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第66話 奇妙な工房

「おい、これどこに置く」


利家が木材を肩に担いだまま怒鳴ると、工房の奥から即座に二つ声が返ってきた。


「そこではない!」


「そこじゃない!」


ぴたりと揃ったのが、弓職人と小夜だったので、利家は露骨に嫌そうな顔をした。


「何でお前ら、そういう時だけ妙に息合うんだよ」


「あなたが雑だからよ」


小夜が言う。


「木目を逆に置くな。割れやすくなる」


職人も続ける。


「端を壁に立てるな、反る」


利家はしばらく黙って木材を見たあと、肩をすくめた。


「分かったよ。じゃあどこだ」


「こっち」


小夜が指差す。


「日が当たりにくくて、湿りすぎないところ」


「細けえなあ」


「細かくないと壊れるの」


吉法師は、そのやり取りを聞きながら床に広げた紙の上へ炭で線を引いていた。工房の中は昨日よりさらに散らかっている。いや、散らかっているというより、動き始めた工房の顔になっていた。


壊れた試作一号。

削りかけの木片。

糸巻き。

古びた兵法書。

新しく切り出した木材。

削り屑の山。


その真ん中で、吉法師だけが妙に楽しそうな顔をしている。


「おぬし、そこはもう少し細くてよい」


吉法師が紙を見たまま言う。


職人が眉をひそめた。


「どこを見て言ってる」


「ここの支えだ」


「細くしたら持たねえ」


「太いと重い」


「重くても持てりゃいい」


「だが撃てねば意味がない」


職人が木片を手に取って、吉法師の横へしゃがみ込んだ。


「だから今、その“ちょうどいい”を探してるんだろうが」


「そうだ」


「なら急かすな」


「急かしておるのではない。考えておる」


「考えるのはいいが、口が多い」


小夜が横からぼそっと言う。


「それは本当にそう」


吉法師が顔を上げた。


「おぬしはどちらの味方だ」


「壊れない方」


利家がそのやり取りを見て笑った。


「お前ら、工房に入ると妙に喧嘩増えるな」


「喧嘩ではない」


吉法師が言う。


「意見だ」


「それを喧嘩って言うんじゃねえのか」


「違うわよ」


小夜が言う。


「喧嘩は、あなたみたいに先に拳が出る方」


「何だと」


「違うの?」


利家は少しだけ考えた。


「……違わねえな」


その素直さに、職人が思わず吹き出した。


工房の空気は、昨日の失敗以来、妙に熱を帯びていた。


試作一号は散々だった。

矢は詰まる。

部材は折れる。

威力も足りない。


だが、壊れ方が見えたことが大きかった。

どこへ力が集まるか。

どこが弱いか。

何が重すぎるか。


職人にとって、それは悔しさと同時に、次に進むための道筋でもあった。


「おい、若殿」


職人が木を見ながら言う。


「昨日の“ここを支えろ”って話だが」


「うむ」


「支えを増やすんじゃなく、受ける角度を変える方がましだ」


吉法師がすぐ顔を上げる。


「矢の落ち方が斜めでも噛むようにするのか」


「そうだ」


「面白い」


「その一言で済ますな」


「だが面白い」


小夜がため息をつく。


「はいはい」


利家は壁際に寄せた木材を見て、少し腕を組んだ。


「つまり、次はもっと壊れにくくするんだな」


「それだけじゃない」


吉法師がすぐ言う。


「落ちても噛む。噛んでも折れぬ。折れなくても重くしすぎぬ」


「面倒くせえな」


「最初からそう言ってるだろ」


職人が言う。


「だから面倒なんだよ、こういうのは」


だが、その声には昨日のような投げやりさはなかった。

もう完全に巻き込まれている。

いや、自分から中へ入っている。


小夜は、それを見逃さなかった。


「ねえ」


職人が振り向く。


「何だ」


「もう“面倒だからやらない”って顔じゃないわね」


職人は露骨に嫌そうな顔をした。


「うるせえ」


「図星」


「うるせえって言ってんだ」


利家が笑う。


「小夜、お前そういうの見つけるのうまいな」


「見てるからね」


「俺はそこまで分かんねえ」


「あなたはまず木を逆に置かないところから始めなさい」


「まだ言うか」


「まだ言う」


その間にも、吉法師は兵法書を開き、図の横へ新しい線を書き足していた。元の図は簡素すぎる。だから自分で考えて補う。矢の落ちる角度、支えの位置、弦の返り。全部が曖昧で、全部が面白かった。


「おぬし」


吉法師が職人へ言う。


「この仕組み、弦を引く手間そのものを減らせぬか」


職人が顔をしかめる。


「減らせたらもっと楽だ」


「なら考えろ」


「お前は本当に気軽に言うな」


「気軽ではない。本気だ」


その返しに、職人は黙った。


本気なのだ。

この若殿は。


面白がってはいる。

だが、面白がって終わる気ではない。

そこが厄介で、そして妙に職人心を煽る。


「よし」


職人が立ち上がった。


「まず支えを作り直す。利家」


「おう」


「その細い板、三枚持ってこい。あと、昨日折れたのと同じ長さで切る」


「分かった」


「小夜」


「何」


「羽根、風で飛ばされるからそこ閉めろ」


「はいはい」


命じる側が職人へ移っていく。

小夜はそれに気づいて、少し口元を上げた。


工房が、ちゃんと工房になり始めている。


吉法師は、そんな変化も含めて面白かった。


「おぬし」


職人が今度は吉法師を見た。


「図だけじゃ足りねえ。実際に手を動かせ」


吉法師は目を瞬いた。


「わしか」


「お前だ」


「何をすればよい」


「削れ」


職人が短い木片を投げる。


吉法師は受け取った。

刃物も渡される。


「ここを落とす。だが削りすぎるな。段差をなくすだけだ」


「ふむ」


「怪我するなよ」


利家が横から言う。


「怪我したら平手殿がまたうるせえぞ」


「おぬしが言うな」


「俺はでかい怪我はしてねえ」


「小さい怪我ばかりしてるでしょう」


小夜がすぐ刺す。


「それは否定しねえ」


そんな会話をしながらも、吉法師は本当に削り始めた。


最初は危なっかしい。

刃を入れる角度が浅い。

力も均一ではない。


「違う」


職人がすぐ言う。


「押すんじゃねえ。逃がしながら削る」


「逃がす?」


「木目に逆らうな」


「また人と同じだな」


「だから一緒にすんなって」


だが、二度三度とやるうちに、吉法師の手元は少しずつ落ち着いた。


小夜はそれを見ていた。

何を教わってもそうだ。最初は変なところで理屈を言う。だが、面白いと思ったものに対しては、ちゃんと真っ直ぐ手を出す。そして飲み込むのが早い。


「……やっぱり変」


小夜が小さく呟くと、利家が聞きつける。


「何がだ」


「何でも」


「またそういう言い方する」


「言ったって分かんないでしょ」


「分からなくても聞く」


「面倒」


「お前、最近そればっかりだな」


「最近ずっと面倒だからよ」


利家が笑い、職人が鼻を鳴らし、吉法師は削る手を止めない。


やがて、日がだいぶ傾いた頃。


新しい支えが組まれた。

前より無駄が減り、落ちてくる矢の受けも広く取られている。まだ完成ではない。だが、明らかに試作一号より考えられていた。


「……よし」


職人が少し離れて全体を見る。


利家も覗き込む。


「昨日よりそれっぽいな」


「それっぽい、じゃないの」


小夜が言う。


「昨日よりずっといい」


吉法師は、工房の床に座ったままそれを見上げていた。


「奇妙だな」


「何がだ」


利家が訊く。


「おぬしら三人、使える」


小夜が眉をひそめる。


「言い方」


「褒めておる」


「雑なのよ」


職人が笑った。


「でも、間違っちゃいねえな」


その一言で、工房の空気が少しだけ静かになる。


吉法師。

小夜。

利家。

そして職人。


誰も同じことはできない。

だが、違うことができる。

それが、こうしてひとつの形を作り始めている。


「奇妙な工房だな」


利家が言う。


「酔っ払いと、忍び娘と、変な若殿と、俺だぞ」


「最後の“俺”が一番雑ね」


小夜が返す。


「でも、悪くねえ」


利家が言うと、誰も否定しなかった。


工房の隅では、削り屑が山になっている。

床には炭の線。

壁には失敗した木。

だがその真ん中で、新しい試作は少しずつ形を整えつつあった。


昨日は、壊れた。

今日は、そこから少し進んだ。


まだ完成には遠い。

だが、失敗を笑って終わるだけの集まりでは、もうなくなっていた。

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