第0話 どこにでもある昔話
「へぇ、これ君がやったの?」
その人はそう訊いてきた。茶色く長い髪をポニーテールに結った、近所の高校の制服を着た女。優しい香水の匂いが、血生臭さを消してくれた。
「十歳で大の大人を三人ぶっ殺すなんて、君は才能の塊だね。おかげであたしはタダ働き確定だよ」
紺色のブレザーを着た女は、手に持った拳銃を懐にしまった。
「さて、どうしたものかな」
ため息をして言った。
「本国からの命令だったのに、こんな子供に先を超されたなんて知れたら、あたしのキャリアに関わるよ。君、どうやって責任取ってくれるわけ?」
何も答えようがない。どうすることもできない。謝るようなことをした覚えもない。
ただ、こいつらが自分を殺そうとしたから、やり返してやっただけ。殺される前に殺せ、なんて、今時珍しくもない。
こいつらは家族を殺した。だから、この殺しも許される。学校でも教わることだ。
それなのに、さっきから気持ちが落ち着かない。息が苦しい。気持ち悪い。
「うあああああ!」
不快な気持ちを振り払うように、少年は叫んで、突進した。手には包丁。血まみれの刃が妙に重くて、足に上手く力が入らない。
だからか、女は涼しい顔で包丁を避けて、次の瞬間頭のてっぺんに衝撃が叩き込まれた。
「子供殺すのはさすがにまずいんだよ。あたしも目覚めが悪くなるしさ」
そう言ってから、血まみれの床に倒れた少年の襟を掴んで、顔を覗き込んできた。
「君、さっきから震えてるね。恐いの?」
笑顔の彼女に、少年は息を飲む。
「いや、恐いのとは違うか。たぶん君は、人を殺した罪の意識に苛まれてるんだ。だからそんな顔色が悪いんだね」
確信めいた物言いに、少年は納得してしまった。得体の知れない不快感の正体を知ると、少しだけ気が楽になった。
「君に生き方を教えてあげるよ」
女は笑顔のままそう言った。
「その罪の意識を抱えながら生きていくのは、並大抵のことじゃない。だから、あたしがその意識を抱えながらどうやって生きていけば良いか、教えてあげるよ」
そう言った女の笑顔は、気味が悪いほどに優しかった。