火のYO!心(3)
「どうにかするって……えっ?」
翼がポカンとして声を上げた。
「大した被害出てないですよね? ただ音鳴らしてるだけっていうか……」
沙也香も納得しかねるという声で言う。
「本来、妖怪ってのはそういう奴らの方が多いんだよ。ただ悪戯してるだけって奴の方がね」
太郎は肩をすくめた。
「まあ、その悪戯が人間にとっては危険だったりするんだけど。今回だってひょんなことから事故になりかねない。それに、陰陽師が妖怪に背後を取られたと考えると癪だ」
太郎は大真面目にそう言った。椿が微妙な顔をして首を捻る。
「まあ、一旦捕まえて軽くとっちめるくらいでいいよ」
「軽くとっちめるって……」
柚子は呆然と呟いた。
「送り拍子木がどんな妖怪か知ってるかな?」
太郎の言葉に、柚子たちは顔を見合わせた。それから、一同の視線は自然と椿の方へと向く。
「……妖怪というか」
椿は仕方ないわね、とでも言いたげに息を吐いてから口を開いた。
「怪奇現象のようなものだと聞いています。姿はなく、背後から拍子木の音が聞こえても振り向いたら誰もいない……」
そう言いながら、椿の表情はどんどん曇っていった。まさに自分が経験したものと一致している事実に改めて気付いたのだろう。
「姿はあるよ。ただ恐ろしく逃げ足が早いのさ。その上こういう微妙なことしかしないから、捕まったこともほぼない」
太郎の言葉に、柚子は眉をひそめた。
「え、めっちゃ難しくないですか? どうやってとっちめれば……」
「とっちめるのはもうそれでいいんだ」
勝元が小さな声でツッコミを入れる。
「……送り拍子木はねえ、音楽が好きなんだよ」
柚子の質問に、太郎は勿体ぶるようにおおげさな口ぶりで答えた。まだ怪訝な顔をしている高校生たちを見て、太郎はにやりと笑った。
「ルサルカの『火のYO!心』には拍子木が楽器として使われている。コンサート帰りの人たちが悪戯されたのは、この辺も関係があるんじゃないかなあ? だから、誘き寄せることはそんなに難しくないと思うよ」
「誘き寄せる……」
涼介がボソッと繰り返した。
「妖怪って、なんか他に好きなものとかあるんですか?」
柚子はふと気になって聞いてみた。知っておいて損はないだろう。
「種類によるけど、まあ、人を喰う種類の奴らは大概若い人間を好むね」
「あの……そういう意味じゃなくて……」
「『おそれ』だよ」
太郎はハッキリと言い放った。
「おそれ?」
柚子だけでなく、全員がおうむ返しに繰り返して首を傾げた。太郎は歌うように続ける。
「何も見えない暗闇への恐れ。自分の力ではどうにもできない自然への畏れ。何でもいい。人はみんな漠然と何かに『おそれ』を感じながら生きている。見えないものにさえ恐怖や畏怖の念を抱いている。日本人は特にそうだねえ。……元々妖怪はそんな人間たちの心から生まれたんだ。その感情は時に妖怪の糧にもなる。だから、何かに怖がっている人間の近くにいるとなんとなく居心地がよかったりするみたいだよ」
「……へえ……」
柚子たちはすっかり大人しくなってしまった。分かるような分からないような、不思議な話だ。
「……まあ、こんな話は置いといて」
太郎はそう言うと、明るい声音に戻った。
「柚子くんと沙也香くんと椿くん……君たち、『火のYO!心』踊れる?」
「……え?」
「エーッ?」
緊急で太郎の部屋で開かれた作戦会議で、柚子と沙也香と椿は驚愕の声を上げた。
作戦会議には、柚子たち準三級陰陽師だけでなく、あきらと群治郎、それから香織とありさに加えて彼女たちのマネージャーも集まっている。
「ルサルカのバックダンサー? やば……」
沙也香が囁くように言う。
「めっちゃ人が見てるところで踊るってことですよね?」
柚子はドキドキしながら言った。太郎が真顔で「コンサートだから当然そうだね」と返す。
「活動休止直前のオーラスで……? 荷が重すぎるわ……!」
椿が顔面蒼白で今にも気を失いそうな声を上げた。
そう、太郎の提案した作戦とは、柚子たち三人をバックダンサーとしてルサルカのコンサートに参加させるというとんでもないものだったのだ。
急遽コンサートに参加したバックダンサーが拍子木を持って「火のYO!心」を踊り、曲中の拍子木の音を増やす。たったそれだけの単純な作戦だ。だが、ステージ上に送り拍子木が現れた際に対処できる陰陽師であること、そしてルサルカの二人の後ろで踊っても違和感のないように若い女性であることという太郎の挙げた二つの条件を満たすのが、柚子たち三人だったというわけである。
「一週間もないですけど準備大丈夫なんですか?」
勝元が当然の疑問を口にした。太郎が柚子たちの方を見る。
「だからさっき『火のYO!心』踊れるか聞いたんだけど……」
「……私は振りを覚えているので踊ることはできます。でも、上手く踊れるかどうかは……」
椿が気まずそうに口を開いた。
「とりあえずサビは踊れます」
不安に思いながらも柚子はそう答えた。
「私もサビをなんとなく知ってるくらいです……」
沙也香が困った顔で言う。しかし太郎は強引に話を進めた。
「まあこっちはどうにかなるね」
あっさりと言って香織とありさに向き直った太郎を見て、柚子は大慌てで声を上げた。
「ま、待ってください!」
「なんでどうにかなると思ったんですか?」
沙也香も愕然としている。
「練習する時間が……」
椿が恐ろしげな顔を浮かべて呟いた。
「ああ、君たちは普段の訓練の時間を全部ダンスの練習に使っていいよ。これも仕事の一環だからねえ」
太郎はそう言ってウインクした。柚子たちは信じられない思いで顔を見合わせた。
「一曲だけだし頑張って。……それで、衣装は一週間で準備できるものなのかな?」
太郎が質問する。香織がうーんと唸り声を上げた。
「ちょっと厳しそうな気もするけど……ないとだめですもんね。話しておきますー!」
「確かボツになった衣装があって……多分残してあるから、行ける気がします」
香織が呑気に言うと、ありさがしっかりと返した。香織が「あーあれ!」と声を上げる。二人の反応を見て、マネージャーが目を剥いた。
「じゃあ、衣装も問題なしってことでいいかな。何かあれば月隊の陰陽師を貸し出そう。団服を作ってる陰陽師なら、何か役には立てるだろうしね。蛍くんとか」
蛍とは、柚子たちの団服を準備してくれた、色へのこだわりが強いあの陰陽師だ。太郎は今度は男子たちの方を向いた。
「君たちはステージの上手か下手に隠れておいて、誘き寄せた送り拍子木を実際に捕まえる係だよ」
「あっ、俺たちも参加するんすか?」
翼がとぼけた声を上げた。
「完全に部外者のつもりで聞いてた」
勝元もハッとしたような顔をして言った。
「もちろんだよ」
太郎が大きく頷いて言った。
「ただ、隠れたまま上手く戦える保証はない。だから、君たちにもステージ上に出ても演出だと思ってもらえる程度には着飾ってもらうよ。そうだな……団服の上に火消の半纏かなんかでいいんじゃない? 『火のYO!心』だし」
「適当だな」
涼介がボソッと呟いた。
「そして、六人の顔が見えないようにいい感じの仮面でもつけさせて。まだ高校生だしね。そして六人で対処不可能な状況になるまであきらくんと群治郎くんは待機」
「……はい」
「はあい」
あきらと群治郎が返事をした。あきらの顔は既に疲れ切っている。太郎の指示に対して考えることを諦めたようだ。
「あの、ちょっといいですか」
ずっと黙って話を聞いていたルサルカのマネージャーが口を開いた。中性的な顔立ちをした女性だ。
「スケジュール的にかなりギリギリですし、ルサルカのコンサートにいきなりバックダンサーが出てくるのもおかしいですし、そもそもその作戦が上手く行くかどうかも怪しいと思うんですけど」
マネージャーはそう言って、香織とありさの顔を見てから小さく溜息をついた。
「面白半分でこんな作戦を実行するわけにはいきません。二人とも、そういうところがあるから結局こうやって各方面に迷惑をかけてるってこと分かってる?」
マネージャーは冷静に、しかしバシッと言い放った。香織とありさは縮こまっている。二人のこんな姿を見ることになるとは思わず、柚子たちは息を詰めて固まっていた。
「わ……分かってるけど、私たちの曲が原因で妖怪を寄せつけちゃったのなら、責任取らないと!」
香織がギュッと拳を握って力強く言った。
「私たち、陰陽師だし……」
「だから、それを両立できなかったんでしょ? だからこそ活動休止まではアイドルに集中して、その後は陰陽師を頑張る、ってことで話はまとまったはずなのに、どうしてまたこうやってごちゃごちゃ挑戦しようとするの?」
ありさの言葉に、マネージャーがピシャリと返す。二人は何も言い返せなくなり、黙って小さく呻き声を上げるだけになってしまった。
「……のに」
香織が何かを呟いたが、恐ろしく小さな声だったので柚子には聞き取れなかった。
「私のせい」
「香織ちゃん」
ありさが窘めるように香織の名を呼ぶ。香織はハッと顔を上げると、ありさの顔を見て小さな笑みを浮かべた。まるで泣き笑いのような顔だった。
「……はあ」
マネージャーが疲れきった様子で息を吐いて、髪を右耳にかける。
「作戦は上手く行きますよ」
太郎が胡散臭いほど爽やかな声で言った。マネージャーが太郎に向き直る。
「妖怪ってのは、案外単純なんです。せっかくたくさんの人間に悪戯したのにまったく相手にされていないことに気付いて、今頃怒ってもっとどでかい悪戯をしてやろうと考えてるところですよ、きっと。それを利用するのがこの作戦です」
「……そうですか」
マネージャーは棒読みで言った。まったく信じていなさそうな口ぶりだ。
「ええ。この高校生たちの実力は、僕が保証します。あなたには話を通していただいて、運営の方に衣装と拍子木の準備だけしていただければ大丈夫です。あとは陰陽団にお任せください」
太郎はマネージャーの瞳を真っ直ぐに見つめてそう言ってみせた。マネージャーはこの男の言葉を信用するかどうかまだ考えているようだった。しかし、やがてとびきり大きな溜息をつくと、マネージャーは観念したように口を開いた。
「……分かりましたよ。絶対に成功させてくださいね。ルサルカの二人にも、会場に来てくださるファンの方々にも、誰にも被害を出さないでください。それが約束できなければ了承できません」
「約束しますよ」
太郎はしっかりと答えた。マネージャーはまだ少し不服そうではあるものの、小さく何度も頷いて納得の意を示す。
「……分かりました」
「それじゃ、これで決定だね! 三人とも、ダンスの練習頑張ってね」
太郎は話がまとまるなりすぐに柚子たちに向き直って楽しそうに言った。
「は、はい……」
柚子たちは緊張気味に頷いた。絶対に失敗はできない。
「……ん?」
すると、マネージャーがふと何かを思い出したように声を上げて首を傾げる。それから、キッと太郎を睨みつけた。
「……いや、何しれっといい感じにまとめてんだ! あんた自身はほとんど何もしないつもりだろ!」
マネージャーはとうとう敬語も忘れて素で大声を上げた。
「あっはは、ごめんねえ、だって僕にできることほとんどないし!」
笑いながらそう返す太郎も太郎である。
「いい加減にしろ!」
柚子たちは呆然としていたが、香織とありさは慣れているのか大した反応を示していなかった。またかという顔で太郎とマネージャーを見つめている。どうやら、この二人は以前からこのような関係らしい。
「……あの人とは分かり合えそうな気がするわね」
あきらが小さな声でそう呟いた。




