〜それぞれの夜〜
◆広報課 休憩室◆
「初めての放送で疲れたでしょ、はいこれ」
エルナはそう言うと、ソーサーに乗ったカップをミレイユの前に置いた。
「ありがとうございます」
それを受け取り、口元にカップを近づけた。
甘酸っぱく、それでいて落ち着く芳香が鼻腔をくすぐる。
口をつけると、ちょうどいい温度の……ハーブティーで。
「回復薬とかを扱う……ティレンバレン商会って知ってる? そこの新作よ」
ティレンバレン商会。 この辺では名を知らない冒険者がいないのではないかと言うぐらい有名な回復薬やそれに使用される各種材料を取引している商会だ。
冒険者が獲得したハーブや材料を買い取りをするために、この近くにお店を出していたはず。
このハーブティーも、そうやって取引されたもののうちのひとつなのだろう。
「これね、地上にあるグリーン・レクイエムダンジョンの、クイーンビーの取り巻きのワーキングビーが貯めてる、ヤムヤムハニーを一滴落としてもおいしいらしいわ」
確かにこの甘酸っぱさにヤムヤムハニーの甘さが加わったら。
それも飲んでみたいなと思ってしまう。
「さあ、それを飲んだら帰りましょ。 初日は終わっても仕事はまだ続くんだから」
そう。 広報係の仕事には終わりがないのだ。
◆冒険者ギルド内 ララァーの酒場◆
ダンジョンから帰り、その日のアイテム精算などを済ませると、ほとんどの冒険者はこの酒場へとくる。
酒場とは言っても食事やスイーツなども揃っていて、ここで一服してから明日以降のダンジョンへ潜る相談をしたり。
各種情報や噂話などが飛び交う場で見ある。
「今日のダンジョン定期放送、新人だったな」
赤毛の魔導士がそう言うと、酒に口をつけた狙撃手が食いついてくる。
「そうそう、ミレイア……だっけ?」
「ミレイユ! あの子ちょっと辿々《たどたど》しかったけどそれが萌え!」
「確かに。 応援したくなるね」
男性冒険者二人の会話に女性ヒーラーが口を挟む。
「“毒トード”が“ドクドクトード”って聞き間違えたわ。
もうちょっと滑舌良くなって欲しいものだと思うわね」
「まあそれはおいおいじゃない? お前だって新人の時は詠唱ミスもあったし」
そう言われるとバツが悪くなったのか「そ……そうね」と言った。
◆ミレイユの家◆
「やっと……家だ」
憧れていた制服に身を包み、初出勤。
制服を脱ぎ捨て、ベッドの横たわる。
今日はいろいろなことがあったな……と思い出す。
寝坊からスタートして……パスカルにはびっくりしたな。
妖精型の端末は見たことあったけど、ケモノ型は初めて見た。 案外可愛いな、と思った。
初めての放送。 開始までのカウントダウンされるとドキドキが止まらなかった。
肝心の放送は……ちょっと噛んだけど、まあまあだったかも、なんて甘めの自己評価。
目を閉じる。 心地いい疲労感を感じつつ、眠さが襲う。
明日も。 今日より良くなれたらいいな。
仕事も覚えて。 噛んだり読み間違えもない、立派な広報に……。