さよならの歌
波の音ときれいな口笛が混ざり合った丘の上。
僕はどこかを見ているようでただぼおっとしているだけかもしれない。
海を見ているような、夕焼け空を見ているような。口笛をふいている君を見ているような……
「明日から行っちゃうんだっけ?」
口笛の音が消えて、少ししてそんな声が聞こえた。ずっと聞こえていたあの清らかな音に負けないぐらいのきれいな声。質問のようであって、確認のようであって、しかしそのどちらでもない彼女の言葉。
その声はどこか寂しそうだった。
そんな気がした。
「うん」
僕は足元の草を見ながらそう答える。必要最低限の言葉で、何の飾りもつけずにそう答える。
夕焼け空からも、海からも、そして彼女からも視線をそらして。
彼女はそれから何も言わなかった。僕も何も言わなかった。波の音だけが静かに、しかし確かに聞こえてきた。
まるで約束された別れのように、その音はいつまでも僕らから離れることは無かった。
彼女はぼくの方をずっと見ていた。僕は足元にあった石ころを海の方へ向かって投げた。
小さな頃からずっと遊んできたこの海へ。これから僕と彼女を隔てていくこの海へ。
怒りはない。ただ少し悲しいだけ……
「手紙を書いたら、返事をくれる?」
「パソコンがあるんだから、簡単に会話できるよ。この間インストールしてあげただろ」
「うん…… でもね。私は手紙の方が好きなの。文字には心が宿るから」
「……。返事くらいいつだって書くよ」
さびしく微笑む彼女の姿が想像できた。僕は今はもう目をつむっている。
「夏になったら帰ってこれるよね? 大学って夏休みが長いんでしょ? 私の勉強だって、まだ途中なんだよ?」
僕は彼女に勉強をよく教えてあげていた。ひとつ年下の彼女は来年大学受験を控えている。大学が無いこの島では、進学するためには一度はここを離れないといけない。
例えば、この僕のように。明日ここから去っていく僕のように。
「そろそろ家に帰らないだよ」
別に彼女とはやく別れたいわけではない。でも、田舎の夜は外を歩けないほどに暗いのだ。
彼女との別れの時間はこの島の自然が決めてしまう。
「うん……」
ゆっくりと立ち上がる僕。その音を感じてそれから腰を上げる彼女。
鼻をすする音が静かに響いた。
「あしたは朝一番の船でここを出るから」
「うん」
「朝早いから、つらかったら見送りはいいから」
「ううん。いく」
「そっか。うん、ありがとう」
会話が終わった。僕と彼女の会話が。
これからしばらくこうして二人で合えることは無いだろう。夏休みだって、かえって来る時間があるかどうかはわからない。その先だって……
向こうでの新しい出会いだってある。いつまでもこの島と一緒に生きるなんて、なかなかできるものではないんだ。
じゃあね、僕が何かをこらえてそう口にしようとしたとき。彼女が大きく息を吸うのが聞こえた。
僕はようやく彼女を見た。
彼女は微笑みながら、涙を流していた。
そしてひとつのメロディを彼女は奏でた。透明に透き通るきれいな声。
歌の大好きな彼女が僕に送る別れの歌。
「今まで一緒にいてくれてありがとう
つらいときも悲しいときも支えてくれた
あなたが夢を追ってここから旅立つ
わたしは笑顔で送らなきゃいけないのに
涙が視界をさえぎって
あなたがよく見えない
コレで最後なんだからさ
もう少しだけ頑張れわたし
休みの日だけでもいいから
たまには返事を送ってね
毎日じゃなくていいから
たまにだけでいいから
さようならっていうのは
少しだけつらいからさ
またねって言葉で
今日はいいよね
今日はいいよね」
歌声が止み、彼女は僕にぎゅっと抱きついた。
僕は自分の両腕で彼女を抱きしめた。
僕はこのときはじめて気がついた。
あぁ、こんなにも僕は彼女のことが好きだったんだって。
この小説を読んでくださりありがとうございました。
また別の話を投稿したときに読んでいただければ幸いです^^