ミレイユに 同僚が 増えた!!
「ここがブース。あなたの仕事場ね」
エルナに案内された先は、思っていたよりもずっと狭い部屋だった。
魔導式の放送装置がひとつ、音声と映像の魔力を捉える装置がひとつ。
椅子と机と、マナ結晶の明かり。まるで冒険者の簡易ベースキャンプのように、無駄がない。
ミレイユは固まっていた。
(ここで……放送するんだ……私が……?)
「その前に、同僚を紹介しておくわ」
エルナがドアを押し開けると、奥の小部屋に二人の職員がいた。
一人は黒縁の眼鏡をかけた女性、椅子にふんぞり返りながらマナスクリーンに目を走らせている。
もう一人は白衣姿の男性で、部品を磨きながらちらりとも視線を寄こさない。
「ロジーナ。分析担当」
「よろしくね、新人さん。あたしが失敗の分析をするとき、できれば名前が一番に挙がらないようにしてね」
「ひぃっ……!? は、はいぃ!」
「フラン。端末整備。あなたの担当はパスカルね」
「パスカルのメンテ、する意味あるのかな……壊れてるというより、生きてるし」
パスカルはなんとなく……ふしぎ生物、とかそんな感じに見える。
「失礼ニャ。これでも年に一度のメモリ最適化は欠かしてないニャ」
「毎回“メモリの九割が悪口と食レポ”って出るんだけどね」
フランはぶつぶつ言いながら、パスカルのしっぽを一本つまんで引っ張った。
「ニャッ」と情けない声を出した端末を尻目に、エルナが改めて言う。
「この部署には補欠はいないわ。放送にミスがあれば、ダンジョンの被害が増える。場合によっては……」
その言葉の続きを、ミレイユは聞かなかった。
聞けなかった。
喉が、乾いていた。
手のひらは湿って、制服の袖が肌に張りつく。
初めて座る椅子の金属の感触が冷たく、呼吸が浅くなる。
頭の中を、“あの時”の声がかすかにかすめた。
“回復、まだですか!?” “ヒールが遅い、下がれ!” “誰か、回復っ……!”
違う。ここは現場じゃない。これは放送、これは放送……。
でも、あの時も、自分は「まだいける」って判断して――。
「ミレイユ?」
現実に引き戻されたのは、エルナの声だった。
彼女は表情を変えず、静かに尋ねる。
「座って。放送開始、三分前」
座る――たったそれだけの動作に、時間がかかった。
足が震えていた。体が、思うように動かなかった。
「こ、こわい……」
呟いた声が、誰にも聞かれなければいいと思っていた。
だが、
「当然ニャ」
隣で浮かんでいたパスカルが、ぽつりと口にした。
「オレはたくさんの新人を見てきたニャ。最初から余裕なやつほど、ミスをする。震えるやつほど、考えてるニャ」
「……パスカル?」
「間違えるなニャ。オレは別に優しくないニャ。ただ――」
パスカルは、モニターの中の映像をちらりと見た。
そこには、今まさに出発しようとしている冒険者たちの姿。
フードをかぶった魔導士、双剣の若者、小柄な狙撃手――。
「向こうで命をかけてる奴らには、届いてほしいニャ。お前の言葉が」
ミレイユは、もう一度だけ、深呼吸した。
椅子に座る。魔導端末の光が、視界の奥に灯る。
彼女の手元に、小さなマナスイッチが置かれた。
「じゃあ、いきなさい」
エルナが言った。
「“広報係としての、最初の一歩”をね」
ミレイユの手が、スイッチを押す。
魔力の波動が、空気を震わせる。
──放送、開始。