をさすった。

「自分を責めてはだめ。あなたはこんなに優しいのだから。マミナを助けなきゃ。そのためにはあなたの力、絶対に必要よ」

 その様子を見守りつつ、グライド族の青年たちが意見を交わした。

「どう思う」

「胸糞悪い。催眠術の類いだな。しかも仙麻草の助けを借りた強力な」

 彼らは薬草についての知識が浅い。しかし、人間が開発し、医療用としても麻薬としても流通しつつある仙麻草は有名だった。

「ふむ。様子を見る限り、ギムレイは術をかけられた事実を忘れさせられていたようだ。それがなぜこのタイミングで解けたのだろう」

 グライド族同士で顔を見合わせるが、その問いかけに応えるものはいない。彼らが再び視線を向けると、ギムレイは上半身を起こして呟いた。

「憤怒。復讐。歓喜。破壊衝動。征服欲。家畜の悲鳴とは別に、そんな気分を感じた。たぶん、おいらに術をかけた人間の強い想念。それで、思い出した」

「なるほど」

 青年の一人がギムレイの前に立つ。パーミラは場所を譲り、巨漢の隣に移動して彼の背をさすり続けた。

「その人間、道化師か。そいつの大体の場所はわかるか。この騒ぎだ、マミナの身柄はまだそいつの手許にあるかも知れん」

「場所はわからない」

 別の青年が口を挟んだ。

「上から見たところ、サーカスの荷馬車と思しき数台の集団が見えた。まずはそこへ行ってみよう」

「おいおい、サーカス団の荷物が数台の馬車で運べるものか。それ、違うんじゃねえの」

「無事なのは数台。他に何台か残骸になってた。ワイバーンに襲われたのかも知れん」

 発言した青年を除く全員が顔を見合わせた。

「それじゃ、行くだけ無駄かも。生き残りがいたとしてもとっくに逃げてるだろう」

「他に手がかりはないんだ、行こうぜ。パーミラは一人で運べるし、ギムレイは二人がかりなら運べる」

 他に提案のある者はいない。彼らは夕暮れの空へと舞い上がった。


 飛び始めてすぐ、無残な光景に目を奪われた。

「あれは……。サーマツ王国の騎兵隊かしら」

「おそらくな」

 パーミラは声を張り上げた。

「みんなは馬車の方へ先に行ってて。あたしたち、騎兵隊の様子を見てくる」

「おい。……ま、いいか」

 彼女を抱える青年が呆れた声を漏らすものの、すぐに妥協した。

「お前ら、奥様の言う通りに」

「誰が誰の奥様なのよ、もうっ」

 抗議を笑顔で黙殺すると、パーミラを抱えた青年は降下していった。


「ひでえな、こりゃ。——おい、誰か生きてる奴はいないかっ」

 呼びかける青年の背にしがみつくようにして、パーミラは口に手を当て震えている。

 一目見れば全滅とわかる。

 馬車は焼け焦げ、馬は倒れ伏し——。骨を見せ、内臓が抉られている。まるで超巨大肉食獣の牙によって、無造作に食い散らかされた痕であるかのように。

「すまんな、パーミラ。お嬢さんには刺激が強すぎる。やはり、ここに降りるのは止めるべきだった」

 そのとき、彼女の耳がぴくりと動いた。視線を彷徨わせると、真っ直ぐに指をさす。

「あっち。——あの馬車。弱々しいけど、声が」

 青年は彼女が示す方へと駆けていく。数歩遅れて、彼女もついていった。

「おお、ここまで来ると俺にも聞こえる。老人の声だ」

 声は横倒しとなった馬車から聞こえてくる。青年は幌をめくったものの、パーミラが駆け寄る前に素早く元に戻した。

「見るな」

「平気よ。声を出しているってことは助けを求めている証拠なんだからっ」

 彼女は小柄な身体を馬車と青年の間に滑り込ませた。

「あたし、エルフよ。ヒーリング魔法で助けてあげるっ」

 呼びかけながら幌をめくる。

「————っ」

 見開いた目をすぐに細め、眉間に皺を寄せる。手遅れだ。美しい翡翠の瞳から、大粒の涙が溢れて落ちた。

 馬車の中には複数の人間がいる。しかし誰一人、原形を留めていない。老人に意識があるのは奇跡に近い。

「おお、ローラ。可愛い孫よ」

 もう、目は見えていないらしい。手探りでこちらへ伸ばして来た手を、彼女は両手で包み込んだ。

「逃げておくれ、ローラ。ギルドの親方を頼るのだ」

「うん、わかった。……おじいちゃん」

 実際のところ、ローラという固有名詞と思しき単語以外はうまく聞き取れない。せめて孫に看取られたように思わせてあげたい。その一心で、パーミラは老人の手に頬ずりした。

「お前の才能があれば、彼がいいようにしてくれるから」

「うん……うん」

 最期に笑顔を見せて逝った老人に縋りつき、エルフの少女は号泣した。

 グライド族の青年が彼女の肩を抱くようにして遠慮がちに引き離すまで、数分の時間が必要だった。

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