第10話 戦の勝ち方
那古野城の庭は、夕暮れの光に染まっていた。
白砂の庭に長く伸びた松の影が揺れ、城の奥からは鎧を片付ける音がかすかに聞こえてくる。
戦から戻ったばかりの城は、どこか疲れたような静けさをまとっていた。
庭の端で、吉法師はしゃがみ込んでいた。
指で砂をなぞり、何かを考えている。
平手政秀がそれに気づいた。
「吉法師様」
少年は顔を上げない。
「平手」
「どうされました」
吉法師は砂の上に線を引いた。
「戦は面白い」
平手は眉をひそめる。
「面白い、ですか」
吉法師は小石を拾った。
「だが下手だ」
「誰が」
吉法師は石を砂の上に置いた。
「皆」
近くにいた若侍たちが顔を見合わせる。
吉法師は砂に丸を描いた。
「これは軍」
石をたくさん置く。
「兵が多い」
若侍が言う。
「それが強い軍です」
吉法師は首を振った。
「違う」
石を指で押した。
「重い」
若侍たちは黙る。
吉法師は言う。
「兵が多いと動きが遅い」
平手が腕を組む。
吉法師は砂に山の形を描いた。
「ここが山」
さらに道を描く。
「ここが道」
そして石を一つだけ置いた。
「兵は少ない」
若侍が言う。
「それでは負けます」
吉法師は笑った。
「いや」
そして砂の道を指した。
「ここで戦う」
平手が言う。
「狭い道」
吉法師は頷く。
「そうだ」
石を動かす。
「多い兵は並べない」
さらに小石を横から動かす。
「ここから出る」
若侍が目を見開く。
「横から…」
吉法師は言う。
「挟む」
砂の上の軍は、挟まれていた。
平手が呟く。
「奇襲」
吉法師は小さく笑った。
「数が多くても勝てるとは限らん」
庭の空気が静かになる。
若侍の一人が言った。
「しかし敵が多ければ」
吉法師は答える。
「だから誘う」
「誘う?」
吉法師は砂に長い道を描いた。
「ここへ来いと」
そして山の影を指した。
「ここに隠れる」
平手の目が鋭くなる。
吉法師は言う。
「戦は正面ではない」
そして石を指した。
「横」
さらに後ろを指した。
「後ろ」
若侍がぽつりと呟いた。
「……子供の遊びではない」
平手は何も言わなかった。
ただ砂の図を見つめている。
吉法師は立ち上がった。
そして庭の外へ歩き出す。
「平手」
「は」
「腹が減った」
平手は目を閉じた。
「団子ですか」
吉法師は振り向いた。
「うむ」
そして少し笑った。
「戦の話は腹が減る」
平手政秀は空を見上げた。
夕焼けが城の屋根を赤く染めている。
足元には、砂に描かれた奇妙な戦場図が残っていた。
それを、しばらく誰も崩そうとはしなかった。




