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旅立ちのピース -僕のパズルはどこだ?-

作者: 久念

目が覚めた。

知らない世界の片隅。

ガタンゴトン、と電車の音。

辺りはコンクリートのごつごつと、

土や草木のやわらかさが隣り合っている。


風が少し吹いて、僕のかどがカタカタ鳴った。

角、と言ってもツノではない。

んー、あれ?僕……僕?僕って何者?

そしてここはどこだろう?


少し古くなったブランコと滑り台……。

ここは……どうやら小さな公園だ。

身体に付いていた砂埃を振り落とし、少し歩いてみた。

どうやら僕は歩けるのだ。


道路に出ようとしたとき

ものすごく大きい足がドシン!ドシン!と横切った。

「うるさいなあ」

目の前を横切ったのは大きな人間の靴。

「あー……僕、ちっちゃいんだ」

僕ってどんな姿なんだろう?

鏡はどこだ。……鏡は、どこだ。


人間たちのうるさい足音をすり抜けながら

トボトボ鏡を探す僕。

たぶん、僕は記憶を無くしてるんだな。

なーんにも覚えてないや。


「お、あそこは商店街!」

ついテンションが上がって叫んでしまった。

おや、どうやら喋ることもできるんだな。

商店街に着くと、巨大な人間が増えた。

踏まれたら大変だ。


お、あの店のガラスに映りそうだ!

僕は走った。

「アッ!」

こけた。でも痛くない。

こけてもペタンって軽い音がするだけ。

起き上がると目の前にはお店のガラス。

よし、僕の姿が映った。

のぞきこむと、でこぼこのふち

「あー……そういうことか」

ここに来るまでに体を触って探ってはいたけど、

なんでこんなに角があってボコボコしてるか合点がいった。


僕は「ジグソーパズルのピース」だ。

なぜか手と足が生えてるピースだ。

なんで僕が公園に?自分で来たのかな、ぜーんぜん覚えてないや。

でも、なんとなく、ひとつだけわかることがあった。

——僕は、どこかに“帰る場所”がある。

僕の本当の居場所が、どこかにある。

「よし、僕の場所を探そう!」

こうして、僕の旅が始まった。


まずは誰かに聞いてみよう。

少しずつ慣れてきた足をひょこひょこ動かしながら、商店街をまわる僕。

すると、焼きたてのパンの匂いにお腹が鳴った(たぶん鳴ったのは気のせい)。

パン屋のおばちゃんに聞いてみた。

「ねぇ、パン屋さん!ぼく、なんのピースだと思う?」

おばちゃんは目を丸くしてから笑った。

「あらまぁ、喋るパズル!

小さくて気づかなかったわ。迷子なの?」

「うん、帰る場所を探してるんだ。

あ、それは!?食パンのところにたくさんまとめてある…」

「これは食パンの袋を留めるやつだわね。

『バッグ・クロージャー』って言うんだって」

「バ、バッグ……?僕に似てるのになあ」

「似てるけど、違うわねえ。

うちにもパズルはあるけど、あなたのようなピースはなかったわ」

「そっかー……わかった!またね!」


次はおもちゃ屋に入った。

ここは大本命だ、たくさんのジグソーパズルが置いてある。

何かわかるかもしれない。

「ねぇ、お兄さん!ぼく、なんのピースだと思う?」

と尋ねると店員のお兄さんは返した。

「おお…!きみ、手足があって喋れるんだね。すごいね!」

「僕もなんでかわからないんだ。

たぶん、自分の場所に帰るためだと思うんだ」

「なるほど……顔をよく見せてごらん」

と大きな指で僕を持ちあげるお兄さん。

「うーん、目と口があるから元の絵がわかりづらいけど…水彩のにじみだねえ」

「そうなんだ!」

「うん、そして君は肌色と青色の取り合わせで描かれているよ。

左側の肌色は、手の先っぽにも見えるなあ。

あとは……おや?右上に細く伸びる線もあるね、

なんだろう、リボンかな?」

「ほうほう。鏡で見ても僕にはよくわからなかったんだよね。

それで、僕のパズルはありそう?」

「うーん……ひとつのピースだけだとわかりづらいけど、うちの商品にはたぶんないと思うな。

もしあったらひとつ欠けてると売り物にならないしね」

「確かにそうだ」

僕は納得して、おもちゃ屋を出た。

おそらく売り物じゃなくて、誰かが買ったパズルなのだろう。


その後もいろんな人に聞いてみた。

板屋のおじいさん、交番のお巡りさん、幼稚園の先生。

みんな優しく話を聞いてくれたけど、

「知らない」と首を横に振った。


あっという間に外の景色はオレンジがかっていた。

あっちに学校、あっちに病院、あっちに消防署。

どこも僕には関係なさそうだなあとグルグル歩いていると、

背後から声がした。

「あら?パズルのピースが歩いてる?」

白衣にカーディガンを羽織ったお姉さんだった。


「こんにちは!そう、僕はパズルのピース。

なんにも覚えてなくて、あそこの公園で目覚めたんだ」

と返す僕。するとお姉さんはこう言った。

「不思議ねえ……ピースが魂を宿すなんて、何か理由があるのかしら」

「うん、僕も不思議なんだ。

でもなんとなく、帰らなきゃいけない場所がある気がするんだ」

「帰る場所…ピースなんだから、きっとどこかのパズルよね……」

と、女性はしばらく考え込んで、やがて目を見開いた。

「も、もしかしたら……あなた…!」

女性の急な大声に、僕は吹っ飛んでしまいそうな気がした。

「なに?どうしたのお姉さん」

「ちょっと、ちょっと来てもらっていいかな?」

と慌てた様子で、僕をヒョイと持ち上げ片手に置いた。

落ちないようにもう片方の手で大事そうに覆い、優しくも素早く僕を運んで行った。

なぜかわからないけど、どこか懐かしい匂いと温かさを感じるーー。


「もうすぐ着くからね」

と言うお姉さん。指の隙間から少し景色が見える。

白い壁に白衣の人たち。それ以外の普通の人たち。

よく見ようと手の中でパタパタ動いていると、

それに気づいたようにお姉さんは言った。

「安心して、大丈夫、ここは病院よ」

あの時見えた病院か……!


そしてしばらくすると手を開いたのか、

電気の光がとてもまぶしい。

だんだん明るさに慣れてきて見えたのは、

目の前のひとつのお部屋。

するとお姉さんが、部屋の奥を見ながら言った。

「ああ……やっぱりそうだ……ああ……」


見渡すと、1つのベッド、その横にテーブル。

整えられた布団、テーブルには白い小花、とても静かな色の部屋。

僕はお姉さんの手の上で、さっきよりとても懐かしい気分になった。

お姉さんは、もう片方の手でテーブルの方を指差し、

「ほら、見てごらん……」

と、少し震えた優しい声で言った。


テーブルの奥を見ると、そこにはジグソーパズルが置かれていた。

そして、ひとつだけ、ちょうど真ん中あたりに、足りない場所。

完成しかけのジグソーパズルだ。

それは青空。見上げる少女。のびた手のその先が、いちど途切れて——

赤い風船がふわりと空へと浮かび上がる絵。

僕は、自然と声に出していた。

「ここだ……」


するとお姉さんはゆっくりとテーブルの上に僕を置き、こう言った。

「あった……あったよ……ちゃんと、最後のピース、あったよ……」

ハンカチで顔を覆うお姉さん。

「お姉さん、泣いてるの……?」

と聞くとお姉さんは、

「あのね、このお部屋には、この絵の少女と同じぐらいの女の子が入院していたの」

と言った。


僕は、少しずつ思い出してきた、というより、記憶が光の粒になって頭に入ってくるような、

不思議な感覚だった。

「お姉さんは、看護師さんなんだね」

「うん、そうよ」

看護師さんは、僕に詳しくお話してくれた。

「その女の子は、すごく難しい病気でね。

ずっとこの部屋に入院してたの。

絵の具で絵を描くのが好きでね、何枚も何枚も描いて楽しんでたわ。

ある日、私が『自分の絵をジグソーパズルにしてくれるお店がある』ってことを伝えたの。

すると彼女はワクワクして、数日後、この絵を持って私に言ったの。

『この絵を、ジグソーパズルにしたい』って。

それで出来上がったのがこのパズルよ。

彼女は、嬉しそうにバラバラにして、端から少しずつピースをはめていったわ」

「そうなんだ」

「うん、でもね、彼女、完成間近で、ピースがひとつ無いことに気付いたの。

それからは寂しい顔をするようになってね。

私たちも病院中を探したんだけど、見つからなくって……」

「ねえ、その人は今どこにいるの?」

「……先週、天国へ行っちゃったの」

「そう……なんだ……」

僕は悲しくてうつむいた。


「彼女ね、元気な時はたまに外に遊びにいける日もあってね。

散歩したり、公園でブランコをしたり砂遊びをしたり、ベンチに座って太陽を浴びながら青空を見るのが好きだったの」

そのセリフを聞いた僕はハッとした。

「ということは……」

「うん、きっと公園で落としたのね……。

砂の中に隠れちゃったんだね。

あなたはその公園で『生まれた』んだわ……」

「そっか、そういうことだったんだ」


僕は全てを知ることができた。

悲しいけど、嬉しい。

帰るべき場所に、来れたんだ。

「あの子…きっと、自分で”届けよう”としたんだね」

と看護師さんは言った。

僕はうなずき、ゆっくりと吸い寄せられるように歩き、パズルの中央に向かって、背中から飛び込んだ。


——カチリ。

小さな音が、すべてを包み込んだ。

絵の内側から、光が滲んだ気がした。

僕は、自分が絵の一部になったことを、不思議と寂しくは感じなかった。

むしろ、あたたかい。胸のあたりがぽうっと光ってるような、そんな気がした。

看護師さんはそっとパズルに触れ、

「やっと完成、したんだね」

と、涙を流しながら、優しくつぶやいた。


僕の意識が遠のく中、看護師さんが教えてくれた。

完成したのは、少女の手がリボンを離し、風船を空に解き放つ瞬間の絵——。

看護師さんが僕に言う。

「ありがとう、帰ってきてくれて本当にありがとう……」

「ううん、看護師さんのおかげで僕は帰れた。ありがとう。

僕にはわかるよ。

あの子は大好きな青い空へ旅立ったんだ。

僕の旅が終わって、あの子の旅が、はじまったんだ」


窓の外では風が吹いて、まるで赤い風船が本当に空へ昇っていくようだ。

僕は自然と、にっこり笑った。

そして、意識はふっと光の粒になって、風に乗り、青空へのぼった。

お読みいただきありがとうございました。

絵本のようなテイストで

ストーリーのあるものを書きたく、

初めてのジャンルに挑戦してみました。


少しでも気にいっていただけたら、

リアクション・応援をよろしくお願いします。



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