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So Goodbye……

《魔導端末・放送中》


──ピピッ。


 起動音が鳴った。


 魔力の波紋が空気を震わせ、淡い光がブースの中央を満たす。


 正面のスクリプト画面に、カウントが表示された。



              00:03

              00:02

              00:01



 始まった。


 頭が真っ白になる音が、した。


 


「こ、こ、こんにちはっ、えっと、ええと……! こちら、ギルド広報課、担当の……ミレイユ・フォーンですっ!」


 噛んだ。滑った。声が裏返った。

 目の前にいるのは誰もいないはずなのに、視線の圧だけがずっしりとのしかかる。


(ダメだ……! 喉が、詰まって……)


 


 目の端に、パスカルがいた。

 じっとこちらを見ている。何も言わない。でも、逃げ道も与えない。


(やるしかない……やらなきゃ!)


 


「今日の放送は……迷宮“グレイラの螺旋”第三層、《沈黙の沼地》についてお届けしますっ!」


 深呼吸。言葉をひとつずつ置いていくように、丁寧に発音した。


「このエリアでは、足場のぬかるみや魔力霧によって、視界や移動が大きく制限されます。……うまくいかないと、仲間を見失います。だから、離れすぎないようにしてください」


 言いながら、自分の声が震えていないことに驚く。


「出現する“毒吹きトード”は、広範囲に毒ガスをばらまきます。毒耐性ポーションの携行を、必ず……必ずお願いします」


 


 一度だけ、声が揺れた。


(……必ず)


 その言葉に、昔の誰かの顔が浮かんでいた。

 毒で倒れた仲間を回復しようとして、回復が遅れて、判断を誤ったあの瞬間。

 “自分だけが助かってしまった”あのときの、感触。


 でも――。


「……それから、“モヤカゲ”に遭遇した場合。焦らないでください。幻影に惑わされず、信じてください。“仲間が、あなたのすぐそばにいる”って」


 ミレイユは、視線の先――冒険者たちの準備を映すモニターに目をやる。


 年の近い女の子たち、まだ新しい武器を握った手が小刻みに震えている。

 視線を交わすこともできずに俯いたままの後衛の少年。

 かつての自分が、そこにいた。


「……大丈夫です。わたしも……あなたと同じでしたから。最初は、誰だって怖い。でも」


 


「怖くても、支え合えたら、きっと前に進めます。だから、どうか。――帰ってきてください」


 


──ピピッ。


《放送終了》


 


 端末の光がふっと消えた。魔力の振動も止まる。

 ブースの空気が、ほんの少しだけ、静まり返る。


 ミレイユは、ようやく息を吐いた。

 自分でも気づかないうちに、手が震えていた。


「……終わった……?」


「まあニャ。どうにか」


 パスカルが肩に乗って、ぼそりと呟く。


「最初はカミまくりだったけど、途中から……意外と、よかったニャ」


「……ほんと?」


「コメント欄、“新人だけど応援したい”って三件、“かわいい”が五件、“毒トード”が“ドクドクトード”に聞こえたって誤解が二件ニャ」


「うぅぅ、恥ずかしい〜〜〜〜!」


 頭を抱えるミレイユに、ブースのドアが開く音が重なった。

エルナが静かに現れる。


「……よく頑張ったわ。内容の精度は後でフィードバックするけど、伝えるべきものは伝わったと思う」


「っ……ありがとうございます……!」


「油断しないで。放送は毎日あるわ。今日だけじゃ、何も証明されない」


「……はいっ!」


 


 それでも。

 ブースを出る足取りは、ほんの少しだけ、軽かった。

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