別世界の住人との恋
「由里子のカレシとやらは、相変わらず画面から出て来ないのね」
はぁ、と盛大に溜息を吐いて、まるで憐れむような視線を向けてきたのは私の姉。
そして私の手にあるスマホで私に微笑んでくれているのは、最新のAIを応用したというゲームのキャラ。
「良いのよアル様は画面からでてこなくても」
「誰よアル様って」
「え、なに!? お姉ちゃん興味ある!?」
「無い無い。びた一文ない。私は奥行きのない、ペラい男はお断り」
「なぁんだ」
私のカレシことアルフォンス・ブランデンブルグ様をそこらのアニメキャラやゲームの登場人物を一緒にしてもらっちゃ困る。
何しろアル様は喋るのだ。
「いや、アニメのキャラでも喋るでしょ、声優が」
「違うんだなぁコレが。分かってないねお姉ちゃん? 今はね、色々スゴいんだからさ」
このゲームの売りは、「AIを使った音声認識と自動音声により、キャラとのリアルな『会話』が可能です! カメラ機能を使った没入体験!」というものだった。
これが凄いのだ。
私が『おはよう、アル様』と話しかけたら『やぁおはよう、由里子。どうした? 今日は声に元気がないな?』とか心配してくれる。
カメラをオンにしていると、私の表情や背景の情報を読み取っているのか『何か良いことあったのか? 今日は表情が明るいじゃないか』だの『随分と、その……男が多い場所にいるんだな? いや、妬いている訳じゃない。心配しているんだ』と、もう嬉しくて踊りだしてしまいそうな事を言ってくれる。
「声優は私の名前とか呼んでくれないじゃん。会話出来ないじゃない」
「由里子のソレを会話とよんでいいかどうか、ちょっと怪しいけどね?」
「会話だよぉ。ただ相手がAIなだけでさ。お姉ちゃんの前彼みたいに浮気しないし」
「随分無遠慮に人の傷口エグってくるね?」
「ほら、お姉ちゃんもやりなよぉ。楽しいよ? ハマるよ?」
もともとはスマホの女性向けソシャゲのキャラだった。
貴族の家に産まれながらも虐げられて使用人みたいな生活を送らされている主人公を見初めて、伯爵だか侯爵だか知らないけれど、とにかく貴族の家の跡取り息子のアル様は主人公に情熱的なアプローチをする。
贈り物あり、デートのお誘いあり、虐げてきた実家への『ざまぁ』展開ありと、もう乙女心をこの上なく分かっていらっしゃる。
ちなみに課金アイテムによってアル様の行動が変化するということもあり、現在私が課金する唯一無二のゲームだ。
「課金によって対応変わるって、ただのホストじゃん」
「アル様をホストって呼ばないで。貴族なんだから」
「見た目だって新宿のホストクラブにいそうだし」
「私ホストクラブとか興味ない。チャラい男に囲まれてドンペリとか入れるくらいなら、アル様に課金したほうがよっぽど有意義」
「……ま、確かにホストクラブにハマるよりは良いけどさぁ……」
「それにね? それに、なんと今回のアプデがすごかったのよ! なんとVR版が出ててユーザーデータとか設定とか履歴も全部引き継ぎ可能なの!」
「は? VR? なにそれ」
IT企業に勤めているということもあって、私は自分で言うのも何だがITリテラシーは高い。
スマホだって最新のものを使っているし、PCだって自分で組んだこともある。今はMacも使っているけれど、それでも生成AIを駆使してサイトを作ったりプログラムを作ったりすることもある。
配属先は経理部ではあるけれど、それなりに興味と経験はあるのだ。もちろん、ガチの開発部の人たちには到底叶わないけど。
そんな私がつい最近Amazonで買ったのがVRゴーグル。
コレはヤバい。本当にヤバい。
ちょっと重たくて首が凝るのが難点ではあるけれど、没入体験の品質としてはスマホやMacの比じゃない。
「あのね、VRでこのゲームをすると、なんと! アル様が目の前に立ってるの! おまけに耳元で囁いたり! 私に向かって手ぇ伸ばしてきたりするの!」
「……由里子? あんた変なクスリとかやってないよね?」
「変なクスリとかね、もはや無用の長物なんだって! コレ覚えたらヤバいよお姉ちゃん? ハマるよ? だって理想の男が目の前に現れるんだよ!?」
私も、あまりの刺激の強さに、最初にプレイした時には本当に鼻血が出た。
自分にとって最高に理想的な男が、スマホの液晶みたいな小さいディスプレイじゃなく、本当に眼の前に立っているように見える。
おまけに3D。ASMRみたいに声も耳元で聞こえる。
初めてのVRで、眼の前でアル様が現れた時には、本当に腰を抜かすかと思った。
これは自分で制限しないと、『あっち側』の世界から帰れなくなってしまう。そう考えた私は、自制心をフル動員して『VRは1日2時間まで』と制限を設けている。
まぁ最初は30分だったのが1時間になり、1時間半になり、たった5日で2時間に伸びたことは内緒だ。
「こりゃ由里子に現実世界でカレシが出来る日はくるのかしらねぇ」
「要らない。アル様がいるもん。っていうかアル様がカレシだもん」
「普通の彼氏ってね、画面からでてくるの。手ぇつなげるしキスだって出来るの」
「でも浮気するじゃん」
「あんたそろそろ殴ってもいいかしら」
「アル様は浮気しないもん。多分技術が進歩したら、そのうち本当にこう、触覚を再現する何かが出来ると思うんだよね。そしたら手もつなげるし触れ合えるし?」
もしそんな世界になったら、私は現実世界を捨てるかもしれない。
多分捨てる。捨てる自信がある。
「というワケでお姉ちゃん、私はまたバーチャル世界にダイヴしてきます」
「はぁもう……わかったわよもう。2時間だっけ? タイマーかけときなさいよ?」
「うへへへへ、アル様とデエトだぁ……確か水族館コンテンツがリリースされてんだよね。水族館の暗いクラゲ展示エリアで二人っきりとか……うへへへへへ」
思わず笑いが止められなくなってしまう。
あぁ楽しみだ。今から理想の彼氏と仮想現実の世界で楽しいデート。
そのうち本当に私が仮想の世界に意識ごと入り込んで、視覚も聴覚も味覚も触覚も嗅覚もぜんぶ再現できるような技術、開発されないかしら。
もし出来たらド課金してアル様のもとにダイヴするのに。
「ちゃんと2時間経ったら止めなさいよ?」
お姉ちゃんが何か言ったような気がするが、もう私はゴーグルの内側に広がる広大な世界で、最高のオトコとの逢瀬に全集中だ。
会社の開発部の男の同期から聞いた話だと、VRのアダルトコンテンツはヤバいらしい。
「……いっそ作っちゃおうかな……」
女性向けアダルトコンテンツも今結構アツい分野だ。
AIを使ったリアルタイム性の高い女性向けVRアダルトコンテンツ、さみしい女の夜のお供にとかどうだろう。
あぁヤバい、これはビッグビジネスの予感しかしない。
『由里子、すまない、待たせたか』
「はあああぁんアル様ぁ! 私もいま来たとこですぅ!」
『俺も楽しみにしてたんだ。さぁ、行こうか』
もし私の目に映るこの男とイチャイチャ出来る仕組みがあるなら、金は惜しまない。世の女性もそうに違いない。
よし、いっちょやってやろうじゃないか。
今回は、VRがテーマになっているショート・ショートです。
画面から出てこない「架空の彼氏」という、ある意味ファンタジーな内容です。
このショート・ショートのほか、長編の「光のまほう」も公開中です。よろしけれこちらもお楽しみください。




