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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幼馴染今昔

作者: 粗目



 僕の幼馴染はいじめられっこだった。


 眼鏡を取ると何にも見えないからいつも分厚い眼鏡をかけて、ひょろひょろして背も小さくて、頭も悪くて運動神経も悪くて。

 近所のいじめっこにいつもいいように使われていて、そのかわり他の、もっと性質の悪いいじめっ子にいじめられることもなくて、せいぜい小突かれたりする程度だから、上下関係のある「友達」といってもいいかもしれないところは救いだったかもしれないけど、彼がいじめられていたのには違いない。


 だから、そんな話を聞けば誰もが連想する、日本で一番目か二番目に有名な小学生の名前をそのまま渾名にされてた……耳のない猫型ロボットは傍にいなかったけど。


 僕はそんな彼らと、ちょっと距離を置いた幼馴染だ。

 子供のころから塾や習い事で放課後に外で遊ぶことが少なかったけど、近所だから会えば挨拶をするし、時間があればたまに一緒に遊んだりもした。

 特にいじめられっこの彼とは、家が隣同士だったからテストの前には勉強を教えてあげたりしたし、あんまりいじめっこの横暴が目につくときは注意もした。


 同じ年だったけど、僕のいうことはきいたほうが良い、みたいな不文律がその当時、子供たちの間ではあった。


 多分僕があんまり一緒に遊ばなくて、誰かと特別に仲が良かったりしなかったからだろう。<br/> そう。僕は、幼馴染たちと適当に距離を置き、隣の家のいじめられっことは多少付き合いが深かったけれど、それでもいつも気が弱そうにおどおどしたりこずかれてへらへらしたり、勉強ができなかったりした彼を、駄目な奴だと見下して、友達みたいに声をかけてくる彼を、ちょっとうっとおしくおもっていたりもしていた。





 そんな時代もありました。







 返ってきた中間テストの答案を前に、僕はため息をついた。

 別にそれほど悪い点数ではない。一応、端っこにだけど壁に張られる成績上位者五十名の中から名前が消えたことはないし。


 でも、返って来た答案を見るとあらためてため息がでてくる。


「数学の最高得点は98点。野原久志」


 これを、国語英語地学物理連続で聞く身にもなれ。


 一時限目から同じように呼ばれ続けた野原は、平然とした顔でテストを受け取っている。

 平然というか、無表情。


 嗚呼。時代は変わってしまいました。


 昔のいじめられっこはぐんぐん背が伸びて、背と一緒に何故か運動神経と学力まで伸びて、入学以来試験は不動の№1。

 ついでにあの情けない顔は引き締まって、眼鏡と構わない髪型でいてすら、彼はもてていた。


 もう誰にも青い猫型ロボットアニメのいじめられっこの名前でなんて彼を呼ばない。

 彼はもうの○太じゃなくて野原久志で、僕ももう、優等生の出○杉君じゃない。ただの出口紀一郎。

 ああ、人生ってままならない。




      ◇ ◇ ◇




 家に帰って着替えていると、玄関のほうからばたばたとあわただしい足音が聞こえてきた。

 下には母さんがいるから、構わず通学鞄を片付けていると、「紀一郎君きいちろうくん!」と僕の名前を連呼しながら久志君が部屋のドアを開けた。


「紀一郎君、おかげで今回もテスト結果良かったよ! ありがとう!」

「ああ……うん。久志君ががんばったからだよ。僕は何もしてないよ」


 小学校の頃ならともかく、僕より成績の良い今の久志君に教えられることなんて何もない。むしろ一緒に勉強していても僕が教わる立場だ。

 だというのに久志君は毎回テストが終わるとこうして報告とお礼に来る。

 僕はあいまいな返事と、笑いきれていない笑顔でしか返せない。


 だって何もしていないのにお礼を言われたって、心が苦しくなるばかりだ。


 久志君はそんな僕の気持ちなど全く気づかず、ベッドの端に座って、にこにこと笑っている。


「あのさ、久志君」

「なあに?」

「うん、あの、僕、着替えたいんだけど」

「うん着替えたら良いよ」

「え? いやちょっと、あの、帰ってくれないかな」

「え?」

「え、」


 ものすごく驚いた顔をされた。


「え? 着替えたら良いのに。てか着替えて」

「…えー? なんか君おかしいこと言ってるんだけど!」

「そんなことないよ。友達の前で着替えとか全然普通だよ」


 高校生になって元いじめっ子たちとも付き合いが途切れ、今は友達が一人もいない久志君が言った。

 ちなみに友達いないのは僕も一緒だったので、友達の前で着替えるのが普通なのかどうかは、僕にも判断できなかった。


 ので、自分の中の良識にしたがって、着替えるのを中断した。久志君が何故か不満そうな顔をしているのが意味がわからない。


「あー…ジュースでも飲む? 久志君の好きなりんごジュースがあったと思うよ」

「うん。飲む」

「じゃあ、下に」

「後で」

「あとで?」

「うん。ねえ紀一郎君、着替えてほしいな」

「え? いいよ後で」

「やだ。今、ね。今!」


 久志君は眼鏡越しでもわかる、とってもきらきらした眼で僕をみていた。

 両手が僕のブレザーに掛かり、ボタンをはずして、ネクタイの結び目に指をひっかけて結びを解いてしまう。


「ちょ、と、ちょ! 久志君! なにしてんのなにしてんのなにしてんの!」

「脱ぐの手伝ってる」

「いらないから!」

「紀一郎君」





 隣家の幼馴染は、昔、情けないいじめられっこだった。

 僕はそんな彼を少しうっとおしく思いながら、外面のよさだけで近所の友達付き合いのあれこれを当たらず触らず乗り切る、要領の良い優等生で……。

 十年後の今は、ダサ眼鏡ですら格好良く見える元いじめられっこが、二十歳になるまでもなくさっさと優等生から転落した凡人の僕に、昔と変わらず崇拝の目を向けてくるのが少しくすぐったくて、だいぶ後ろめたくて……。


 そんな関係だと思っていたのに。





 どうして久志君の手が僕の内側にいつのまにか入り込んでいるのか、どうして久志君の目がやけにきらきらと、息がかかるほど間近に僕を見つめているのか。




「紀一郎君、大好き」




 それはいったい、どういうこと?






     

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