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耳飾りと魔女

遅くなってすみません。すこしだけ伏線?によわせています。



 自分が他の人達と同じではないことは、それとなく幼少の頃から感じていた。体は丈夫だったし、周りより疲れにくかった。自身の内側から、温かで力強い優しい何か(・・)が溢れ出続けているのを感じていた。

 自分と同じ年頃の子供が出来ない手伝いも、自分は出来るのだからと手伝った。人手はあるに越した事は無い田舎町だったし、やれるのだから手伝わないという考えは自然と自分の中には浮かばなかった。

 

 自分自身が出来る事を乞われたら手を貸す。もちろん悪事以外でだ。そんな自分にとっては当たり前の事をしていたら、いつしか自分は町中からも周辺の町村からも頼りにされていた。すっかり年頃になったら、もっと自分に出来る事が増え、信頼とともに頼りにされることも増えた。


 ただ手を差し伸べる。やっていることはそれだけだったのに、いつのまにやら自分は魔王を倒す『勇者』になっていた。旅の最中で困っていると声を掛けられたら手を貸した。縁が合って仲間も得た。

 けれど、フと、急に息が詰まることがある。この旅に出始めてから感じたことだった。仲間に何かを言われた時。魔物を倒している時。人々に助けてくれるよう乞われる時。


 決して伸ばされる手が不愉快だとか、そう言うものではないのだ。手が伸ばされたならば、自分に出来うることをする。その行動は息をするかのように当然の事として自分の核になっている。


 ただ、胸が苦しくなる。


 そして、そんな時、脳裏に浮かんだのは一軒の店だった。

 明日、いや、今夜にでもあの店に行こう。あの、場所に。そう考えを固め仲間にバレない様に夜、隠れて転移魔法であの、晴らずの森にある店に向かった。




 暗い中、隙間から光が零れ出ている扉を開けた。カラン、扉に付いた鐘の音と同時に聞き馴れてきた少女の声が聞こえてきた。


 「あ、おかえりなさーい!」

 「ただいま」


 がやがやと煩い店内。温かな色合いの木製の内装。客は男ばかりで多少むさ苦しいが所々に置かれた花でそれも緩和されている(と、思う)。

 からん、ドコカのテーブルで氷とグラスのコップが擦れ爽やかな音を立てた。店内は相変わらず賑わっていて、カウンターの向こうでフライパンを振るっている料理人である、ウィーと呼ばれている少女は忙しそうだった。配膳のマスターと呼ばれている年配の女性も人の合間を縫ってせわしなく動いている。それらを横目でみながらテーブルに着きメニューを開いた。

 運が良いのか、ランチのコーナーにまだ食べたことの無い料理があった。せっかくだからこれを注文しよう。ゴロン、と独特の音色を出す魔道具(どんなことがあっても音が遮られない、効果を持つ物らしい)を鳴らした。共鳴したのか、片耳にだけ着けた魔法石のピアスが、青色の淡い光を放ったのがわかった。

 

 様々な人達が(それこそ種族さえも関係なく)店内の柔らかな灯りの下で楽しげに喋り合い笑い合っている景色をぼんやりと見つめた。そうしていれば小さな影が自分に掛かり、顔を向ければウィーが居た。

 

 「アオさん、ご注文お決まりですか?」

 「珍しい、注文を聞きに来るなんて」

 「ご注文のピークが一段落着いたんです。そう言えば、さっきまで新しいお客さんが来てたんですよ」

 「新顔が増えたのか」


 以前に聞いた話だと、新しい客が増える事はそう多くないらしい。それもそうだ。この店がある場所は下流の冒険者はおろか、一般人は絶対に入って来れない程の強さの魔物が多い。客も必然的に中流の上階層の腕前を持っている者達に限られていた。


 ならばなぜ、そんな森の中に店が経営出来るのか。

 初めてこの店に来た時に聞けば、ただたんに、この店が大昔に掛けられた強力な術で周辺丸ごと守られているかららしい。事実、この店、飲食店『白ウサギ』に通い始めてからずっと、店近くで魔物を見たことがなかった。そしてマスターもウィーも転移魔法を覚えているらしく、通勤時の道中の問題も無い。


 ただ、惜しいのは術が古すぎて構造が分からないせいで、騎士さえ居ない村の人々を守る為に転用出来ないことだ。きっと()()()がなければ見えないんだろう。


 「ルールその二、『店の中では本当の名前を呼んではいけない』、名前は何にしたんだ?」

 「ふふ、ルールその一、『店の中での喧嘩厳禁』、抜けてますよ。名前はアザレアさんにしたんです。アザレアの花のように髪の色が赤かったので。アザレアは西洋ツツジとも言うんですよ」

 「鷹、虎、海……鳥類、哺乳(ほにゅう)類、自然の次は花か」

 「見た目に似ている匿名を付けているんですよ。鷹さんは鷹羽のアクセサリーを多く着けていますし、虎さんは金の髪を黒い髪紐を編み込んで結っています。海さんは色の深い青の瞳をしていつも潮の香りを纏っています。私のウィーだって魔法使いを表す異国の言葉を言いやすいように変えたんですよ」

 「それじゃあ、アオはどうやって決めたんだ?」

 「アオさんですか?青いからです」


 青いからアオさんです。ただ、それだけです。

 変わらない微笑みでそう言ったウィーはどういう訳か、少しだけ寂しそうに、悲しそうに見えた。踏み入ってはいけないドコカに入ってしまったような気がして、慌てて注文を伝えた。

 さっき見た表情が幻に思える程、普通に了承の言葉を紡ぎ調理場に向かうウィーの背中を見ながら、前にウィーとの会話を思い出していた。




 満月の夜だった。珍しく客は自分しか居なく、前々から思っていた疑問を、コップを磨いているウィーにカウンター越しに問い掛けた。

 「なんでウィーはあのルールを造ったんだ?」

 「二つのうちのどちらの方ですか?」

 「『店の中では本当の名前を呼んではいけない』」

 「ああ、そっちですか。だって、この弱くはない魔物が多くいる、太陽の光が差さない森の中にポツンとお店が建ってるんですよ?」

 「?」

 「とっても場違いで、お店が在るのが不思議で。不思議すぎてなんだか別の空間に迷い込んだような気になりません?」

 「まぁ、確かに」

 「だから、どうせならここに居る時だけは、何もかも気にせずただ素だけの自分で居てほしいと思ったんです」


 コトリ、磨き終わったコップを置き、穏やかに微笑みながらそういったその少女は自分なんかと同い年にはとても見えなく、一瞬、賢者である老女かのように錯覚する。


 「名前というのは、いろいろな自分を総称するものなんだと私は思うんです」

 「それは、そうだろう。いろんな立場の自分が居て、自分はいろんな立場の自分だ」

 「ええ、一人の男性を例にすれば、役所の一職員であり、家庭に帰れば一人の父。酒場に行けば一人の町民。けれどそのどれもがその男性自身なんです」

 

 そこでゆっくりと彼女は目を伏せた。

 

 「名前は例えるならば、荷紐なんです。立場という荷物を自分にくくり付けている。けれど、ここではそれを解いてほしいんです。ただただ自分という存在で何も気にしなく過ごしてほしいんです。たったこの店に居る時だけでも」

 「そうか」 

 「ええ、そうです」

 

 

 

 ふと、近づいて来る気配に意識を戻した。思わず記憶に耽っていたらしい。ウィーが今日も美味しそうな食事を手にコチラに来ていた。

 

 「はい、どうぞ」


 ことりと置かれた食事の香りに本格的に腹が減ってきた。ありがとうといつもは言われる感謝の言葉を言えば、いえいえと返ってきた。

 遠ざかっていく背を見ていた。この旅が終われば、また此処に来て、それから村に戻って羊飼いにでもなろう。なんならウィーに頼み込んでここの従業員にでもなろう。男手くらい、一人居ても良い筈だ。どっちを選ぶとしても、今此処で感じているみたいにこそばゆい幸福感に満たされる筈だ。名前でも変えれば、国王も勝手に代わりを用意して自分には干渉してこないだろう。昔の王は知らないが、今回魔王が存在している時期の王は、そういう性格だ。こんなこと前例がないが、なんとかなるはずだ。


 まぁ考えるのは後にしようと、食事に目を向ければふと、皿のヒビが目についた。それほど大きな物ではない。ちょうど皿の模様と合わさってわかりにくくなっている。

 少しの間を空けて、ゆっくりとそのヒビをなぞるように撫でた。そしてからようやっと自分は食事に取りかかった。きっともうヒビは消えているだろう。美味しい食事に舌鼓(したつづみ)を打ちながらふと気付いた。 


 ああ、そういえば自分以外に色の名前をつけられた人物を聞いたことがなかった。

 


 



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