プロローグ
冒険者ギルドの掲示板の前で、俺は立ち尽くしていた。転生の祝福で授かったスキルは《料理》。剣も魔法もない。ステータス欄には「攻撃力:1」「防御力:1」「魔力:0」と並び、唯一光っているのは「料理:∞」。
「ははっ、料理? 飯炊き係かよ!」
周囲の冒険者たちが笑い声を上げる。俺は拳を握りしめた。受付嬢すら困ったように眉をひそめ、「……あなたのような方は、せめて宿屋で働かれるのが良いかと」と告げる。転生してまで「役立たず」扱いか。唇を噛み、俺はその場を去った。
夜の宿屋。木の床は軋み、油の匂いが漂う。俺は一人、鍋を磨いていた。剣も魔法もない。だが、料理ならできる。自分に残された唯一の武器だ。だがそれが戦いに役立つはずがない。そう思い込んでいた。
その時、外から悲鳴が響いた。魔物が村を襲っていた。新人冒険者たちが必死に剣を振るうが、力不足だ。血の匂いが漂い、絶望が広がる。
俺は鍋を火にかけた。肉を刻み、野菜を投げ込み、塩を振る。煮立つ音が夜を裂く。必死にかき混ぜる。料理しかできない。だが、それでも仲間を救いたい。
「……なんだ、この力は!」
スープを飲んだ仲間の身体が光り、ステータスが跳ね上がる。剣が魔物を切り裂き、炎が夜空を焦がす。魔物は倒れ、仲間は息を呑んだ。「料理で……強くなった?」
翌朝、ギルドはざわめいた。「料理で魔物を倒した? そんな馬鹿な!」だが事実は変わらない。俺の《料理》は、仲間を最強に変える力だった。昨日笑っていた冒険者たちが、今度は俺に頭を下げる。「頼む、俺にもその料理を……!」俺は静かに鍋を振るった。――最弱スキル《料理》、ここから俺の無双が始まる。
村での魔物討伐の噂は瞬く間に広がり、俺は王都へ呼び出されることになった。王都の城門は白亜の石で築かれ、冒険者ギルドとは比べものにならないほどの威容を誇っていた。だが、俺を迎えたのは冷笑だった。
「料理人風情が、王女様に食事を供するなど!」
貴族たちの嘲笑が響く。彼らにとって料理は下賤の仕事であり、戦場で役立つはずがないと信じていた。俺は黙って鍋を取り出し、火を起こした。
肉を焼く音が広間に響く。香ばしい匂いが漂い、侍女たちが思わず息を呑む。俺は野菜を刻み、スープを煮立て、パンを焼いた。料理はただの食事ではない。魂を癒し、力を与えるものだ。
王女が一口食べた瞬間、涙を流した。
「……こんなに温かい味、初めてです」
その言葉に広間は静まり返った。貴族たちは青ざめ、失脚した。俺は王女から「料理聖者」と呼ばれた。
だが、これで終わりではなかった。王都の騎士団が試練を課してきたのだ。
「料理で強くなるなど、まやかしにすぎぬ。証明してみせよ!」
彼らは魔物を捕らえ、闘技場に放った。観客席には王族や貴族が並び、俺を嘲笑する声が響く。
俺は鍋を振るった。肉を煮込み、香草を散らす。スープを飲んだ騎士の身体が光り、剣が魔物を切り裂いた。観客席から歓声が上がる。嘲笑は歓喜へと変わった。
「料理で……勝った?」
騎士団長が呟いた。彼は膝をつき、俺に頭を下げた。
「我らはあなたの料理に救われました。どうか、この国を導いてください」
ざまぁ展開は続いた。俺を見下した貴族は次々と失脚し、王都の人々は俺を讃えた。料理は最弱ではない。最強の力だった。
王都での勝利は国中に広まり、俺の名は「料理聖者」として知られるようになった。だが、平穏は長く続かなかった。黒雲が空を覆い、魔王軍が進軍を開始したのだ。
「人間など滅ぼす」
魔王の声は雷鳴のように響き渡った。王都の兵士たちは震え、誰も抗えなかった。
俺は鍋を取り出した。肉を煮込み、香草を散らす。匂いが広場に広がり、人々の心を落ち着かせる。魔王が現れ、俺の前に立った。
「料理で戦うつもりか?」
嘲笑が響く。だが、俺は黙って料理を差し出した。魔王は一口食べ、目を見開いた。
「……うまい。こんな味を知ってしまったら、人間を滅ぼせぬ」
魔王は涙を流し、剣を地に落とした。人々は息を呑み、歓声を上げた。魔王は同盟を結び、世界は救われた。
その夜、夢の中で声が響いた。
「料理は魂を強化する神スキル。お前は選ばれし者だ」
俺は目を覚ました。鍋を握りしめる。
――この力は、村も王国も魔王も救う。そしていつか、神すら料理で屈服させるだろう。
夜明けの空に、鍋の蓋が鳴る音が響いた。俺の物語は、まだ始まったばかりだ。




